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二章
科学の娘と化学の娘 その7
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瀬戸田ライムはお嬢様だった。
話を聞くと、瀬戸田化学という大きな大きな企業は、彼女の一族の持ち物ということである。
瀬戸田化学。
宗一もなんとなくその名前は聞いたことがある。
テレビで地味ながら、会社のコマーシャルを流している記憶がある。
有名な商品やどのような企業活動を行っているのかは、ぴんとは来ないが、それはとてつもなく大きな会社だということは分かっていた。
確かにそんなでかい会社のお嬢様だと言われれば、なんとなく納得出来る雰囲気をライムは持っているだろう。
そのとてつもないお嬢様の彼女が、どうしてこんな小さくてありきたりな学園にいるのかという理由は、やはり、「ありきたり」な学園生活を楽しみたいからだと言うことであった。
両親…特に父親はいわゆるお嬢様学校ではない、この方丈学園に娘を入れることには賛成してくれたと言うことだ。
なんでも、「普通」という感覚を身につけると言うことを大切に考えているらしかった。立派な父親だと宗一は感心したものだ。
「それでも…それでも、やはり、学園とか同級生とか、フェンシング部もそうですけど、特別にっていう空気を感じることがあるんです。でもこの退魔クラブだけは違います」
「それって特別感というか、そういうものは感じないってことか?」
「はい!」
にっこりと太陽のような笑顔で応えるライム。
それとは反対に宗一の顔つきは渋いものへと変化する。
「…まあ、退魔クラブ自体が特殊だからな…部長と二人しかいないんだろうし」
そんな環境下で、果たして「お嬢様」一人を特別扱いできるのかのほうが疑問である。
少なくとも度々明るい笑顔を見せるこの瀬戸田ライムよりは、あのトマトフという妖精のほうが余程特殊な存在で、なおかつ希少種だと思うのだ。
「わたし、フェンシング部にも所属しています。フェンシングも子供の頃からやっていたので、好きには好きなんですけど…。なんというか、この退魔クラブはいるだけで落ち着くというか…居心地が良いというか」
「そりゃ、ただ部室でだべってなにも活動していないからだろう…きっと」
「だから! だからそんな大好きな部活の部室があんな風になるのはちょっとへこみます。だって、かっこ悪いじゃないですか?」
「理由そこかよ…」
まあ、確かに屋根になぜか校門の鉄柵が突き刺さった部室が格好いいとはならない。
もしも、そんなやつがいたら「感性が歪んでいる」という見解が妥当だろう。
「…まあ、あと一つくらい理由ありますけど、とにかく見てくれの悪さが一番です」
力説するライムの言葉を受け、もう一度、鉄柵を見上げる。
「見てくれねー…」
「みだしなみには気を払わないと。わたしも年頃ですから」
「年頃って…関係あるのかよ。おまけに身だしなみと言っても部室だしな」
「とにかく部室元に戻そうと思って、色々考えて、引っ張ってみたんですけど…びくともしません。無理でした!」
にこやかにライム。
色々と考えたあげく、ひっぱる。
もう少し、手の込んだ手段は思いつかなかったのかとも思うが、やはり、思いつかなかったのだろう。
この娘はこういう娘なのだ。
「あげく、俺が生け贄に選ばれたって訳か…」
ため息混じりで呟いた。
「生け贄だなんて、そんなことないですよ! 全然! 体よく利用しようなんてそんなこと! ぜんっぜん、ありませんよ!」
「なんか、思いっきり否定されるとかえって胡散臭いな…」
「ただ…」
「ただ?」
「ちょっと頼めば手伝ってくれそうかなと。暇人のお人好しなラノベの主人公っぽい宗一君なんで、いけるかなーって」
「やはり、そういう扱いかよ…。しかも瀬戸田ってラノベとか読むんだ」
「はい。たくさん読みますよ。部活動の一貫ですから!」
「なんで、ドヤ顔してんだよ。しかも、部活の一貫って…。どういう活動してんだ、この部は…」
やはり、つぶれてしまった方がいいのではないかとも思う。
だが、それを言い切った後のライムの顔は、とても困り顔である。
男ならどうしても断れない気配をぷんぷんと漂わせている。
悪女だ。
この瀬戸田ライムは悪女だ。
見つめていると引き込まれてしまいそうな瞳で、ジッとこちらを見つめている。
けして、「やだ」とは言わせない空気を醸し出す。
彼女自身が好きなラノベのキャラにこういうのがいたら、女性のファン層からの支持は最下位に違いない。
それが頭の中で分かっていても、こうして相対していると、自然顔が赤くなる。
「…とりあえず…とりあえずだぞ! やれるだけはやってみる。でも、出来なかったらその時は怒るとか失望するとかはなしだぞ!」
「はい!」
天使のような笑顔で応えるライム。
そんな彼女の反応にさらに顔が赤くなる。
その顔色の変化を悟られるのが恥ずかしくて、宗一は目線を逸らした。
「脚立あるか?」
ややぶっきらぼうに言い放ち、宗一は部室に向き直る。
