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第六話 吐水龍(二)
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大雨の音でぼくは目を覚ました。
雷が轟く程の豪雨だ。でも、それも一瞬の出来事で、すぐに雨は止んだ。
夢現に布団から抜け出す。緩慢な動作で庭へと続く扉を開ける。
空を見上げると、薄暗い雲が晴れて大きな月が出てきた。先程の雨なんて嘘だったかのように空は澄んでいた。
月明かりが庭全体を照らし、雨に濡れた草木がきらきらと輝きを放つ。
ぼくは誘われるように、サンダルを引っかけて庭へと出る。
「……え?」
掠れた声が口から零れ落ちた。
目の前の信じられない光景にぼくは目を丸くする。
何故なら、庭の池に水がたくさんたまっていたからだ。
池の水面がゆらり揺れる。覗き込めば、何匹かの鯉が泳いでいた。
赤、黒、白のまだら模様の鯉だ。何処からやって来たのかはわからないが、鯉はゆったりと優雅にひれを動かしていた。
ふと、ぼくの目の前を光が過ぎった。
優しい光を放ちながら、ふわりふわりと蛍が宙を飛んでいる。
「蛍なんて初めて見た」
次々と辺りを漂う光が増えていく。蛍たちが互いに呼応するかのように点滅する。
それはやがて天に昇っていき、幾つもの星となった。
幻想的なその光景にぼくは息を呑んだ。
――ああ、吐水龍が見ていたのはこれなんだ。
いつもとは違う美しい美しい庭。もう見ることのできない庭。
ぼくは目に焼き付けるように、ずっとその光景を眺め続ける。
不意に吐水龍のことが気になって彼の元へと向かった。けれども、そこに彼の姿はなかった。
「……あれ?」
水盤はあるのに……。
一体何処にいるのだろうと辺りをきょろきょろと見渡す。すると、一筋の光がまるで流星のように天から飛来した。
大きな龍だ。
龍は長い髭を宙でうねらし、鋭くも美しい眼光で庭を見下ろしている。煌々と輝く胴体は月とも蛍とも違う気高い光を纏っていた。
ぼくの体は金縛りにあったかのように動かない。いや、動かせない。
決して怖いからじゃない。ここにあるもの全てが綺麗で、儚くて……動いたら壊れてしまいそうだと思ったから。
ずっとずっと見ていたい。でも、それは叶わない。何故だかそう直感した。
だから、ぼくは静かにその美しい景色を眺めていた。心に刻みつけるように、ただただ眺め続けていた。
*
気づけばぼくは縁側にいた。
どうやら眠ってしまっていたようで、傍らにはスケッチブックが放ったらかしになっていた。
朝かと思ったが違う。太陽は西に沈みつつあった。
徐々に夜の帳に包まれつつある庭はいつもと同じだった。
草木は雨に濡れてなどいないし、池に水なんてたまっていない。鯉もいないし、蛍もいない。ぼくが知っている庭だ。
ぼくは少し急ぎ足で吐水龍の元へと向かった。
水盤があるところにちゃんと龍は鎮座していた。
声を掛けてもぴくりとも動かない。
「やっぱり、あれは夢か……」
吐水龍の傍らで庭を見渡しながら独りごちる。
「でも、夢だったけど、ぼくも見られたよ」
ぼくは眠り続ける吐水龍に告げる。
ぼくの記憶の中に刻まれた、あの儚くも美しい庭の光景を――。
雷が轟く程の豪雨だ。でも、それも一瞬の出来事で、すぐに雨は止んだ。
夢現に布団から抜け出す。緩慢な動作で庭へと続く扉を開ける。
空を見上げると、薄暗い雲が晴れて大きな月が出てきた。先程の雨なんて嘘だったかのように空は澄んでいた。
月明かりが庭全体を照らし、雨に濡れた草木がきらきらと輝きを放つ。
ぼくは誘われるように、サンダルを引っかけて庭へと出る。
「……え?」
掠れた声が口から零れ落ちた。
目の前の信じられない光景にぼくは目を丸くする。
何故なら、庭の池に水がたくさんたまっていたからだ。
池の水面がゆらり揺れる。覗き込めば、何匹かの鯉が泳いでいた。
赤、黒、白のまだら模様の鯉だ。何処からやって来たのかはわからないが、鯉はゆったりと優雅にひれを動かしていた。
ふと、ぼくの目の前を光が過ぎった。
優しい光を放ちながら、ふわりふわりと蛍が宙を飛んでいる。
「蛍なんて初めて見た」
次々と辺りを漂う光が増えていく。蛍たちが互いに呼応するかのように点滅する。
それはやがて天に昇っていき、幾つもの星となった。
幻想的なその光景にぼくは息を呑んだ。
――ああ、吐水龍が見ていたのはこれなんだ。
いつもとは違う美しい美しい庭。もう見ることのできない庭。
ぼくは目に焼き付けるように、ずっとその光景を眺め続ける。
不意に吐水龍のことが気になって彼の元へと向かった。けれども、そこに彼の姿はなかった。
「……あれ?」
水盤はあるのに……。
一体何処にいるのだろうと辺りをきょろきょろと見渡す。すると、一筋の光がまるで流星のように天から飛来した。
大きな龍だ。
龍は長い髭を宙でうねらし、鋭くも美しい眼光で庭を見下ろしている。煌々と輝く胴体は月とも蛍とも違う気高い光を纏っていた。
ぼくの体は金縛りにあったかのように動かない。いや、動かせない。
決して怖いからじゃない。ここにあるもの全てが綺麗で、儚くて……動いたら壊れてしまいそうだと思ったから。
ずっとずっと見ていたい。でも、それは叶わない。何故だかそう直感した。
だから、ぼくは静かにその美しい景色を眺めていた。心に刻みつけるように、ただただ眺め続けていた。
*
気づけばぼくは縁側にいた。
どうやら眠ってしまっていたようで、傍らにはスケッチブックが放ったらかしになっていた。
朝かと思ったが違う。太陽は西に沈みつつあった。
徐々に夜の帳に包まれつつある庭はいつもと同じだった。
草木は雨に濡れてなどいないし、池に水なんてたまっていない。鯉もいないし、蛍もいない。ぼくが知っている庭だ。
ぼくは少し急ぎ足で吐水龍の元へと向かった。
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声を掛けてもぴくりとも動かない。
「やっぱり、あれは夢か……」
吐水龍の傍らで庭を見渡しながら独りごちる。
「でも、夢だったけど、ぼくも見られたよ」
ぼくは眠り続ける吐水龍に告げる。
ぼくの記憶の中に刻まれた、あの儚くも美しい庭の光景を――。
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