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第10話 時の訪問者

2 小さな来訪者

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「あ、あの!」

 るりなみがなんとか声を張りあげると、その子はめたような細めた目を向けた。

「あの、どいてくれませんか……?」

 その子はそれを聞くと、るりなみの上からどくどころか、四つんいになってるりなみにった。
 まるでめずらしい動物を見つけて、近って観察かんさつするような目が、るりなみに向けられる。

「君が、今のこの国の王子?」

 じろじろと、その子はるりなみをながめまわす。

 そのひとみうつるるりなみは、悪夢を見てはね起きたままで──青いかみもぼさぼさにはねて、寝間着ねまきもぐちゃぐちゃによれて、目尻めじりには涙のあとまでついて、それはなさけない姿すがたちがいなかった。

 それに対して、目の前のその子は、男の子にも女の子にも見えるきよらなローブを着こなして、おかっぱの髪は切りそろえられてつやがあり、なによりその顔の聡明そうめいそうな目は、星を宿やどした夜空よぞらのような深みを持っていた。

 なんてきれいなんだろう、と思うるりなみに、その子がいきなり言葉をぶつけた。

「なんにも頭がまわってなさそうな顔をしているね」
「え……、は?」

 それが悪口わるくちなのか、その子の素直すなお感想かんそうなのか、あるいはなにか別の意味をかくした言葉なのか、わからなかった。
 なんの悪びれたふうもなく、その子はすらすら続けた。

優秀ゆうしゅうな先生についてもらっているんだから、もうちょっとかしこそうにしたらどう? たとえ中身なかみがそうじゃないとしてもさ。でないと、君の先生がはじをかくだろ?」
「ゆ、ゆいりはそんなことないよ!」

 とっさにそう言い返してから、るりなみは、あっ、と口をおさえた。
 頭の中で、さらに混乱こんらんが深まっていく。

 なんにも頭が回っていないだなんて、そんなことはまったくない。
 るりなみはいきなりやってきたその子を見ながら、めまぐるしく考えていたのだ。

 だってその子は──かげの国を冒険ぼうけんしたときに出会った、「子どものゆいり」にそっくりだったのだ。

 その子は、しかし「ゆいり」という名まえを聞いて、おかしそうに笑った。

「あっははは……ゆいりの内心ないしんのなにが、君にわかるっていうのさ? いつも君のこと、理解りかいおそくてこまったおさまだなぁ、って思っているかもよ」
「き、君はっ」

 るりなみは、あまりの暴言ぼうげんおどろいたせいか、くやしさやいかりがいたのか、混乱がどうにもならなくなったのか……自分でもわからないが、泣きそうになりながら言った。

「君はなんで、そんなことを僕に言うの」

 涙を目にためて、必死ひっしにそう言い返したるりなみを見て、その子は少し言いすぎたと反省はんせいしたかのように、目をせて自分の髪をなでるようにした。

「うーん、どうしようかなぁ……すぐに名乗るつもりはなかったんだけど。これ以上、君を混乱させるのもかわいそうになってきたし……」

 その子は顔をあげると、るりなみをまっすぐに見て言った。

「僕は、ゆいりっていうんだ。君から見たら、昔の──子どものころのゆいりだよ」


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