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一章

日常の黄昏 その2

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午前中の数学や国語といった退屈な授業が終わる。
昼食になり、学食で弁当を買う。
ようやく朝に満たしきれなかった空腹を満たし、午後の授業へと入る。
最後の授業は情報処理。
いわゆるパソコンの使い方を学習する時間であり、宗一そういちにしてみれば得意分野である。
ゆえに退屈感はなかったし、課題を行っていても精神的な余裕があった。
これが苦手な教科だと、ある程度は一生懸命やらねばならないため、疲れが生じる。
ともあれ、情報処理の教師である松岡まつおかに出された課題をさっさとこなし、あとは適当にパソコンをいじったりして時間をつぶす。
なぜか、いつも黒づくめのジャージ姿の松岡まつおかが授業の終わりを告げる。
挨拶をし、しばらくインターネットでパソコンのパーツの価格情報に目を通している。
まあ、最後の授業が情報処理の授業だと自然とこうなることが多い。
他の生徒の中にも、若干そういうものたちがいるようだ。
もうすべての授業が終わったにもかかわらず、まだ数人の生徒が教室にいる。
他にはこの教室で課題をするのか、あるいは何かの調べ物がある者たちが集まってくる。
教室は自然と開放状態になっており、パソコンを使いたい生徒が結構遅くまでいるものだった。
宗一そういちにしてみれば、家に帰れば、もっと性能の良いマシンがあるのだから、長居まではしない。
適当に情報を閲覧し、そろそろ帰ろうかと席を立った。
「あれ? なんかおかしい…」
すぐに後ろでそんな声がした。
「んー、なんか、字が変だな…これ…」
すぐ後ろの女子がなにやら四苦八苦している。
彼女は顔見知りで、今でこそクラスは別だが、中学が一緒であるし、SNSでたまに連絡も取り合う仲だ。
なにやら困っているのを見て宗一そういちは声をかける。
「どうしたんだ?」
「あ、宗一そういち君…。なんか、字が出ないんだよね」
「どれ…」
キーボードで適当な字を打ち込む。
アルファベットは出ず、ひらがなばかりの意味をなさない文章が画面に出力される。
「あー…これ、カナ変換になっている」
そう口にして、宗一そういちがキーボードを操作すると、きちんといつもの感覚で文字が出力された。
「あっ! 直った!すごーい、ありがとう。宗一そういち君!」
「ああ。なんかの拍子に切り替わったんだろうな。またこうなったらこうしてこうしてくれれば元に戻る」
「うん、ありがとう。宗一そういち君、昔からパソコンが得意だもんね!」
「得意って言うか…」
こんなのは初歩の初歩だろうと思うのだ。
というか、松岡まつおかはなんでこういうことを教えないんだろうとも思う。
そんなときである。
「あのー…」
不意に声がした。
声のほうを振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っている。
「えっ…?」
思わず目を疑った。
そこに立っていたのは間違いない、あの瀬戸田せとだであった。
「あのー…パソコン…得意なんだよね? ちょっと…」
「えっ!? えーと…」
「ちょっといいかな!」
そう言うがはやいか、瀬戸田せとだ宗一そういちの手をつかんで教室から連れ出そうとした。
夢ではない。
あの憧れの瀬戸田せとだが自分の手で自分の袖を掴んでいる。
そして、自分を教室から連れ出し、どこかへ導こうとしていた。
戸惑いとうれしさ。
朝の出来事は何かの前触れ。
これから何か素敵な人生が始まるのではないか。
朝一度は諦めてしまった淡い期待と予感を、放課後にもう一度得ることになったのだった。
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