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第13話 夢を結う
4 星を降らせる
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「子どものゆいりが?」
るりなみがあんぐり口を開ける横で、ゆいりは改めて庭園を見渡した。
「とにかく、時空のほつれ目が王宮の外にも広がると大変です。急いでこの空間を〝つくろって〟しまいましょう」
空間をつくろう、とは……縫い合わせるということだろうか?
さも簡単そうに、破れた布を縫うだけだというふうに、ゆいりは軽やかに言った。
どうするのだろう、と見あげるるりなみのかばんを、ゆいりは指さした。
「そこにのぞいているのは、あの望遠鏡ですね? 少し、お貸しいただけますか」
るりなみはかばんから望遠鏡を取り出し、ゆいりに手渡した。
ゆいりは望遠鏡ののぞき穴と向こうの穴をたしかめて、向こう側にはめられていたレンズのようなものを手早く抜き取った。
「普段は、万華鏡にもなっていますが、こうやって……」
ゆいりは抜き取ったものを服の内にしまうと、望遠鏡の筒の両端に左右の手を当てて、その手を引きあけるようにしながら、するすると望遠鏡を伸ばしていった。
二倍にも三倍にも長くなっていく望遠鏡を、るりなみは驚いて見つめる。
実は何層にも折りたたまれていたのか、もしくは呪文も光もなく、ゆいりの手の中で魔法が使われているのか……。
るりなみが目を丸くするうちに、ゆいりは細長く伸びた望遠鏡の真ん中にはまっていた輪をきゅっと回すや、ぱかりと二つに望遠鏡を分けてしまった。
分かれた望遠鏡のうちの一つを、ゆいりはるりなみに手渡す。
「今、この庭のそこここにのぞいているのは、本来は私たちに見える世界の裏側にしまわれているはずの、数の精霊の世界や、音の精霊の世界です」
「精霊の世界だったんだ……」
るりなみがつぶやくと、ゆいりはうなずいた。
「それらの世界を〝この望遠鏡の向こうに見える世界だ〟と定義し直します。これから少し、大がかりな魔法でこのあたりの世界が揺れますから、怖かったら、望遠鏡の向こうをのぞいていてくださいね」
ゆいりは、るりなみの手の望遠鏡に手を伸ばし、もう一度そっと胸もとに押しつけた。
大きな力をかけられたわけでもないのに、るりなみは操られるように二、三歩あとずさっていた。
るりなみを遠ざけたゆいりは、自分の望遠鏡を、魔法の杖のように振りあげて、空に大きく直線を描いた。
ゆいりの望遠鏡がなぞった直線上の空が──見る間に大きく裂けて、灰色の曇り空の中に生まれた亀裂の向こうに、夜空のような闇がのぞいた。
それは夜よりもずっと透明な、怖いほどの深みをもった闇で、るりなみが見つめるうちに、その中に星々がまたたきはじめた。
とても遠くの星のようだったその輝きは増していき、小さいながら、どの星もが太陽のような強い輝きになったとき、ゆいりが魔法の杖にした望遠鏡を振り下ろした。
するとその動きに合わせ、またたく星々が流れ星になって庭園に降り注いだ。
流れ星たちは、ひとつ残らずその行き先を知っているように、空間のあちこちの裂け目に落ちていった。
輝く星を吸いこんだ裂け目の奥の世界は、星の光で満たされるように光りながら空間を閉じていき、庭園の風景に戻っていった。
「ゆいり、すごい……」
るりなみは、手にした望遠鏡で、その光景を見てみた。
星の光を得て、もとに戻っていく世界。
だがそこにほつれていた場所をよく見ようとすると、万華鏡の彩りが移り変わるようにして、その場所に何層もの世界が見えた……数の世界が、そのひとつ奥の音の世界が、あるいはその裏に揺れる文字の世界が……。
それらの世界はみんな、いつもそこに重なっているんだ、とるりなみは息を呑む。
るりなみがかつて、ゆいりを助けに行った「影の国」も、そのひとつなのかもしれない──いつでも、この王都に、この王国に、この世界に重なっているのだろう。
それが「裏側の世界」ということだろう、と納得して、るりなみははっとした。
その「裏側」は、時々なにかの力で、鏡に映ることもあるに違いない。
ゆめづきは、その裏側の世界へ行ってしまったんだ……!
「ゆめづき……!」
るりなみが望遠鏡から顔をあげると、次々に星を落とすゆいりは、庭園中の……もしかしたらこの王宮中の、裏側の世界のほつれ目を、みんな〝つくろって〟しまいつつあった。
あれがすべて閉じてしまったら……!
るりなみはゆいりに駆け寄って、夢中で服のすそをつかんだ。
「ゆいり、ゆいり! あの向こう側に、ゆめづきを助けに行かなくっちゃ!」
ええ、とゆいりは手を止めて微笑んだ。
「それから、あの小さなお調子者も呼び立てなくてはなりませんし……るりなみ様、ちょっといっしょに、冒険に行きますよ!」
ゆいりはるりなみの手を取り、その向こうの手の望遠鏡を、もう一度振り下ろした。
すると、曇り空の裂け目の奥に見えていた星空の世界が、見る間にすうっと降りてきて──一瞬にしてるりなみたちを包みこみ、星の世界へ導いていた。
* * *
るりなみがあんぐり口を開ける横で、ゆいりは改めて庭園を見渡した。
「とにかく、時空のほつれ目が王宮の外にも広がると大変です。急いでこの空間を〝つくろって〟しまいましょう」
空間をつくろう、とは……縫い合わせるということだろうか?
