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第9話 星菓子の花

9 散らばった心

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 ゆいりは、少しも雪に足を取られることなく、すたすたと庭園ていえんみ入って、るりなみとゆめづきのもとへかがみこんだ。

「お二人とも、立てますか」

 るりなみは、にじみそうな涙を必死ひっしにこらえながら、こくりとうなずく。

「助けてくださって……」

 ありがとう、と言おうとしたゆめづきの声もふるえて、最後まで言葉にならなかった。

「とりあえず、あちらの植物しょくぶつは、かたけてよろしいでしょうか」

 ゆいりが、るりなみとゆめづきを交互こうごに見てたずねた。
 やわらかい口調くちょうだが、有無うむを言わさぬものがあり、二人は小さくうなずいた。

 ゆいりは立ち上がり、ぱっと風にわたすように、銀のゆみを投げた。

 投げられた弓は、さらさらと銀のこなになってっていく。

 それに合わせて、銀色にこおりついていた植物が、はらはらと風に散っていった。
 つるも、葉も、花々はなばなも……つづける粉雪こなゆきに、まぎれてもっていくようにして。

「ゆいりさんって、すごいのですね……」

 るりなみにだけ聞こえるように、ゆめづきが小声こごえで言った。

「でも兄様にいさま、これのことは……」

 ゆめづきはるりなみの服のすそをつかみ、自分のむなもとをおさえて、小さく首を横にった。

 時計のことは、ゆいりには言わないで。
 ゆめづきがそう言いたいのがわかった。

 るりなみは、わかった、とそっとうなずいた。

 ガラスのとうの上の階にも、姿すがたが見えかくれしてた植物が、すべて銀の粉になって散っていくのを見とどけたゆいりが、るりなみたちに顔を向けた。

 ゆいりは、ふっと表情ひょうじょうをやわらげ、微笑ほほえんでくれる。

 でも、るりなみは目を合わせていられず、うつむいた。

 雪の上には、お菓子かし散乱さんらんしていた。
 材料ざいりょうにしたみつ宿やどした花はなくなってしまったのに、蜜からつくったお菓子は消えずにのこっている。

 だがそれらはみんな、いたましくくだけたりつぶれたりしてしまって、ゆいりに食べてもらうどころではない。

 きれいなゆき景色げしきの中で、るりなみたちがころがりまわった雪のあとと、お菓子の残骸ざんがいだけが、ちがいなくらい悲しいものに見えた。

 それでも、泣いてしまったら、悲しみがすどころか、なさけなくて立ち上がれなくなりそうだった。

「大変でしたね」

 ゆいりはそう言ってふたたびかがみこみ、二人をかわるがわる見つめた。

「あのどうさんから、ご挨拶あいさつを受けたのでしょう?」
「え?」

 るりなみは顔をあげる。
 ゆいりはおだやかに続けた。

「たいていみんな、彼からなにかおくものをもらうのですが、手におえないことになるのですよ。宮廷きゅうていどうとはいえ、こまったものです」
「宮廷道化師?」

 るりなみとゆめづきは、同時にい返した。

 あの白いかみの少年のことを、ゆいりはおとおしのようだった。

 あの少年は、王宮おうきゅうつかえる道化師──宮廷道化師だというのか。

「宮廷のおさわがせ者です。でも国王こくおう陛下へいかは、こういうおかしな事件じけんを見たり聞いたりするのが大好きですから……まったく、困ったものです」

 ゆいりはそう言って、ガラスの塔の最上さいじょうかいを見あげた。

 まるでそのガラスの向こうに、国王あめかみが手を振っているのが見えたかのように、ゆいりはくすりと笑って、るりなみとゆめづきを助け起こしてくれた。

「ゆいり、ありがとう」
「助けてもらって、感謝かんしゃいたします」

 二人がそれぞれにそう言うと、ゆいりは「いいえ」と軽く頭を下げた。

本来ほんらいなら、るりなみ様の授業じゅぎょうをしているはずの時間でしたね。いそがしくしていて、もうあけありません。このあとも会議かいぎに行かなくてはいけなくて……お先に、失礼しつれいしますね」
「うん、いってらっしゃい」

 るりなみはなんとかそう言った。



 ゆいりが歩いていくのを見送りながら、ゆめづきがぽつりと言った。

「道化師だなんて……そんなはずないです」
「え?」

 るりなみは、一瞬いっしゅん、なんのことか、と思ってゆめづきを見る。
 ゆめづきはかた表情ひょうじょうで、あの白い髪の少年の正体しょうたいのことを言っているのだった。

「ただの道化師のわけがありません。今、どこにいるのでしょう……」

 るりなみは思わず、今朝けさかれに会った東屋あずまやのほうを見たが、そこにだれかがいるかどうかまでは見えなかった。

 早朝そうちょう庭園ていえんひびいていた、精霊せいれい合唱がっしょうのような音楽も、今はこえなかった。

 いや、鳴っていたとしても……今のなみった気持ちでは、あのかすかに流れる音楽を聴き取れそうになかった。


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