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第六話
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柔らかな果実は力を入れてしまえば簡単に潰れてしまいそうだ。わたしは、蛇口の水で桃を綺麗に洗った。
まな板の上に桃を置いてぐるりと切り込みを入れる。ひねるように回せば、綺麗に半分に切れた。
爽やかで甘い香りがほのかに漂ってくる。するとその香りを嗅ぎつけたのか、つね吉がやって来た。台所の空いているスペースに登って、わたしの手元を覗き込んだ。
「わー、桃だ!」
目をきらきらと輝かせているつね吉は見るからにテンションが高めだ。その証拠に、尻尾が忙しなく揺れ動いている。
「何を作っているの?」
「桃のコンポート。わたし、生の桃は苦手だから」
「ふーん。ぼくもそのコンポートっていうやつ食べたい!」
「狐ってコンポート食べていいの?」
狐は雑食らしい。肉や昆虫、果物など何でも食べるとはいえ、砂糖が入ったものをあげても良いのだろうか。
「ぼくをそこら辺の狐と一緒にしてもらったら困るな!何でも食べられるし食べるよ!」
わたしが悩んでいると、つね吉は「好き嫌いはありません!」とふんっと鼻を鳴らした。
確かに普通の狐ではないし、あやかしだからコンポートぐらい食べても平気なのかもしれない。それに、これはつね吉へのご褒美な訳だし、本人が食べたい物をあげるべきだろう。
「それじゃあ、全部コンポートにしちゃっていい?」
「いいよ!」
肯定を貰ったため作業を進めて行く。桃の種をスプーンでくり抜いた。
鍋に水と砂糖とレモン汁を入れて火にかける。沸騰しないように注意しながら加熱すると、少しずつ砂糖が溶けていった。
桃を投入して蓋をして火を通す。裏返して更に加熱をしていく。ことことことと言う音が辺りに響いた。
蓋を開けると、微かな湯気が立ちこめた。桃の粗熱が取れるまで暫く待つ。つね吉ははち切れんばかりに尻尾を振っている。
「食べていい?」
「まだ熱いからダメ。それに、冷やした方がもっと美味しくなるよ」
「それじゃあ待つ」
つね吉がすんっと大人しくなった。
――食欲に素直だなぁ……。
その姿を見てわたしは小さく笑った。
「……よし、そろそろいいかな?」
粗熱が取れたので、皮のめくれた部分を指で摘めばつるんと皮が取れた。綺麗にめくれるのでとても気持ちが良い。
容器に桃とシロップを入れる。桃の色がシロップに移って鮮やかに色づいている。
蓋をして冷蔵庫へと入れて暫く置いておく。こうすると甘味が増してより美味しくなるのだ。
「まだかなー、まだかなー」
つね吉は何度もわたしの部屋と台所を往復していた。
数時間経った後、桃を取り出した。
足元では今か今かとつね吉がそわそわとしている。
食べやすいようにくし切りにして、つね吉の分は一口大に切った。皿に移して、淡く色づいたシロップも上からかけてやる。
自分の部屋へと持っていって机の上に置いた。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
フォークでぷつりと桃を刺した。口の中に含めば柔らかな食感と優しい味が口の中に広がった。
「うん、我ながら上出来」
芳しい匂いを嗅ぎながらつね吉を見遣れば、次から次へと食べている。どうやら気に入ってもらえたようだ。
「美味しい?」
「美味しい!」
素直にそう言われて、心が満たされた。
あまりにも美味しそうに食べるのでわたしの分も切り分けてつね吉にあげた。
自分が食べるよりも自分が作った料理をこうして食べてもらえる方がわたしは好きなのだ。
気持ちいいほどの食べっぷりを見せるつね吉の邪魔をしないようにしつつもその頭を優しく撫でる。
気づけば、つね吉はコンポートをぺろりと平らげてしまっていた。
名残惜しそうにシロップまでぺろぺろと舐めている姿を見てちょっと笑ってしまった。
「今日は助けてくれてありがとう」
「月乃はぼくの主人だからね。当然でしょ?」
皿から舌を離したつね吉が胸を張った。
「まさか、つね吉があんなに大きくなるとは思わなかった」
「小さくなることもできるよ?そうじゃなきゃ、あんな小さな筒の中に入らないでしょ?」
「それもそうか」
「ぼくは普段は普通の狐ぐらいの大きさだけど、管狐の中にはネズミぐらいの大きさのやつとかマッチ箱くらいの大きさやつとかいろいろいるよ。人間も大きい人や小さい人がいるでしょ?それと一緒さ」
「なるほど……それにしては極端過ぎない?」
――手のひらサイズの狐かぁ……見てみたいかも。
「見る?」
口には出していないのにつね吉が訊ねてきた。わたしはいいよとかぶりを振った。
「遠慮しなくてもいいのに。月乃はぼくの主人なんだからもっと気安く命令してくれても良いんだよ?ほんと月乃って謙虚だよね」
「謙虚ではないと思うけど……」
わたしはつね吉の言葉に引っ掛かりを感じていた。
「……ねえ、さっきも言ったけど、その主人って言うのやめない?」
学校で提案したことをわたしは再度言う。今度はちゃんと理由も添えてだ。
「使役する関係は何となく寂しいから、わたしはつね吉とは友だちがいいな」
「友だち……」
「そう。友だちだから助け合う。そんな関係にわたしはなりたいの」
そう言い切って漆黒のつぶらな瞳を真っ直ぐに見つめた。
ずっと気になっていた。今までつね吉がどんな扱われ方をして来たのか知らない。使役するものとされるもの。それが当たり前だったのかもしれない。でも、一緒に同じ時を過ごしているのに、そんな関係は嫌だ。少なくともわたしはそう思った。
だから、わたしはつね吉と友だちになりたい。同じものを食べて美味しいと共有して、困っていたらお互いに助け合って、相手を気遣えるようなそんな仲になりたいのだ。
わたしは真摯につね吉と向き合った。人に気持ちを伝えるには、自分の気持ちがちゃんと伝わるように、その人の瞳を見つめることが大事だとわたしは思っている。
小さな瞳にわたしが映っている。ぱちぱちと瞬きをして、つね吉は嬉しそうに、けれど何処か気恥ずかしそうに口角を上げた。
「やっぱり月乃は変わっているね」
「そうかな?」
「そうだよ。……しょうがないなぁ……それじゃあ、ぼくたちは友だちってことで」
「うん。それがいいな」
目が合ってお互いに笑い合う。手を出せば、つね吉も前脚を出してわたしの手の上に乗せた。
握手をするようにそっと握る。
「これからもよろしくね、つね吉」
「こちらこそ」
つね吉の口元に桃を持って行く。つね吉は嬉しそうに桃を口に含んだ。
柔らかなその背を撫でれば、つね吉がふさふさの尻尾をぶんぶんと左右に揺らした。
まな板の上に桃を置いてぐるりと切り込みを入れる。ひねるように回せば、綺麗に半分に切れた。
爽やかで甘い香りがほのかに漂ってくる。するとその香りを嗅ぎつけたのか、つね吉がやって来た。台所の空いているスペースに登って、わたしの手元を覗き込んだ。
「わー、桃だ!」
目をきらきらと輝かせているつね吉は見るからにテンションが高めだ。その証拠に、尻尾が忙しなく揺れ動いている。
「何を作っているの?」
「桃のコンポート。わたし、生の桃は苦手だから」
「ふーん。ぼくもそのコンポートっていうやつ食べたい!」
「狐ってコンポート食べていいの?」
狐は雑食らしい。肉や昆虫、果物など何でも食べるとはいえ、砂糖が入ったものをあげても良いのだろうか。
「ぼくをそこら辺の狐と一緒にしてもらったら困るな!何でも食べられるし食べるよ!」
わたしが悩んでいると、つね吉は「好き嫌いはありません!」とふんっと鼻を鳴らした。
確かに普通の狐ではないし、あやかしだからコンポートぐらい食べても平気なのかもしれない。それに、これはつね吉へのご褒美な訳だし、本人が食べたい物をあげるべきだろう。
「それじゃあ、全部コンポートにしちゃっていい?」
「いいよ!」
肯定を貰ったため作業を進めて行く。桃の種をスプーンでくり抜いた。
鍋に水と砂糖とレモン汁を入れて火にかける。沸騰しないように注意しながら加熱すると、少しずつ砂糖が溶けていった。
桃を投入して蓋をして火を通す。裏返して更に加熱をしていく。ことことことと言う音が辺りに響いた。
蓋を開けると、微かな湯気が立ちこめた。桃の粗熱が取れるまで暫く待つ。つね吉ははち切れんばかりに尻尾を振っている。
「食べていい?」
「まだ熱いからダメ。それに、冷やした方がもっと美味しくなるよ」
「それじゃあ待つ」
つね吉がすんっと大人しくなった。
――食欲に素直だなぁ……。
その姿を見てわたしは小さく笑った。
「……よし、そろそろいいかな?」
粗熱が取れたので、皮のめくれた部分を指で摘めばつるんと皮が取れた。綺麗にめくれるのでとても気持ちが良い。
容器に桃とシロップを入れる。桃の色がシロップに移って鮮やかに色づいている。
蓋をして冷蔵庫へと入れて暫く置いておく。こうすると甘味が増してより美味しくなるのだ。
「まだかなー、まだかなー」
つね吉は何度もわたしの部屋と台所を往復していた。
数時間経った後、桃を取り出した。
足元では今か今かとつね吉がそわそわとしている。
食べやすいようにくし切りにして、つね吉の分は一口大に切った。皿に移して、淡く色づいたシロップも上からかけてやる。
自分の部屋へと持っていって机の上に置いた。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
フォークでぷつりと桃を刺した。口の中に含めば柔らかな食感と優しい味が口の中に広がった。
「うん、我ながら上出来」
芳しい匂いを嗅ぎながらつね吉を見遣れば、次から次へと食べている。どうやら気に入ってもらえたようだ。
「美味しい?」
「美味しい!」
素直にそう言われて、心が満たされた。
あまりにも美味しそうに食べるのでわたしの分も切り分けてつね吉にあげた。
自分が食べるよりも自分が作った料理をこうして食べてもらえる方がわたしは好きなのだ。
気持ちいいほどの食べっぷりを見せるつね吉の邪魔をしないようにしつつもその頭を優しく撫でる。
気づけば、つね吉はコンポートをぺろりと平らげてしまっていた。
名残惜しそうにシロップまでぺろぺろと舐めている姿を見てちょっと笑ってしまった。
「今日は助けてくれてありがとう」
「月乃はぼくの主人だからね。当然でしょ?」
皿から舌を離したつね吉が胸を張った。
「まさか、つね吉があんなに大きくなるとは思わなかった」
「小さくなることもできるよ?そうじゃなきゃ、あんな小さな筒の中に入らないでしょ?」
「それもそうか」
「ぼくは普段は普通の狐ぐらいの大きさだけど、管狐の中にはネズミぐらいの大きさのやつとかマッチ箱くらいの大きさやつとかいろいろいるよ。人間も大きい人や小さい人がいるでしょ?それと一緒さ」
「なるほど……それにしては極端過ぎない?」
――手のひらサイズの狐かぁ……見てみたいかも。
「見る?」
口には出していないのにつね吉が訊ねてきた。わたしはいいよとかぶりを振った。
「遠慮しなくてもいいのに。月乃はぼくの主人なんだからもっと気安く命令してくれても良いんだよ?ほんと月乃って謙虚だよね」
「謙虚ではないと思うけど……」
わたしはつね吉の言葉に引っ掛かりを感じていた。
「……ねえ、さっきも言ったけど、その主人って言うのやめない?」
学校で提案したことをわたしは再度言う。今度はちゃんと理由も添えてだ。
「使役する関係は何となく寂しいから、わたしはつね吉とは友だちがいいな」
「友だち……」
「そう。友だちだから助け合う。そんな関係にわたしはなりたいの」
そう言い切って漆黒のつぶらな瞳を真っ直ぐに見つめた。
ずっと気になっていた。今までつね吉がどんな扱われ方をして来たのか知らない。使役するものとされるもの。それが当たり前だったのかもしれない。でも、一緒に同じ時を過ごしているのに、そんな関係は嫌だ。少なくともわたしはそう思った。
だから、わたしはつね吉と友だちになりたい。同じものを食べて美味しいと共有して、困っていたらお互いに助け合って、相手を気遣えるようなそんな仲になりたいのだ。
わたしは真摯につね吉と向き合った。人に気持ちを伝えるには、自分の気持ちがちゃんと伝わるように、その人の瞳を見つめることが大事だとわたしは思っている。
小さな瞳にわたしが映っている。ぱちぱちと瞬きをして、つね吉は嬉しそうに、けれど何処か気恥ずかしそうに口角を上げた。
「やっぱり月乃は変わっているね」
「そうかな?」
「そうだよ。……しょうがないなぁ……それじゃあ、ぼくたちは友だちってことで」
「うん。それがいいな」
目が合ってお互いに笑い合う。手を出せば、つね吉も前脚を出してわたしの手の上に乗せた。
握手をするようにそっと握る。
「これからもよろしくね、つね吉」
「こちらこそ」
つね吉の口元に桃を持って行く。つね吉は嬉しそうに桃を口に含んだ。
柔らかなその背を撫でれば、つね吉がふさふさの尻尾をぶんぶんと左右に揺らした。
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