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第11話 風の航海
9 三日月の食堂
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地図に示されていたのは、るりなみがよく遊びに向かう、さまざまなお店が並んだ通りの一角だった。
昼下がりの街の、冷えた空気の中を、少しやわらかい風が吹いていく。
風の子は、少年の姿をして、るりなみの横を歩くしぐさをしているが、春の香りを乗せた風を浴びるたび、その姿はきらきらと輝いた。
るりなみは、なんだか嬉しかった。
誕生日に、王宮を抜け出して、いつもは全然違う世界を吹きまわっている友達と並んで、街を歩いている……街の景色は明るく澄んで、なにもかもが、新しく描かれたばかりの絵のように、まだその絵の具も乾ききっていないかのように、みずみずしかった。
目当ての通りにやってきて、るりなみは、行きつけの骨董品店の前で立ち止まった。
風の子と二人で、顔をガラス窓に押しつけるようにして、店内をのぞきこむ。
「誰もいないな」
「お休みみたいだね」
風の子がひゅっと顔をあげると、窓には、白い蒸気の風のあとが残された。
「るりなみの行き先は、あっちの店だろ?」
風の子が、通りの三つ先のお店を指さした。
るりなみは「うん」とうなずいて、その目的地へ向かう。
三日月の看板を玄関先にさげた、三角屋根のお店は、食堂のようだった。
中からは、なにかを優しく焦がしたようないいにおいが漂い、にぎやかな話し声や、音楽も聴こえてくる。
その音楽は、街の食堂には珍しい、銀の竪琴をかき鳴らすかのような……。
扉の前で息を吸いこむるりなみに、風の子がうしろから声をかけた。
「ここから先は、人間たちの世界だな。みんなが、るりなみを待っているぞ」
風の子が、ひゅっ、とるりなみの背中を押すように吹いた。
るりなみの手が、風に乗せられるようにして扉の取っ手に伸びて、心の準備をする間もなく、扉をいっぱいに開けていた。
しゃらららん……、と扉の内側で爽やかな鈴の音が鳴り、話し声と音楽が大きくなる。
焼き菓子のようにあたたかな色合いの店内を、るりなみがよく見る前に、ひゅっと扉から入りこんだ風がそよぐように一周して、またひゅっとるりなみの横を通り過ぎて、出ていった。
「ありがとう……!」
外を振り向いて、風の子を見送ったるりなみのうしろから──。
ぱぁん、となにかが弾ける音がして、色とりどりの紙吹雪が、るりなみの上に舞った。
扉の上につけられていたくす玉が割られ、そこから紙吹雪が降ってきたのだった。
食堂のいくつもの座席で、にぎやかに食事をしたり、会話をしたりしていた、街の職人や商人、隠居の老人や学生の格好をした人々が、いっせいにるりなみのほうを向く。
「るりなみ、お誕生日おめでとう!」
口々にそう言った人々は……、るりなみの父のあめかみであり、ゆめづきであり、みつみであり、また、るりなみをいつもよく気にかけてくれる衛兵や、料理人や、何人もの先生や、それから、骨董品店の老店主の姿もあった。
その奥で、見上げるほど背の高い銀の竪琴を、かき鳴らしている人がいた。
るりなみの、一番の先生であるゆいりだった。
目が合って、ゆいりが、にっこりと笑いかけてくる。
その横には、ぷかぷかとあの小さな帆船が浮かんでいた。
* * *
広場の大道芸人のような格好をしたあめかみが立って、るりなみを迎えた。
その姿に思わず笑いたくなったるりなみは、はっと、自分も大きな帽子をかぶっていることを思い出した。
絵本の中から飛び出したような三角帽のるりなみに向き合い、あめかみが手を広げた。
「船長さん、到着おめでとう。今日はこの店は貸し切りだ。夜までめいっぱい、るりなみの誕生日を祝って、楽しもうではないか」
「父上、みんな……」
「いっぱいお料理を出しますからね!」
声を詰まらせるるりなみのうしろから、食堂の女将が、びっくりするくらいたくさんの皿を一度に手にのせて運んでくる。
女将が駆けまわる脇で、わっと勢いよく、あめかみに肩を組む人がいた。
博打うちの格好をしたその人は、いつも挨拶をかわす気のいい衛兵だった。
「お忙しいあめかみさんは、この会に駆けつけるために、必死で書類をいっぱい背負って持ちこまれて、ついさっきまで、この机の上で仕事に追われていましたからなぁ」
肩を組まれたあめかみは、机をじっと見つめて黙りこんだ。
そこにまだ、片付け残した書類の幻が見えているかのような顔になる。
机の向かいに座っていたみつみが、楽しそうに続けた。
「さぼってためていた宿題に追われる子どもみたいに、泣きわめいておられましたよね。素敵なお父さんの姿、るりなみ様にお見せしたかったですね!」
「計画性に欠けるんじゃ。いや、計画ばかりしておいて、それを見通して物事を動かしていく力が足りんのじゃな」
るりなみの古文の先生である、あめかみの老いた世話係までもが、ひげをなでながらぼそりと追い打ちをかけた。
「おい、無礼講だからといって、私をいじめる会にしていいとは言っていないぞ!」
急に顔をあげたあめかみは、かんしゃくを起こした子どものように、だんだん、と机を叩く。
「無礼講って?」
るりなみが尋ねると、奥の席からみつみが答えた。
「今日は、王宮での地位は関係なく、みんないっしょに楽しみましょう、ということです。そしてこの会の主役は、なんといってもお誕生日のるりなみ様です」
それを聞いたみんなが、改めて口々に、るりなみに「おめでとう」と声をかけた。
るりなみが目をまたたいて立ち尽くす横から、次々にあたたかな料理が並べられていった。
* * *
昼下がりの街の、冷えた空気の中を、少しやわらかい風が吹いていく。
風の子は、少年の姿をして、るりなみの横を歩くしぐさをしているが、春の香りを乗せた風を浴びるたび、その姿はきらきらと輝いた。
るりなみは、なんだか嬉しかった。
誕生日に、王宮を抜け出して、いつもは全然違う世界を吹きまわっている友達と並んで、街を歩いている……街の景色は明るく澄んで、なにもかもが、新しく描かれたばかりの絵のように、まだその絵の具も乾ききっていないかのように、みずみずしかった。
目当ての通りにやってきて、るりなみは、行きつけの骨董品店の前で立ち止まった。
風の子と二人で、顔をガラス窓に押しつけるようにして、店内をのぞきこむ。
「誰もいないな」
「お休みみたいだね」
風の子がひゅっと顔をあげると、窓には、白い蒸気の風のあとが残された。
「るりなみの行き先は、あっちの店だろ?」
風の子が、通りの三つ先のお店を指さした。
るりなみは「うん」とうなずいて、その目的地へ向かう。
三日月の看板を玄関先にさげた、三角屋根のお店は、食堂のようだった。
中からは、なにかを優しく焦がしたようないいにおいが漂い、にぎやかな話し声や、音楽も聴こえてくる。
その音楽は、街の食堂には珍しい、銀の竪琴をかき鳴らすかのような……。
扉の前で息を吸いこむるりなみに、風の子がうしろから声をかけた。
「ここから先は、人間たちの世界だな。みんなが、るりなみを待っているぞ」
風の子が、ひゅっ、とるりなみの背中を押すように吹いた。
るりなみの手が、風に乗せられるようにして扉の取っ手に伸びて、心の準備をする間もなく、扉をいっぱいに開けていた。
しゃらららん……、と扉の内側で爽やかな鈴の音が鳴り、話し声と音楽が大きくなる。
焼き菓子のようにあたたかな色合いの店内を、るりなみがよく見る前に、ひゅっと扉から入りこんだ風がそよぐように一周して、またひゅっとるりなみの横を通り過ぎて、出ていった。
「ありがとう……!」
外を振り向いて、風の子を見送ったるりなみのうしろから──。
ぱぁん、となにかが弾ける音がして、色とりどりの紙吹雪が、るりなみの上に舞った。
扉の上につけられていたくす玉が割られ、そこから紙吹雪が降ってきたのだった。
食堂のいくつもの座席で、にぎやかに食事をしたり、会話をしたりしていた、街の職人や商人、隠居の老人や学生の格好をした人々が、いっせいにるりなみのほうを向く。
「るりなみ、お誕生日おめでとう!」
口々にそう言った人々は……、るりなみの父のあめかみであり、ゆめづきであり、みつみであり、また、るりなみをいつもよく気にかけてくれる衛兵や、料理人や、何人もの先生や、それから、骨董品店の老店主の姿もあった。
その奥で、見上げるほど背の高い銀の竪琴を、かき鳴らしている人がいた。
るりなみの、一番の先生であるゆいりだった。
目が合って、ゆいりが、にっこりと笑いかけてくる。
その横には、ぷかぷかとあの小さな帆船が浮かんでいた。
* * *
広場の大道芸人のような格好をしたあめかみが立って、るりなみを迎えた。
その姿に思わず笑いたくなったるりなみは、はっと、自分も大きな帽子をかぶっていることを思い出した。
絵本の中から飛び出したような三角帽のるりなみに向き合い、あめかみが手を広げた。
「船長さん、到着おめでとう。今日はこの店は貸し切りだ。夜までめいっぱい、るりなみの誕生日を祝って、楽しもうではないか」
「父上、みんな……」
「いっぱいお料理を出しますからね!」
声を詰まらせるるりなみのうしろから、食堂の女将が、びっくりするくらいたくさんの皿を一度に手にのせて運んでくる。
女将が駆けまわる脇で、わっと勢いよく、あめかみに肩を組む人がいた。
博打うちの格好をしたその人は、いつも挨拶をかわす気のいい衛兵だった。
「お忙しいあめかみさんは、この会に駆けつけるために、必死で書類をいっぱい背負って持ちこまれて、ついさっきまで、この机の上で仕事に追われていましたからなぁ」
肩を組まれたあめかみは、机をじっと見つめて黙りこんだ。
そこにまだ、片付け残した書類の幻が見えているかのような顔になる。
机の向かいに座っていたみつみが、楽しそうに続けた。
「さぼってためていた宿題に追われる子どもみたいに、泣きわめいておられましたよね。素敵なお父さんの姿、るりなみ様にお見せしたかったですね!」
「計画性に欠けるんじゃ。いや、計画ばかりしておいて、それを見通して物事を動かしていく力が足りんのじゃな」
るりなみの古文の先生である、あめかみの老いた世話係までもが、ひげをなでながらぼそりと追い打ちをかけた。
「おい、無礼講だからといって、私をいじめる会にしていいとは言っていないぞ!」
急に顔をあげたあめかみは、かんしゃくを起こした子どものように、だんだん、と机を叩く。
「無礼講って?」
るりなみが尋ねると、奥の席からみつみが答えた。
「今日は、王宮での地位は関係なく、みんないっしょに楽しみましょう、ということです。そしてこの会の主役は、なんといってもお誕生日のるりなみ様です」
それを聞いたみんなが、改めて口々に、るりなみに「おめでとう」と声をかけた。
るりなみが目をまたたいて立ち尽くす横から、次々にあたたかな料理が並べられていった。
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