分かっていても、「女の子の頼み」に弱い自分に、少しだけ呆れたものを覚える相馬宗一であったのだ。
話を聞くと、瀬戸田化学という大きな大きな企業は、彼女の一族の持ち物ということである。
瀬戸田化学。
宗一もなんとなくその名前は聞いたことがある。
テレビで地味ながら、会社のコマーシャルを流している記憶がある。
有名な商品やどのような企業活動を行っているのかは、ぴんとは来ないが、それはとてつもなく大きな会社だということは分かっていた。
確かにそんなでかい会社のお嬢様だと言われれば、なんとなく納得出来る雰囲気をライムは持っているだろう。
そのとてつもないお嬢様の彼女が、どうしてこんな小さくてありきたりな学園にいるのかという理由は、やはり、「ありきたり」な学園生活を楽しみたいからだと言うことであった。
両親…特に父親はいわゆるお嬢様学校ではない、この方丈学園に娘を入れることには賛成してくれたと言うことだ。
なんでも、「普通」という感覚を身につけると言うことを大切に考えているらしかった。立派な父親だと宗一は感心したものだ。
「それでも…それでも、やはり、学園とか同級生とか、フェンシング部もそうですけど、特別にっていう空気を感じることがあるんです。でもこの退魔クラブだけは違います」
「それって特別感というか、そういうものは感じないってことか?」
「はい!」
にっこりと太陽のような笑顔で応えるライム。
それとは反対に宗一の顔つきは渋いものへと変化する。
「…まあ、退魔クラブ自体が特殊だからな…部長と二人しかいないんだろうし」
そんな環境下で、果たして「お嬢様」一人を特別扱いできるのかのほうが疑問である。
少なくとも度々明るい笑顔を見せるこの瀬戸田ライムよりは、あのトマトフという妖精のほうが余程特殊な存在で、なおかつ希少種だと思うのだ。
「わたし、フェンシング部にも所属しています。フェンシングも子供の頃からやっていたので、好きには好きなんですけど…。なんというか、この退魔クラブはいるだけで落ち着くというか…居心地が良いというか」
「そりゃ、ただ部室でだべってなにも活動していないからだろう…きっと」
「だから! だからそんな大好きな部活の部室があんな風になるのはちょっとへこみます。だって、かっこ悪いじゃないですか?」
「理由そこかよ…」
まあ、確かに屋根になぜか校門の鉄柵が突き刺さった部室が格好いいとはならない。
もしも、そんなやつがいたら「感性が歪んでいる」という見解が妥当だろう。
「…まあ、あと一つくらい理由ありますけど、とにかく見てくれの悪さが一番です」
力説するライムの言葉を受け、もう一度、鉄柵を見上げる。
「見てくれねー…」
「みだしなみには気を払わないと。わたしも年頃ですから」
「年頃って…関係あるのかよ。おまけに身だしなみと言っても部室だしな」
「とにかく部室元に戻そうと思って、色々考えて、引っ張ってみたんですけど…びくともしません。無理でした!」
にこやかにライム。
色々と考えたあげく、ひっぱる。
もう少し、手の込んだ手段は思いつかなかったのかとも思うが、やはり、思いつかなかったのだろう。
この娘はこういう娘なのだ。
「あげく、俺が生け贄に選ばれたって訳か…」
ため息混じりで呟いた。
「生け贄だなんて、そんなことないですよ! 全然! 体よく利用しようなんてそんなこと! ぜんっぜん、ありませんよ!」
「なんか、思いっきり否定されるとかえって胡散臭いな…」
「ただ…」
「ただ?」
「ちょっと頼めば手伝ってくれそうかなと。暇人のお人好しなラノベの主人公っぽい宗一君なんで、いけるかなーって」
「やはり、そういう扱いかよ…。しかも瀬戸田ってラノベとか読むんだ」
「はい。たくさん読みますよ。部活動の一貫ですから!」
「なんで、ドヤ顔してんだよ。しかも、部活の一貫って…。どういう活動してんだ、この部は…」
やはり、つぶれてしまった方がいいのではないかとも思う。
だが、それを言い切った後のライムの顔は、とても困り顔である。
男ならどうしても断れない気配をぷんぷんと漂わせている。
悪女だ。
この瀬戸田ライムは悪女だ。
見つめていると引き込まれてしまいそうな瞳で、ジッとこちらを見つめている。
けして、「やだ」とは言わせない空気を醸し出す。
彼女自身が好きなラノベのキャラにこういうのがいたら、女性のファン層からの支持は最下位に違いない。
それが頭の中で分かっていても、こうして相対していると、自然顔が赤くなる。
「…とりあえず…とりあえずだぞ! やれるだけはやってみる。でも、出来なかったらその時は怒るとか失望するとかはなしだぞ!」
「はい!」
天使のような笑顔で応えるライム。
そんな彼女の反応にさらに顔が赤くなる。
その顔色の変化を悟られるのが恥ずかしくて、宗一は目線を逸らした。
「脚立あるか?」
ややぶっきらぼうに言い放ち、宗一は部室に向き直る。
分かっていても、「女の子の頼み」に弱い自分に、少しだけ呆れたものを覚える相馬宗一であったのだ。
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