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第9話 星菓子の花
2 初雪の奏者
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るりなみが東屋の入り口で立ち尽くしていると、少年はやがて演奏を終えて目を開け、るりなみのほうを見た。
穏やかな顔で、笑いかけてくる少年。
るりなみよりもだいぶん年上だが、大人ではない。
るりなみにとって、話しかけるのに最も緊張する年頃の相手であり、少年のほうもいっこうに「おはよう」とも「はじめまして」とも言わなかった。
るりなみは勇気を出して東屋の中に一歩入り、「あなたは誰?」と尋ねたいのをおさえて、できるだけ丁寧に問いかけた。
「おはようございます。なにをしているんですか」
「やぁ、どうも。今年いちばんの雪の光を、種たちに浴びせているんですよ」
そう答えながら、少年が何本かの弦をつまびくと、はじめて、はっきりとした弦楽器らしい音がした。
ひょっとしたら、さっきまでは弾くしぐさをしていただけだったのかな……、とるりなみは確信が持てなくなる。
「その楽器を使って、雪の光を浴びせているんですか?」
「そうそう、ご名答。これは、時空の流れをつかまえる楽器でね」
少年は楽器をねぎらうように、楽器の胴体に空いた半月形の穴や、たくさんの弦をなぞってみせた。
「そのときどきの時空の様子に応じた曲が、いっぱいあるんですよ。朝焼けのときの曲、夕暮れの曲、湖の曲に山の曲、妖精たちの舞いの曲に、さまざまな儀式やお祭りの曲、そして今弾いていたのは、初雪の朝の曲です」
少年はあたりを見回して、まるでそこに見えているいろいろな場面を見渡すようにしながら語った。
るりなみはその様子を見ながら、気にかかったことを訊いてみた。
「時空って、なんですか?」
「なんでしょうねぇ」
少し首をすくめて、おどけるようにしながら少年は答えた。
「時の流れか、場の広がりか、その裏側や心で見える世界にも関わるものか……、僕としても、それを見極めたいがゆえ、旅をしているんですよ」
少年は楽器を横にして床に置き、広げられていた敷物のはしにしゃがんで、るりなみに敷物の上の種を示すように手を広げた。
「ここに並べている種たちは、旅先で集めてきたものなんです。とても珍しいものもありますよ」
るりなみもしゃがみこみ、敷物の上に並んだ種たちを見つめた。
よく見ると、ふつうの植物の種に見えるものにまじって、六角形や八角形の星形のもの、どこかの国の硬貨のような円形のもの、賽ころのような多面体、貝殻の形……さまざまなものが置かれている。
るりなみは思わず、星形の飴玉のようなものを拾い上げて眺めた。
「それもこれも、みんな植物の種ですよ」
少年がにこにこと、親しい友達に珍しいお土産を紹介するように笑いかけてきたあと、いきなりなにかをひらめいたように、ぱん、と手を叩いた。
「ねぇ、もうすぐお誕生日でしたよね、王子殿下」
「えっ?」
るりなみは星形の種を取り落としそうになった。
少年とは、お互いに名乗りもしていない。
王宮に出入りする者が、珍しい青い髪のるりなみを王子だと認めるのはふしぎではないのだが、謎の少年が自分の正体や誕生日までを知って話していた、とは思わずにいたので、とっさにあせってしまう。
そんなるりなみにお構いなしに、少年はにこにこと続ける。
「お祝いに、なにか一種類、種をあげますよ。旅先でいろいろ魔法をかけた種たちだから、王子殿下のお誕生日までにだって、きっと大きくなるはずです」
「あの、あなたはいったい……」
るりなみが問いかけると、しゃがんでいた少年は体勢を改めて片膝をつき、かしこまった礼をしてみせた。
「自分は国王陛下に長らく仕える者──旅をしながら、陛下に献上する品を集めて、時々この王宮に帰ってまいります者です。この種たちも、その品のひとつですよ」
るりなみも控えめに会釈を返してから、尋ねた。
「僕がもらってもいいの?」
「もちろん。お誕生日の贈り物ですから。さぁ、どれにいたします?」
るりなみはもう一度すべての種をよく見てから、それでもやはり、先ほどから握っていた星形の種を少年に見せた。
「これにします」
その種は、三角形が組み合わさったような星形で、飴のように美味しそうな半透明の色をしていた。どんな植物が育つのだろう?
