縁を結んで切り裂いて

札神 八鬼

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本編

第五話 書斎でのお話

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「はぁーーーーーー……」

静かな書斎から虚さんの溜め息だけが響く。
その様子を私は青ざめながら、
碧生くんはニコニコと楽しそうに笑っていた……


…………どうしてこうなっているのかと言うと、
話は数日前に遡る。
この前意図せず禍月様とお友達になったのだが、
その事を真斗くんを通じて虚さんにも伝わったらしく、
『話があるから書斎に来なさい』と言われてここにいる。
ちなみにこの事を禍月様に話したら、
碧生くんを代わりに行かせると言ってくれたので、
こうして会ったばかりの碧生くんもこの書斎にいる。
碧生くんは私の後輩らしく、茶髪で空色の瞳の美青年だ。
マガツサマに頼まれて一緒に着いてきてくれるらしい。
碧生くんが言うには禍月様と碧生くんは共存してるらしく、
碧生くんの身体に禍月様がおり、たまに表に出てくるらしい。
『二重人格のようなものだよ』と、碧生くんは笑った。
真斗くんに書斎の前まで案内された後、
碧生くんと一緒に入ると、虚さんは驚いた顔をしていた。

「…………何で結崎家の人間がいるんだ?」

「マガツサマに相談したら、碧生くんを一緒にって」

「頭が痛くなってきた……」

「お邪魔しますね、縁壊さん」

碧生くんはニコニコと人好きの良さそうな顔をしている。
が、『面白そう』とか考えてるのが顔から見てとれた。

「まあ良い、個別で話す手間が省けたと思うことにしよう
飲み物でも出すか」

「私はファン○グレープで」

「僕はウーロン茶にします」

少し待つと虚さんはコーヒー、私はファン○グレープ、
碧生くんにはウーロン茶が渡される。
何か私だけお子様みたいだ。

「実際にお子様だろ」

「私の思考読まないで下さいよ虚さん」

「何となくそうだろうなと思っただけだよ」

虚さんは呆れた顔をしながらコーヒーを飲む。
今気づいたが虚さんは普段かけてない眼鏡をかけている。
(縁無しメガネのイメージです)
やっぱり顔が整っているせいか、眼鏡姿も良く似合う。
私はジュースを飲みながら書斎を見渡す。
虚さんの書斎はほこり一つなく綺麗に掃除が行き届いており、
本棚にある本は難しそうな分厚い本ばかりで、
『円地村の歴史と由来』とか、『今も残る村の因習』
などの本が五十音順に並べられていた。
机には虚さんが作ったものらしきレポートや、
パソコンなども置かれている。

「虚さん、眼鏡姿お似合いですね」

「ご機嫌取りをしようとするな」

「だって、あの時の顔は絶対お説教じゃないですか
全く心当たりはないけど絶対怒られるパターンじゃないですか」

「………………」

虚さんは可哀想なものを見る目で私を見ていた。
そんな目で見られても心当たりが無いのだから仕方ない。

「ところで、この書斎は何をする場所なんですか?」

私が身に覚えもない罪を思い出そうとしていると、
碧生くんがのんびりとしたトーンで虚さんに話しかける。
虚さんは私から視線を逸らすと、碧生くんへと視線を向ける。

「ああ、俺が民俗学を専攻してることは知ってるよな?」

「はい」

「この書斎は俺がレポートを書くために使っている部屋だ
集中出来るように防音してるから
ここなら誰かに聞かれる心配もなく話が出来るからな」

ということは、ここにある本は全部民俗学関係なのか。
どれも分厚くて難しそうだし、読む気にもなれない。

「そのような場所に招いて貰えるなんて光栄です」

「不可抗力だけどな」

「…………御神体は大丈夫か?」

「はい、まだ大丈夫そうですよ
触るような馬鹿も、今のところいないようですし」

「御神体?」

「この前松雪先輩がお供えをした祠の御神体ですよ」

「ああ、あの祠の……」

あの祠、御神体が入っていたのか。
いかにも手入れがされてないように見えたが、
一応そういうものは残っているようだ。

「松雪先輩は流石にしないでしょうが、中の御神体……
骨壺に触ってはいけませんよ」

「触ったらどうなるの?」

「どうなると思います?」

「えーと、呪われるとか?」

「ふふっ、そんな可愛いものだったら良いですね?」

「え?一体何が起きるの?
そんな不安を煽るような言い方しないでよ!
ねえ、碧生くん!」

碧生くんはクスクスと笑いながら何も言わない。
私が碧生くんの身体をガクガクと揺すっても笑顔は崩れない。
今思うとどうして御神体に骨壺と思えるのだが、
あの時の私にはそこまで思考が至らなかった。

