66 / 126
第9話 星菓子の花
1 銀の庭園で
しおりを挟む
時は、この世界を廻り、この世界を流れ、この世界を動かしている……。
植物を育み、季節を巡らせ、あらゆるものを古びさせ、新しく生みもする……。
ユイユメ王家の図書室に置かれていた本には、そういうふうに書かれていました。
王子るりなみはこの頃、時や時空のことを、とてもふしぎに思っています──。
* * *
初雪が降り、その朝は銀世界が広がった。
うっすらとあたりが明るくなった早朝、ふと目を覚ました十歳の王子るりなみは、バルコニーの外の景色に「わぁ!」と声をあげた。
見渡す先に広がる王都の街は、家々も、橋も、塔も、すべてが雪をかぶって、純白の模型の街のように見えた。それもただの模型ではなく、お菓子職人が精巧につくりあげた、砂糖菓子の街だ。
そこにはまだ、誰の姿も足あともない。
「きっと、屋上庭園もきれいだろうな……」
部屋の中には、バルコニーで育てていた鉢植えの植物たちが、雪にあたらないようにと取りこまれて並んでいる。
また、るりなみの足もとには、薄い朝の光の中でも、ちゃんと影がついている。
そういった友達に声をかけるようにつぶやくと、るりなみは寝間着の上にぶあついコートをはおって、こっそりと寝室を抜け出した。
* * *
銀の曇り空からは、ひらひらと雪が舞い落ちている。雲の向こうにのぼりつつある太陽は淡く世界を照らすだけで、この日の主役を新雪にゆずっていた。
さらさらとした雪をかぶった屋上庭園に出て、るりなみはほう、と白い息をはいた。
庭園はひっそりとしていたが、なにかの予感に満ちていた。
雪の下で、冬の花や葉っぱたちが、そして春を待つ根や種たちが、るりなみといっしょに、初雪にどきどきとしているのが伝わってくる気がする。
るりなみは、新雪の上に一歩を踏み出して、つぶやいた。
「一番乗りだけど、一番乗りじゃないよね。ここはみんなの庭で、みんなのおうちだもんね……!」
さっくり、さっくりと雪を踏み、花壇の植物の葉の上の雪をそっと払って話しかけながら、るりなみは庭園の奥へ進んでいった。
静かな雪の世界で、耳を澄ませば、いろいろな音が鳴っている。
積もった雪がきしむような音も、雪の降ってくる空の上でなにかが渦巻くような音も……。
その中に、しゃらしゃらと銀の糸をかき鳴らすような、精霊がさざめいているような音の流れが聴こえる気がして、るりなみは立ち止まった。
それはとてもかすかで、楽器の曲か合唱の歌かもわからない。
どこかの塔の部屋で、誰かがなにかを奏でているのかな、と思いながらまた歩き出すと、奥の東屋に、誰かがいるのが見えてきた。
近づいていき、るりなみは首をかしげた。
今朝の雪のように真っ白な髪をした少年が、静かに目を閉じ、大きな弦楽器を抱えてベンチに座り、弓を動かして演奏をしていた。
なめらかなつやのある楽器の胴体は、ふしぎな箱のようで、魚の形にも見えた。
そこにはさまざまな長さの弦が無数に張られていて、少年はいっぺんにたくさんの弦をかき鳴らしていた。
けれど、その演奏の音は聴こえない。
いや、そうじゃない、とるりなみは目をまたたいて耳を澄ました。
さっきから聴こえている、天空の精霊の歌声のような、しゃらしゃらとした音の流れこそが、目の前の少年の演奏から生まれている音楽だった。
「すごい……」
るりなみが思わずつぶやいても、少年の耳には届かないようだった。
演奏する少年の前の東屋の床には、敷物が広げられて、その上にはたくさんの植物の種が並べられていた。
東屋の中には、暖房になる魔法の石があるわけでもないのに、春先のようなあたたかな空気がただよっている。
少年がなにをしているのか、まったく見当がつかなかったし、王宮の中で、今までに出会ったことのない人だった。
植物を育み、季節を巡らせ、あらゆるものを古びさせ、新しく生みもする……。
ユイユメ王家の図書室に置かれていた本には、そういうふうに書かれていました。
王子るりなみはこの頃、時や時空のことを、とてもふしぎに思っています──。
* * *
初雪が降り、その朝は銀世界が広がった。
うっすらとあたりが明るくなった早朝、ふと目を覚ました十歳の王子るりなみは、バルコニーの外の景色に「わぁ!」と声をあげた。
見渡す先に広がる王都の街は、家々も、橋も、塔も、すべてが雪をかぶって、純白の模型の街のように見えた。それもただの模型ではなく、お菓子職人が精巧につくりあげた、砂糖菓子の街だ。
そこにはまだ、誰の姿も足あともない。
「きっと、屋上庭園もきれいだろうな……」
部屋の中には、バルコニーで育てていた鉢植えの植物たちが、雪にあたらないようにと取りこまれて並んでいる。
また、るりなみの足もとには、薄い朝の光の中でも、ちゃんと影がついている。
そういった友達に声をかけるようにつぶやくと、るりなみは寝間着の上にぶあついコートをはおって、こっそりと寝室を抜け出した。
* * *
銀の曇り空からは、ひらひらと雪が舞い落ちている。雲の向こうにのぼりつつある太陽は淡く世界を照らすだけで、この日の主役を新雪にゆずっていた。
さらさらとした雪をかぶった屋上庭園に出て、るりなみはほう、と白い息をはいた。
庭園はひっそりとしていたが、なにかの予感に満ちていた。
雪の下で、冬の花や葉っぱたちが、そして春を待つ根や種たちが、るりなみといっしょに、初雪にどきどきとしているのが伝わってくる気がする。
るりなみは、新雪の上に一歩を踏み出して、つぶやいた。
「一番乗りだけど、一番乗りじゃないよね。ここはみんなの庭で、みんなのおうちだもんね……!」
さっくり、さっくりと雪を踏み、花壇の植物の葉の上の雪をそっと払って話しかけながら、るりなみは庭園の奥へ進んでいった。
静かな雪の世界で、耳を澄ませば、いろいろな音が鳴っている。
積もった雪がきしむような音も、雪の降ってくる空の上でなにかが渦巻くような音も……。
その中に、しゃらしゃらと銀の糸をかき鳴らすような、精霊がさざめいているような音の流れが聴こえる気がして、るりなみは立ち止まった。
それはとてもかすかで、楽器の曲か合唱の歌かもわからない。
どこかの塔の部屋で、誰かがなにかを奏でているのかな、と思いながらまた歩き出すと、奥の東屋に、誰かがいるのが見えてきた。
近づいていき、るりなみは首をかしげた。
今朝の雪のように真っ白な髪をした少年が、静かに目を閉じ、大きな弦楽器を抱えてベンチに座り、弓を動かして演奏をしていた。
なめらかなつやのある楽器の胴体は、ふしぎな箱のようで、魚の形にも見えた。
そこにはさまざまな長さの弦が無数に張られていて、少年はいっぺんにたくさんの弦をかき鳴らしていた。
けれど、その演奏の音は聴こえない。
いや、そうじゃない、とるりなみは目をまたたいて耳を澄ました。
さっきから聴こえている、天空の精霊の歌声のような、しゃらしゃらとした音の流れこそが、目の前の少年の演奏から生まれている音楽だった。
「すごい……」
るりなみが思わずつぶやいても、少年の耳には届かないようだった。
演奏する少年の前の東屋の床には、敷物が広げられて、その上にはたくさんの植物の種が並べられていた。
東屋の中には、暖房になる魔法の石があるわけでもないのに、春先のようなあたたかな空気がただよっている。
少年がなにをしているのか、まったく見当がつかなかったし、王宮の中で、今までに出会ったことのない人だった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
妻の死で思い知らされました。
あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。
急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。
「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」
ジュリアンは知らなかった。
愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。
多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。
そしてクリスティアナの本心は——。
※全十二話。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください
※時代考証とか野暮は言わないお約束
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる