にきの奇怪な間話

葉野亜依

文字の大きさ
上 下
14 / 37

第六話 吐水龍(二)

しおりを挟む
 大雨の音でぼくは目を覚ました。
 雷が轟く程の豪雨だ。でも、それも一瞬の出来事で、すぐに雨は止んだ。
 夢現に布団から抜け出す。緩慢な動作で庭へと続く扉を開ける。
 空を見上げると、薄暗い雲が晴れて大きな月が出てきた。先程の雨なんて嘘だったかのように空は澄んでいた。
 月明かりが庭全体を照らし、雨に濡れた草木がきらきらと輝きを放つ。
 ぼくは誘われるように、サンダルを引っかけて庭へと出る。

「……え?」

 掠れた声が口から零れ落ちた。
 目の前の信じられない光景にぼくは目を丸くする。
 何故なら、庭の池に水がたくさんたまっていたからだ。
 池の水面がゆらり揺れる。覗き込めば、何匹かの鯉が泳いでいた。
 赤、黒、白のまだら模様の鯉だ。何処からやって来たのかはわからないが、鯉はゆったりと優雅にひれを動かしていた。
 ふと、ぼくの目の前を光が過ぎった。
 優しい光を放ちながら、ふわりふわりと蛍が宙を飛んでいる。

「蛍なんて初めて見た」

 次々と辺りを漂う光が増えていく。蛍たちが互いに呼応するかのように点滅する。
 それはやがて天に昇っていき、幾つもの星となった。
 幻想的なその光景にぼくは息を呑んだ。
 ――ああ、吐水龍が見ていたのはこれなんだ。
 いつもとは違う美しい美しい庭。もう見ることのできない庭。
 ぼくは目に焼き付けるように、ずっとその光景を眺め続ける。
 不意に吐水龍のことが気になって彼の元へと向かった。けれども、そこに彼の姿はなかった。

「……あれ?」

 水盤はあるのに……。
 一体何処にいるのだろうと辺りをきょろきょろと見渡す。すると、一筋の光がまるで流星のように天から飛来した。
 大きな龍だ。
 龍は長い髭を宙でうねらし、鋭くも美しい眼光で庭を見下ろしている。煌々と輝く胴体は月とも蛍とも違う気高い光を纏っていた。
 ぼくの体は金縛りにあったかのように動かない。いや、動かせない。
 決して怖いからじゃない。ここにあるもの全てが綺麗で、儚くて……動いたら壊れてしまいそうだと思ったから。
 ずっとずっと見ていたい。でも、それは叶わない。何故だかそう直感した。
 だから、ぼくは静かにその美しい景色を眺めていた。心に刻みつけるように、ただただ眺め続けていた。


  *


 気づけばぼくは縁側にいた。
 どうやら眠ってしまっていたようで、傍らにはスケッチブックが放ったらかしになっていた。
 朝かと思ったが違う。太陽は西に沈みつつあった。
 徐々に夜の帳に包まれつつある庭はいつもと同じだった。
 草木は雨に濡れてなどいないし、池に水なんてたまっていない。鯉もいないし、蛍もいない。ぼくが知っている庭だ。
 ぼくは少し急ぎ足で吐水龍の元へと向かった。
 水盤があるところにちゃんと龍は鎮座していた。
 声を掛けてもぴくりとも動かない。

「やっぱり、あれは夢か……」

 吐水龍の傍らで庭を見渡しながら独りごちる。

「でも、夢だったけど、ぼくも見られたよ」

 ぼくは眠り続ける吐水龍に告げる。
 ぼくの記憶の中に刻まれた、あの儚くも美しい庭の光景を――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...