白紙の便り

札神 八鬼

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第三章 紙人形の絵の具

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ドーデン「先生、今頃どうしてるかな?」

先生は今同じ仲間が集まる集会という所に行っているらしい。
今頃誰かと楽しんでいるのだろうか…
あの紙人形は部屋の窓から景色を見ていて、
先生の帰りを待っているようだった。

紙人形「先生、まだかな…」

ドーデン「すぐ帰ってくるよ」

紙人形「ねえ、ドーデンはいつから
先生と一緒にいるの?」

ドーデン「え?」

そういえば、考えたことないな。

ドーデン「うーん、いつだろう?
僕もよく覚えてないんだ」

紙人形「分からないの?」

ドーデン「うん、でもずっと前から
いたような気もするんだ」

紙人形「どうして?」

ドーデン「どうしてって…」

そんなこと知らない。
そんな気がするだけで、確証なんて一つもないのだから…
紙人形はじっと僕を見つめている…

ドーデン「・・・ごめん…
それは、分からない…分からないんだ」

誰かの声が、僕の中で木霊する。
その怒鳴り声は、冷たく、鋭く、
人を傷つける為だけに使うような、鋭利な言葉だった。

『お前は何も考えなくて良い。
ただお前は、その化け物のような爪を、
敵に振り下ろせば良いだけだ。簡単だろう?』

ああ、目障りだ。
この男にも爪を振り下ろせば、
今までの兵士達のように、
壊れて動かなくなってくれるだろうか。
この男…いや、人間さえいなければ…

紙人形「ドーデンは分からないことだらけだね」

紙人形の声で我に返った。
どうやら物思いにふけていたらしい。
それは不思議と見覚えがある暗い記憶だ。

ドーデン「そうかもしれない」

実際に僕のことは分からないことだらけだ。
紙人形が言うことも
あながち間違っていないのかもしれない。

ドーデン「そうだ、君に一つ聞きたいことがあるんだ」

それは、ずっと気になっていた疑問。
僕の正体を確かめる為の質問だ。

ドーデン「僕は、人間だよね?」

それを聞くと、紙人形の動きが止まった。
明らかに挙動がおかしい紙人形の周りには、
動揺を表す色の霧が体の周りを漂っていた。
何を考える必要があるんだ?
至極簡単な質問のはずなのに、
何故答えてくれないんだ?
いや、もしや答えられないのか? 
しかし、すぐにその心配も杞憂に終わった。

紙人形「うん、私と同じ人だよ」

ドーデン「そう、良かった」

良かった、やっぱり僕は人間なんだ。
この鋭くて大きな爪も、白紙病が治ればきっと、
人間の同じになれるんだ。

紙人形「そういえば、何でいつも私のことを
紙人形って呼んでるの?」

ドーデン「それは…」

話したら信じてくれるだろうか。
僕には人が紙人形に見えるなんて、
本来は信じられないはずだから。
紙人形を見ると、体からは不安を表す色の
霧が体の周りを漂っていた。
僕が黙って考え込んでいるから、
気分を害したと思っているのだろう。
・・・やはり、言っておくか。

ドーデン「僕はね、白紙病なんだ」

紙人形「白紙病?」

紙人形には不思議を表す色の霧が周りを漂っている。
白紙病の話を真剣に聞いている紙人形を眺めながら、
僕は考えていた。
相変わらずこの紙人形は鮮やかな色を出している。
それを僕が見ている景色に色付けたらどれほど素敵だろう。
でも、僕には絵の具がない。
この白紙の絵を完成させる為の絵の具は、
僕は持ち合わせていないのだ。
ああ、この紙人形から色を取り出せたら…
君の真っ赤な絵の具、
少しで良いから僕に頂戴?

◇◇◇

ふと気がつくと、目の前には誰かが倒れている。
僕の爪には、真っ赤な絵の具がついていた。
これは、人間の少女か?
目の前にはいるのは、何者かに腹部を貫かれた
少女の死体だった。
さっきまでここにいた紙人形は一体どこに行ったんだ?
まさか、逃げて…
考えるより先に、僕の体は自然と外に向かっていた。

◇◇◇

彼と入れ違いに入ってきたのは、
毒の魔女こと、ヴェルだった。

ヴェル「まーたこれは、
派手にやらかしたものだね」

散らかった私の私物、割れた薬のビン。
まあそれも充分一大事だが、
一番の問題は明らかにドーデンの仕業と思われる死体だ。

ヴェル「またお前が最初の犠牲者か…
何度見ても哀れな死体だなフェルエット」

ヴェルは死体の顔を眺めながら、
呼び慣れた少女の名を呼んだ。
フェルエットはいつも一番最初に殺される。
それは何か理由があるのか、
それともただの偶然なのか、私には分からない。
いや、分かるはずがないか。
まあ、自分を人間と勘違いしてる時点で、
失敗するだろうとは思っていたけどな。