さも簡単そうに、破れた布を縫うだけだというふうに、ゆいりは軽やかに言った。
どうするのだろう、と見あげるるりなみのかばんを、ゆいりは指さした。
「そこにのぞいているのは、あの望遠鏡ですね? 少し、お貸しいただけますか」
るりなみはかばんから望遠鏡を取り出し、ゆいりに手渡した。
ゆいりは望遠鏡ののぞき穴と向こうの穴をたしかめて、向こう側にはめられていたレンズのようなものを手早く抜き取った。
「普段は、万華鏡にもなっていますが、こうやって……」
ゆいりは抜き取ったものを服の内にしまうと、望遠鏡の筒の両端に左右の手を当てて、その手を引きあけるようにしながら、するすると望遠鏡を伸ばしていった。
二倍にも三倍にも長くなっていく望遠鏡を、るりなみは驚いて見つめる。
実は何層にも折りたたまれていたのか、もしくは呪文も光もなく、ゆいりの手の中で魔法が使われているのか……。
るりなみが目を丸くするうちに、ゆいりは細長く伸びた望遠鏡の真ん中にはまっていた輪をきゅっと回すや、ぱかりと二つに望遠鏡を分けてしまった。
分かれた望遠鏡のうちの一つを、ゆいりはるりなみに手渡す。
「今、この庭のそこここにのぞいているのは、本来は私たちに見える世界の裏側にしまわれているはずの、数の精霊の世界や、音の精霊の世界です」
「精霊の世界だったんだ……」
るりなみがつぶやくと、ゆいりはうなずいた。
「それらの世界を〝この望遠鏡の向こうに見える世界だ〟と定義し直します。これから少し、大がかりな魔法でこのあたりの世界が揺れますから、怖かったら、望遠鏡の向こうをのぞいていてくださいね」
ゆいりは、るりなみの手の望遠鏡に手を伸ばし、もう一度そっと胸もとに押しつけた。
大きな力をかけられたわけでもないのに、るりなみは操られるように二、三歩あとずさっていた。
るりなみを遠ざけたゆいりは、自分の望遠鏡を、魔法の杖のように振りあげて、空に大きく直線を描いた。
ゆいりの望遠鏡がなぞった直線上の空が──見る間に大きく裂けて、灰色の曇り空の中に生まれた亀裂の向こうに、夜空のような闇がのぞいた。
それは夜よりもずっと透明な、怖いほどの深みをもった闇で、るりなみが見つめるうちに、その中に星々がまたたきはじめた。
とても遠くの星のようだったその輝きは増していき、小さいながら、どの星もが太陽のような強い輝きになったとき、ゆいりが魔法の杖にした望遠鏡を振り下ろした。
するとその動きに合わせ、またたく星々が流れ星になって庭園に降り注いだ。
流れ星たちは、ひとつ残らずその行き先を知っているように、空間のあちこちの裂け目に落ちていった。
輝く星を吸いこんだ裂け目の奥の世界は、星の光で満たされるように光りながら空間を閉じていき、庭園の風景に戻っていった。
「ゆいり、すごい……」
るりなみは、手にした望遠鏡で、その光景を見てみた。
星の光を得て、もとに戻っていく世界。
だがそこにほつれていた場所をよく見ようとすると、万華鏡の彩りが移り変わるようにして、その場所に何層もの世界が見えた……数の世界が、そのひとつ奥の音の世界が、あるいはその裏に揺れる文字の世界が……。
それらの世界はみんな、いつもそこに重なっているんだ、とるりなみは息を呑む。
るりなみがかつて、ゆいりを助けに行った「影の国」も、そのひとつなのかもしれない──いつでも、この王都に、この王国に、この世界に重なっているのだろう。
それが「裏側の世界」ということだろう、と納得して、るりなみははっとした。
その「裏側」は、時々なにかの力で、鏡に映ることもあるに違いない。
ゆめづきは、その裏側の世界へ行ってしまったんだ……!
「ゆめづき……!」
るりなみが望遠鏡から顔をあげると、次々に星を落とすゆいりは、庭園中の……もしかしたらこの王宮中の、裏側の世界のほつれ目を、みんな〝つくろって〟しまいつつあった。
あれがすべて閉じてしまったら……!
るりなみはゆいりに駆け寄って、夢中で服のすそをつかんだ。
「ゆいり、ゆいり! あの向こう側に、ゆめづきを助けに行かなくっちゃ!」
ええ、とゆいりは手を止めて微笑んだ。
「それから、あの小さなお調子者も呼び立てなくてはなりませんし……るりなみ様、ちょっといっしょに、冒険に行きますよ!」
ゆいりはるりなみの手を取り、その向こうの手の望遠鏡を、もう一度振り下ろした。
すると、曇り空の裂け目の奥に見えていた星空の世界が、見る間にすうっと降りてきて──一瞬にしてるりなみたちを包みこみ、星の世界へ導いていた。
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