「それで?この前の詳細を聞いても良いかな?レキ」

明らかに禍月様のことだろうし、目が笑ってないし、
声にも怒気が含まれているから怖くて仕方がない。
私はこれから怒られるかもしれない可能性に青ざめながらも、
この前起きたことを虚さんに話していく。

「カミサマの時間でお供え物をしたのは良い
月一にある恒例の授業だからな
問題はその後だ」

「いかにも手入れされてない祠にお供えしたことですか?」

「はぁーーーーーー……」

虚さんの長い溜め息に私は青ざめ、碧生くんはニコニコと笑っている。
この状況でどうして笑っていられるんだこの人は……

「言いたいことは山程あるが、
まず手入れされてない祠にお供えはするな」

「どうしてですか?」

「連れてかれるからだ」

「連れてかれる?」

「今回は偶然マガツサマが見つけたから何ともなかったが、
本来寂れた祠や神社に神はもういない
レキだって廃墟に誰か住んでるとは思わないだろう?」

「そうですね」

「神がいない神社や祠には良くないものが住み着く
今回はマガツサマの御神体がまだ残っていたから、
良くないものは祠に入れなかっただけだ」

「あそこはね、マガツサマが昔使ってた祠なんだよ
今は別の場所に祠があるんだけど、
松雪先輩がお供えをしたのは、その古い祠の方だね」

「そのマガツサマの新しい祠ってどこにあるんですか?」

「道祖神のお墓の前だね」

そういえばまだ行ったことがない場所が多いことを思い出す。
今度虚さんか真斗くんに村を案内してもらおう。

「とにかく、今後二度と明らかに手入れがされてない場所に
お供え物を供えようとするのはやめろ!良いな?」

「は、はい」

「全く、一歩間違えればあの世に連れていかれたかもしれないというのに……」

虚さんはブツブツと呟きながら頭を抱えている。
長く話しすぎたせいか、カップの中のジュースは、
少しだけ炭酸が抜け始めていた。
私は炭酸が抜けきる前に慌てて中のジュースを飲み干す。
碧生くんはそんな私を面白そうにニヤニヤと見つめていた。

「話は終わったのか?クワイの愛し子よ」

突然碧生くんの声のトーンが変わったので隣を見ると、
碧生くんの瞳が空色から茜色に変わっていた。
やはり碧生くんと禍月様では纏う雰囲気は段違いだ。

「…………何か御用でしょうか?マガツサマ」

虚さんは眼鏡をくいっと指で上げると、面倒そうに尋ねる。
顔には一目で愛想笑いと分かる笑顔を張り付けて。

「レキとはこの前友になったばかりでな
話し相手にしようにもお主の許可が必要とぬかすのだ
勿論、許可してくれるだろう?」

「…………無理のない範囲でお願いしますよ
あなたはそう……人に拒否権を与えない悪い癖がありますから」

「この我が気にかけておるのだ
それだけでも名誉なことだろう?」

「はぁ……レキが嫌がるようなことはしないで下さいね?
あくまで友人の範囲で接して下さい」

「分かっておる、友人の首を虫の居所の悪さではねたりせんわ」

「そのような心配をしているのではありません」

「ではどのような心配だ?」

「レキの意思に反した行動をしたり、
レキの都合を考えず弄ぶのを控えろと言っているのです」

「…………記憶の片隅には置いておこう」

「さては守る気ありませんね?」

「検討はすると言っておるのだ、
それだけでも有難いと思って欲しいものだ」

「あなたはどうしてそう……はぁ……
良いでしょう、レキを話し相手にすることを許します」

「レキ、これでそなたは我の話し相手になってくれるな?」

「はい、虚さんの許可も出ましたからね」

「我と話したい時はあの古い祠の前で名を呼ぶと良い
いつでも神域へ招待してやろう」

禍月様は満足そうに笑った直後、瞳は茜色から空色に戻った。

「レキ、すまないが俺はこれからレポートを書かなきゃいけないからな
結崎を送ってやってくれないか?」

「分かりました」

碧生くんを家まで送り届けた後に、
背後から碧生くんに話しかけられる。

「松雪先輩」

「どうしたの?碧生くん」

「マガツサマも言ってたと思うけれど、
三柱のカミサマのことは、先輩は知らない方がいいよ」

「どうして?」

「連れてかれるから」

「…………誰に?」

「カミサマに」

「カミ……サマに?」

訳が分からない。
どうして私が三柱のカミサマを知れば連れていかれるのか。
それでも碧生くんは微笑むだけで何も答えない。
私はますます、彼のことが分からなくなってきた。

「連れていかれちゃう前に、早くオカエリ」

その日の碧生くんの空色の瞳が怪しく光り、
不気味な雰囲気が漂っていたのを覚えている。
私は迎えに来た真斗くんと一緒に帰りながら、
得体の知れない恐怖に震えていた。
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