ヴェル「・・・無理もないか。
元々は生物兵器だからなあいつ」

ドーデンはオランダ語で殺すという意味。
元は私が人を殺す為だけに作ったモノだ。
いつかはこうなるだろうと思っていたが、
まさか私が不在の時に起こるとはな…

ヴェル「やられた…使い魔にでも
見張らせておくべきだった…」

ちなみに私の使い魔は、
毒を持っているモノだけだ。

ヴェル「出てこいズイル」

私が使い魔の名を呼ぶと、
近くの瓶の中から液体状の毒物のズイルがぬるりと出てきた。

ズイル「あい、御用ですか?
今休憩中なので手短に…」

ヴェル「相変わらずいつ見ても
気色悪い登場だなお前は」

ズイル「ええ…邪魔だからって
狭い瓶に詰めたのはヴェル様じゃありませんか。
同じ名前同士仲良くしましょうよ」

ヴェル「下の名前が同じだけだろ」

こいつの名前はズイルヴェル。水銀だ。
私は毒性を持つモノしか使い魔にすることが出来ない。
理由など知らん。

ヴェル「それで?ここで何が起こった
まあ、どうせドーデンの仕業だろうがな」

ズイル「ヴェル様の推測通り、
ドーデンがあの少女を殺した犯人ですよ
動機は知りませんが…」

動機は大体の検討がついている。

ヴェル「ズイル、まあ失敗だ」

ズイル「どうやらそのようですね…
また一度滅ぼされた村の時間を戻すんですか?」

ヴェル「まあそうなるな。
魔力は大幅に消費するが、
あいつは野放しにしたら危険だ」

ズイル「てことは、またあの場所に行くんですか?」

ヴェル「ああ、ズイルも行くか?」

ズイル「いいえ、俺は遠慮しておきます…
もう死体見るの嫌気が差してきて…
グロい死体とか苦手なんですよ」

ヴェル「人を死に追いやる毒物が何を言う」

ズイル「俺だって好きで毒物に
生まれたわけじゃないってことですよ」

ヴェル「はいはい、頭の隅には置いておくよ。
すぐ忘れるだろうがな」

後ろでズイルがごちゃごちゃ言っているが、
それを無視して外に出る。

ヴェル「血痕が残っている…
分かりやすい痕跡ありがとうドーデン」

この血痕を辿れば、恐らくドーデンの元へつくだろう。
一刻も早くドーデンの元に行かないと。
彼の心が壊れてしまう前に…
急ごう、ゆっくりはしていられない。

◇◇◇

私がその場についた頃には、既にあの村は
真っ赤な絵の具を撒き散らした死体しかない
死屍累々(ししるいるい)の村に変わっていた。
どの死体も苦悶の表情で死んでいる…

ドーデン「ああ、先生…」

すると、私に気付いたドーデンは、
その視線を死体から私に変えた。
爪は真っ赤な絵の具で赤黒く染まっている。

ドーデン「皆、僕を化け物だって言うんです。
だから、この人達にも穴を開けて、
中身の絵の具を出してあげました。
なのに、誰も喜んでくれません。
どうしてですか?先生」

ヴェル「ドーデン、この村には誰一人、
殺されて喜ぶ人なんていないよ」

ドーデン「殺される?言ってる意味が分かりません」

ヴェル「あー…まあ、そりゃそうか。
一度生物兵器として目覚めたら、
罪悪感なんて湧かないよな」

ドーデン「生物兵器?先生、教えてください。
僕は…人間なんですよね?」

ヴェル「いいや、違うよ。
お前は、人間を惨殺する為だけに作られた生物兵器だ」

ドーデン「そんな…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!」

ドーデンは見るからに動揺している。
無理もない、今まで人間だと思っていたのに、
本当はただの化け物だったなんて…
一番知りたくなかった真実だろうからな。
でも大丈夫、その絶望もすぐに白紙に塗り替えてあげるから。

ヴェル「ドーデン、私はとても残念だ。
こんな早くに、今の君を捨てなきゃいけないなんて…」

先生は僕の頭に手を乗せて、
何か呪文のようなものを唱えている。
まさか、消されるの?

ドーデン「僕はもう、いらない?」

ヴェル「安心しろドーデン。今の君を殺すだけだ。
何も知らない君に戻るだけ…」

ドーデン「戻る…じゃあ、
僕が殺した人達も元に戻る?」

ヴェル「戻るさ。一回目からこの五百回目まで、
私はこの村の時を戻しているのだから」

ドーデン「五百回目…」

今まで何人の僕が死んだのだろう。
少なくとも僕が言えることは、
多分僕は、何回も同じ結末を繰り返し続けている。

ドーデン「最後に、質問して良いですか?」

ヴェル「ああ、どうせ最後だしな。
一つだけなら答えてやるよ」

ドーデン「先生は、何者なんですか?」

ヴェル「・・・そうだな…
せっかくだし教えてやるか」

ドーデン「先生だけ唯一紙人形に見えないから、
普通の人間じゃないんですよね?」

ヴェル「ああ、そうだよ。
私の名はヴェル、毒の魔女だ」

ドーデン「毒の魔女…」

だから、先生は紙人形に見えなかったのか…

ヴェル「もうすぐお前は消える。
そしてまた新しいお前が生まれるんだ」

この世に生まれて、先生と出会って、
紙人形を助け、そして仲良くなる。
でも、最後には必ず、
僕の手で大切なモノ達を壊してきたんだ。
この爪で、大きな爪で、皆を傷つけてきた。
紙人形の空いた穴から絵の具が溢れている。
それは今まで僕がしてきたこと。
その真っ赤な絵の具の色は、
今まで傷つけてきた者達の痛みの証だ。
僕はこれから、色を拒まず受け入れる必要がある。

ヴェル「何か言い残すことはあるか?」

ドーデン「なら先生、どうか…
五百回目の僕を助けてあげて下さい」

僕と同じ目に遭わないように。
同じ悲劇を繰り返さないように。
四百九十九人目の僕と、今までの僕の為に…
どうか、逃げないで欲しい。
次の僕が知らずとも、
確かに僕達は存在していたのだから…

ヴェル「前の君も、似たような事を言っていたよ。
私はいつも約束を破ってばかりだ」

先生はとても悔しそうな顔をしている。
先生だって約束を守りたいはずだ。
それなのに、僕達は繰り返してしまう。
前の自分との約束を知らずに…
先生にあんな顔をさせているのは、僕達だ。
僕は化け物、人間じゃない。
人を殺す為だけに作られた生物兵器。
そして、僕という存在はこの世から消えた。
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