106 / 126
第12話 数の国
8 世界の向こう側
しおりを挟む
「ゆめづきや、時計を見せてくれるかね」
ゆめづきは、黙って綿菓子を食べ終えていたようだった。
かずよみに声をかけられ、しまっていた時計を取り出すため、服の中に静かに手を入れた。
「時空をはかる時計……なのだっけ?」
るりなみが問いかけると、ゆめづきはうなずいた。
「ええ、この時計が時空をはかるものなのでは、と教えてくれたのは、父様なんです。この王国をつくりあげた初代王女という人物は、時空をはかる時計を持っていた……その時計が王家には密かに伝わっている……という伝承があって、まさにこの時計のように、ひとつの針でゆらゆらと時空の行き先をはかるものなのだそうです、が──」
取り出した時計を見つめて、由来を語るゆめづきの声と表情は、だんだんに固くなっていった。
かずよみが目をむくようにして、時計をのぞきこむ。
るりなみも、かずよみのうしろからその盤面を見て、目を丸くした。
いつもはゆらゆらと揺れていた羅針盤のような針が、今は、ものすごい勢いで、狂ったように回り続けていた。
「な、なにこれ、どうしたの?」
「河から数があふれて、ものすごいひずみだからな」
るりなみは、時計とあたりを見比べた。
針の異常な動きを見てしまったら、このあたりに、かずよみの言うような数字の河があって、時空のくぼみだかひずみだかのために、なにかが狂ってゆがんでいるのだ、というのがわかる気がした。
「む……、むむ……!」
かずよみが、なにかに気づいたかのように、時計にさらに顔を近づけた。
「ちょっと、父様!」
ゆめづきが声をあげる間もなく、かずよみは手を伸ばし、くいっ、と時計の側面のねじを巻いた。
そのとたん──ひらり、とあたりの景色を映していたカーテンがひるがえったかのように、その奥の景色が世界にあらわれた。
ベンチは、庭は、綿菓子は……そしてゆめづきやかずよみは、輪郭がぐにゃりとゆがみ、色がばらけて見えた。
大小のパズルのピースが組み合わされた世界のようだった。
いや、パズルほど整然とは組まれていない。
ピースのように見えたのは、数字のかたまりなのだった。
そして、一度その数字が見えてくると、あらゆるもの、あらゆる色、あらゆる光と影は、数字が組み上がってできているように見えるのだった。
数字は、色の濃いもの、透明に近いもの、大きさもさまざまで……るりなみの手のように大きな数字のあいだに、小さな数字が並び、奥にも無限に続いている。
るりなみのまわりの世界は、次々にカーテンがめくられて、その裏の数字の世界に塗りかえられていった。
そのうちに、足もとのベンチの下から、どどどど……という水音が聞こえてきた。
「わあっ」
るりなみは思わず、ベンチの脇に飛びのき、食べかけの綿菓子を取り落とした。
ベンチの下には、たくさんの数字を弾けさせて飛ばしながら、どどど……という音を立てて、数の河が流れているのだった。
河は、ベンチのうしろの庁舎の壁をつたって流れてきて、庭の向こうへまっすぐに続いていた。
奥の木立は、数字の集まった雲のように見え、遠くの塔は、ぼんやりと霞むようだが、その景色の中を、河はどどど……と流れていく。
放り出してしまった綿菓子は、もう見当たらない。
ものすごい勢いの数の河に流されてしまったのだろうか、と思って、るりなみはわけがわからなくなる。
表の世界にはなかった河に、綿菓子が流されてしまうものだろうか?
そうではなく、本当にここに数が流れている世界に、るりなみは迷いこんでしまったのだろうか?
ゆめづきは、黙って綿菓子を食べ終えていたようだった。
かずよみに声をかけられ、しまっていた時計を取り出すため、服の中に静かに手を入れた。
「時空をはかる時計……なのだっけ?」
るりなみが問いかけると、ゆめづきはうなずいた。
「ええ、この時計が時空をはかるものなのでは、と教えてくれたのは、父様なんです。この王国をつくりあげた初代王女という人物は、時空をはかる時計を持っていた……その時計が王家には密かに伝わっている……という伝承があって、まさにこの時計のように、ひとつの針でゆらゆらと時空の行き先をはかるものなのだそうです、が──」
取り出した時計を見つめて、由来を語るゆめづきの声と表情は、だんだんに固くなっていった。
かずよみが目をむくようにして、時計をのぞきこむ。
るりなみも、かずよみのうしろからその盤面を見て、目を丸くした。
いつもはゆらゆらと揺れていた羅針盤のような針が、今は、ものすごい勢いで、狂ったように回り続けていた。
「な、なにこれ、どうしたの?」
「河から数があふれて、ものすごいひずみだからな」
るりなみは、時計とあたりを見比べた。
針の異常な動きを見てしまったら、このあたりに、かずよみの言うような数字の河があって、時空のくぼみだかひずみだかのために、なにかが狂ってゆがんでいるのだ、というのがわかる気がした。
「む……、むむ……!」
かずよみが、なにかに気づいたかのように、時計にさらに顔を近づけた。
「ちょっと、父様!」
ゆめづきが声をあげる間もなく、かずよみは手を伸ばし、くいっ、と時計の側面のねじを巻いた。
そのとたん──ひらり、とあたりの景色を映していたカーテンがひるがえったかのように、その奥の景色が世界にあらわれた。
ベンチは、庭は、綿菓子は……そしてゆめづきやかずよみは、輪郭がぐにゃりとゆがみ、色がばらけて見えた。
大小のパズルのピースが組み合わされた世界のようだった。
いや、パズルほど整然とは組まれていない。
ピースのように見えたのは、数字のかたまりなのだった。
そして、一度その数字が見えてくると、あらゆるもの、あらゆる色、あらゆる光と影は、数字が組み上がってできているように見えるのだった。
数字は、色の濃いもの、透明に近いもの、大きさもさまざまで……るりなみの手のように大きな数字のあいだに、小さな数字が並び、奥にも無限に続いている。
るりなみのまわりの世界は、次々にカーテンがめくられて、その裏の数字の世界に塗りかえられていった。
そのうちに、足もとのベンチの下から、どどどど……という水音が聞こえてきた。
「わあっ」
るりなみは思わず、ベンチの脇に飛びのき、食べかけの綿菓子を取り落とした。
ベンチの下には、たくさんの数字を弾けさせて飛ばしながら、どどど……という音を立てて、数の河が流れているのだった。
河は、ベンチのうしろの庁舎の壁をつたって流れてきて、庭の向こうへまっすぐに続いていた。
奥の木立は、数字の集まった雲のように見え、遠くの塔は、ぼんやりと霞むようだが、その景色の中を、河はどどど……と流れていく。
放り出してしまった綿菓子は、もう見当たらない。
ものすごい勢いの数の河に流されてしまったのだろうか、と思って、るりなみはわけがわからなくなる。
表の世界にはなかった河に、綿菓子が流されてしまうものだろうか?
そうではなく、本当にここに数が流れている世界に、るりなみは迷いこんでしまったのだろうか?
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
妻の死で思い知らされました。
あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。
急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。
「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」
ジュリアンは知らなかった。
愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。
多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。
そしてクリスティアナの本心は——。
※全十二話。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください
※時代考証とか野暮は言わないお約束
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる