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二章
科学の娘と化学の娘 その1
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方丈学園の校門は二つある。
それぞれ「正門」、「裏門」と呼ばれ、一年生と二年生は正門を通り、三年生は裏門を通って校内に入ることになっている。
どうしてそんなことになっているのかと言えば、それは単純に狭いからである。
もしも、校門が一つしかない場合、全校の生徒がその門を使う羽目になる。
下駄箱のある玄関先が混み合い、不便であるし、火災などが発生したとき、その玄関から外への誘導がスムーズにいかないなどの理由もあるため、方丈学園は玄関と門が二つあるのだった。
その車が止まったのは、二つある門の内、いわゆる「裏門」である。
止められた車の運転手が恭しく後部座席のドアを開けると、中から一人の男と一人の少女が降りてきた。
趣は高級車である。
今は生憎と授業中であるため、周りに人気はなかったが、これが朝の登校時間であれば、ちょっとした騒ぎになっていただろう。
なにやら、高級そうな車が学校の前に止まった。
きっとお金持ちのお嬢様か何かが転校してきたに違いないという噂はすぐに蔓延する。
だが、この車から降りてきた二人は、そういうのとはちょっと違う。
転入生には間違いないが、お金持ちのお嬢様というわけではなかった。
男のほうは三十代の後半だろう。
眼鏡をかけており、細身である。
だが、雰囲気はパッとしないし、着ているスーツもあまり似合っているとは言えない。
着慣れていない感が半端なく、どうにもたまたまスーツを着る用事が出来たので着てみましたという風である。
一方の少女はこの学校の制服を着用している。
頭は小さく、背丈も低くなく、ほっそりとした体型の持ち主で、一個の物体として完成されているという形容が相応しいだろう。
だが、その容貌に張り付いた雰囲気は、どこか無機質で憂いにも似たものであった。
あまり友達なんかと楽しくお喋りしながら歩くといったイメージが想像しづらいと言えば良いのか。
むしろ、教室の片隅で静かに本を読んでいる方がしっくりとくるものがあった。
二人は裏門の前に立つと、校舎を眺めた。
「さて、アンシー、ここが今日からしばらく通ってもらうことになる方丈学園だ」
「…はい」
表情と同じ、やや抑揚にかける無機質な声質でアンシーと呼ばれた少女は応えた。
二人は中に入ろうとしていた。
ゆえに男のほうがすでに閉じられている裏門の鉄格子を開こうと手をかけた。
「あれ?」
しかし、びくともせず、さらに力を込めてみる。
「あれ? 完全にロックされている? 困ったな」
周囲に学校の関係者がいないかを確認するためか、キョロキョロと辺りを見渡す。
誰もいないのを確認した後、もう一度、鉄格子を確認するが、鍵らしきものはかかっていないようにも見えた。
「おかしいな…鍵とかじゃないのか? これ…。もしかして錆びているだけか?」
その可能性を呟いた後、もう一度、開かないか試してみる。
だが、この重たい鉄格子はぴくりともしない。
「…わたしがやります」
言うが速いかアンシーは鉄格子に手をかける。
別に力を込めた素振りと仕草はまったくといって良いほどなかった。
ただ、あれほど重たかった鉄格子は校門から外れたし、その外れた鉄格子をアンシーは、ぽいっと遠くへ投げ捨てた。
まるで、河原の小石のように放り投げられたそれは校内の敷地のどこかへと着地したはずである。
そして、彼女の一連の行動を見た男は、傍らで困惑しているのみであった。
「あーあ、やっちゃった…」
制止する間もなかった。
鉄格子を引っこ抜くだけでも悪いことなのに、しかもそれを投げ捨てている。
「これは後で絶対に怒られるな…」
「…さあ、中に入りましょう」
まったく状況のまずさを感じていないアンシーの様子を見て、男は「やれやれ」と肩をすくめるしか出来なかった。
それぞれ「正門」、「裏門」と呼ばれ、一年生と二年生は正門を通り、三年生は裏門を通って校内に入ることになっている。
どうしてそんなことになっているのかと言えば、それは単純に狭いからである。
もしも、校門が一つしかない場合、全校の生徒がその門を使う羽目になる。
下駄箱のある玄関先が混み合い、不便であるし、火災などが発生したとき、その玄関から外への誘導がスムーズにいかないなどの理由もあるため、方丈学園は玄関と門が二つあるのだった。
その車が止まったのは、二つある門の内、いわゆる「裏門」である。
止められた車の運転手が恭しく後部座席のドアを開けると、中から一人の男と一人の少女が降りてきた。
趣は高級車である。
今は生憎と授業中であるため、周りに人気はなかったが、これが朝の登校時間であれば、ちょっとした騒ぎになっていただろう。
なにやら、高級そうな車が学校の前に止まった。
きっとお金持ちのお嬢様か何かが転校してきたに違いないという噂はすぐに蔓延する。
だが、この車から降りてきた二人は、そういうのとはちょっと違う。
転入生には間違いないが、お金持ちのお嬢様というわけではなかった。
男のほうは三十代の後半だろう。
眼鏡をかけており、細身である。
だが、雰囲気はパッとしないし、着ているスーツもあまり似合っているとは言えない。
着慣れていない感が半端なく、どうにもたまたまスーツを着る用事が出来たので着てみましたという風である。
一方の少女はこの学校の制服を着用している。
頭は小さく、背丈も低くなく、ほっそりとした体型の持ち主で、一個の物体として完成されているという形容が相応しいだろう。
だが、その容貌に張り付いた雰囲気は、どこか無機質で憂いにも似たものであった。
あまり友達なんかと楽しくお喋りしながら歩くといったイメージが想像しづらいと言えば良いのか。
むしろ、教室の片隅で静かに本を読んでいる方がしっくりとくるものがあった。
二人は裏門の前に立つと、校舎を眺めた。
「さて、アンシー、ここが今日からしばらく通ってもらうことになる方丈学園だ」
「…はい」
表情と同じ、やや抑揚にかける無機質な声質でアンシーと呼ばれた少女は応えた。
二人は中に入ろうとしていた。
ゆえに男のほうがすでに閉じられている裏門の鉄格子を開こうと手をかけた。
「あれ?」
しかし、びくともせず、さらに力を込めてみる。
「あれ? 完全にロックされている? 困ったな」
周囲に学校の関係者がいないかを確認するためか、キョロキョロと辺りを見渡す。
誰もいないのを確認した後、もう一度、鉄格子を確認するが、鍵らしきものはかかっていないようにも見えた。
「おかしいな…鍵とかじゃないのか? これ…。もしかして錆びているだけか?」
その可能性を呟いた後、もう一度、開かないか試してみる。
だが、この重たい鉄格子はぴくりともしない。
「…わたしがやります」
言うが速いかアンシーは鉄格子に手をかける。
別に力を込めた素振りと仕草はまったくといって良いほどなかった。
ただ、あれほど重たかった鉄格子は校門から外れたし、その外れた鉄格子をアンシーは、ぽいっと遠くへ投げ捨てた。
まるで、河原の小石のように放り投げられたそれは校内の敷地のどこかへと着地したはずである。
そして、彼女の一連の行動を見た男は、傍らで困惑しているのみであった。
「あーあ、やっちゃった…」
制止する間もなかった。
鉄格子を引っこ抜くだけでも悪いことなのに、しかもそれを投げ捨てている。
「これは後で絶対に怒られるな…」
「…さあ、中に入りましょう」
まったく状況のまずさを感じていないアンシーの様子を見て、男は「やれやれ」と肩をすくめるしか出来なかった。
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