少年はうんうん、と満足そうにうなずき、脇に置いていた楽器の半月形の穴の中から、小さな布袋を取り出す。
それから、るりなみが選んだ種と同じ形のものを手早くいくつか拾い集めて、袋にまとめて入れた。
穏やかな顔で、笑いかけてくる少年。
るりなみよりもだいぶん年上だが、大人ではない。
るりなみにとって、話しかけるのに最も緊張する年頃の相手であり、少年のほうもいっこうに「おはよう」とも「はじめまして」とも言わなかった。
るりなみは勇気を出して東屋の中に一歩入り、「あなたは誰?」と尋ねたいのをおさえて、できるだけ丁寧に問いかけた。
「おはようございます。なにをしているんですか」
「やぁ、どうも。今年いちばんの雪の光を、種たちに浴びせているんですよ」
そう答えながら、少年が何本かの弦をつまびくと、はじめて、はっきりとした弦楽器らしい音がした。
ひょっとしたら、さっきまでは弾くしぐさをしていただけだったのかな……、とるりなみは確信が持てなくなる。
「その楽器を使って、雪の光を浴びせているんですか?」
「そうそう、ご名答。これは、時空の流れをつかまえる楽器でね」
少年は楽器をねぎらうように、楽器の胴体に空いた半月形の穴や、たくさんの弦をなぞってみせた。
「そのときどきの時空の様子に応じた曲が、いっぱいあるんですよ。朝焼けのときの曲、夕暮れの曲、湖の曲に山の曲、妖精たちの舞いの曲に、さまざまな儀式やお祭りの曲、そして今弾いていたのは、初雪の朝の曲です」
少年はあたりを見回して、まるでそこに見えているいろいろな場面を見渡すようにしながら語った。
るりなみはその様子を見ながら、気にかかったことを訊いてみた。
「時空って、なんですか?」
「なんでしょうねぇ」
少し首をすくめて、おどけるようにしながら少年は答えた。
「時の流れか、場の広がりか、その裏側や心で見える世界にも関わるものか……、僕としても、それを見極めたいがゆえ、旅をしているんですよ」
少年は楽器を横にして床に置き、広げられていた敷物のはしにしゃがんで、るりなみに敷物の上の種を示すように手を広げた。
「ここに並べている種たちは、旅先で集めてきたものなんです。とても珍しいものもありますよ」
るりなみもしゃがみこみ、敷物の上に並んだ種たちを見つめた。
よく見ると、ふつうの植物の種に見えるものにまじって、六角形や八角形の星形のもの、どこかの国の硬貨のような円形のもの、賽ころのような多面体、貝殻の形……さまざまなものが置かれている。
るりなみは思わず、星形の飴玉のようなものを拾い上げて眺めた。
「それもこれも、みんな植物の種ですよ」
少年がにこにこと、親しい友達に珍しいお土産を紹介するように笑いかけてきたあと、いきなりなにかをひらめいたように、ぱん、と手を叩いた。
「ねぇ、もうすぐお誕生日でしたよね、王子殿下」
「えっ?」
るりなみは星形の種を取り落としそうになった。
少年とは、お互いに名乗りもしていない。
王宮に出入りする者が、珍しい青い髪のるりなみを王子だと認めるのはふしぎではないのだが、謎の少年が自分の正体や誕生日までを知って話していた、とは思わずにいたので、とっさにあせってしまう。
そんなるりなみにお構いなしに、少年はにこにこと続ける。
「お祝いに、なにか一種類、種をあげますよ。旅先でいろいろ魔法をかけた種たちだから、王子殿下のお誕生日までにだって、きっと大きくなるはずです」
「あの、あなたはいったい……」
るりなみが問いかけると、しゃがんでいた少年は体勢を改めて片膝をつき、かしこまった礼をしてみせた。
「自分は国王陛下に長らく仕える者──旅をしながら、陛下に献上する品を集めて、時々この王宮に帰ってまいります者です。この種たちも、その品のひとつですよ」
るりなみも控えめに会釈を返してから、尋ねた。
「僕がもらってもいいの?」
「もちろん。お誕生日の贈り物ですから。さぁ、どれにいたします?」
るりなみはもう一度すべての種をよく見てから、それでもやはり、先ほどから握っていた星形の種を少年に見せた。
「これにします」
その種は、三角形が組み合わさったような星形で、飴のように美味しそうな半透明の色をしていた。どんな植物が育つのだろう?
少年はうんうん、と満足そうにうなずき、脇に置いていた楽器の半月形の穴の中から、小さな布袋を取り出す。
それから、るりなみが選んだ種と同じ形のものを手早くいくつか拾い集めて、袋にまとめて入れた。
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