74 / 126
第9話 星菓子の花
9 散らばった心
しおりを挟むゆいりは、少しも雪に足を取られることなく、すたすたと庭園に踏み入って、るりなみとゆめづきのもとへかがみこんだ。
「お二人とも、立てますか」
るりなみは、にじみそうな涙を必死にこらえながら、こくりとうなずく。
「助けてくださって……」
ありがとう、と言おうとしたゆめづきの声も震えて、最後まで言葉にならなかった。
「とりあえず、あちらの植物は、片付けてよろしいでしょうか」
ゆいりが、るりなみとゆめづきを交互に見て尋ねた。
やわらかい口調だが、有無を言わさぬものがあり、二人は小さくうなずいた。
ゆいりは立ち上がり、ぱっと風に渡すように、銀の弓を投げた。
投げられた弓は、さらさらと銀の粉になって散っていく。
それに合わせて、銀色に凍りついていた植物が、はらはらと風に散っていった。
つるも、葉も、花々も……降り続ける粉雪に、紛れて積もっていくようにして。
「ゆいりさんって、すごいのですね……」
るりなみにだけ聞こえるように、ゆめづきが小声で言った。
「でも兄様、これのことは……」
ゆめづきはるりなみの服のすそをつかみ、自分の胸もとをおさえて、小さく首を横に振った。
時計のことは、ゆいりには言わないで。
ゆめづきがそう言いたいのがわかった。
るりなみは、わかった、とそっとうなずいた。
ガラスの塔の上の階にも、姿が見え隠れしてた植物が、すべて銀の粉になって散っていくのを見届けたゆいりが、るりなみたちに顔を向けた。
ゆいりは、ふっと表情をやわらげ、微笑んでくれる。
でも、るりなみは目を合わせていられず、うつむいた。
雪の上には、お菓子が散乱していた。
材料にした蜜を宿した花はなくなってしまったのに、蜜からつくったお菓子は消えずに残っている。
だがそれらはみんな、いたましく砕けたり潰れたりしてしまって、ゆいりに食べてもらうどころではない。
きれいな雪景色の中で、るりなみたちが転がり回った雪のあとと、お菓子の残骸だけが、場違いなくらい悲しいものに見えた。
それでも、泣いてしまったら、悲しみが増すどころか、情けなくて立ち上がれなくなりそうだった。
「大変でしたね」
ゆいりはそう言って再びかがみこみ、二人をかわるがわる見つめた。
「あの道化師さんから、ご挨拶を受けたのでしょう?」
「え?」
るりなみは顔をあげる。
ゆいりは穏やかに続けた。
「たいていみんな、彼からなにか贈り物をもらうのですが、手におえないことになるのですよ。宮廷道化師とはいえ、困ったものです」
「宮廷道化師?」
るりなみとゆめづきは、同時に問い返した。
あの白い髪の少年のことを、ゆいりはお見通しのようだった。
あの少年は、王宮に仕える道化師──宮廷道化師だというのか。
「宮廷のお騒がせ者です。でも国王陛下は、こういうおかしな事件を見たり聞いたりするのが大好きですから……まったく、困ったものです」
ゆいりはそう言って、ガラスの塔の最上階を見あげた。
まるでそのガラスの向こうに、国王あめかみが手を振っているのが見えたかのように、ゆいりはくすりと笑って、るりなみとゆめづきを助け起こしてくれた。
「ゆいり、ありがとう」
「助けてもらって、感謝いたします」
二人がそれぞれにそう言うと、ゆいりは「いいえ」と軽く頭を下げた。
「本来なら、るりなみ様の授業をしているはずの時間でしたね。忙しくしていて、申し訳ありません。このあとも会議に行かなくてはいけなくて……お先に、失礼しますね」
「うん、いってらっしゃい」
るりなみはなんとかそう言った。
ゆいりが歩いていくのを見送りながら、ゆめづきがぽつりと言った。
「道化師だなんて……そんなはずないです」
「え?」
るりなみは、一瞬、なんのことか、と思ってゆめづきを見る。
ゆめづきは固い表情で、あの白い髪の少年の正体のことを言っているのだった。
「ただの道化師のわけがありません。今、どこにいるのでしょう……」
るりなみは思わず、今朝彼に会った東屋のほうを見たが、そこに誰かがいるかどうかまでは見えなかった。
早朝の庭園に響いていた、精霊の合唱のような音楽も、今は聴こえなかった。
いや、鳴っていたとしても……今の波立った気持ちでは、あのかすかに流れる音楽を聴き取れそうになかった。
* * *
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
妻の死で思い知らされました。
あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。
急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。
「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」
ジュリアンは知らなかった。
愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。
多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。
そしてクリスティアナの本心は——。
※全十二話。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください
※時代考証とか野暮は言わないお約束
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる