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[番外編] 第7話 虹の王冠
3 虹を育てて
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その日は授業のない休日だったが、ゆいりは、るりなみの顔を見に行くことにした。
るりなみは、やってきたゆいりには気づかずに、自分の部屋の奥のバルコニーに出て、夢中になってじょうろを構えていた。
そこには、るりなみの育てている草花の鉢が、いくつか並んでいる。
だがるりなみは、その鉢植えにではなく、石の床の上に水をまいては、じっとその場所をにらむように見つめていた。
「るりなみ様」
ゆいりがそっと声をかけると、るりなみははっと振り向いた。
そして、快晴の空のような笑顔になって「ゆいり!」と声をあげる。
休みの日の昼間に、ゆいりがるりなみの部屋を訪ねていくことは、今となっては稀なことだった。るりなみのほうからは、今でも、眠る前にゆいりを呼びつけて、「お話」をせがむようなことも、あるにはあるのだったが。
それゆえ、るりなみの顔には嬉しさがいっぱいに広がっている。
ゆいりが、なにか事情があって来たのだろう、という勘ぐりはしない素直なその性格に、こちらも頬をゆるめてしまう。
「お休みの日に、植物たちとお話ししておられたのですか」
ううん、とるりなみは首を横に振った。
「話していたのは……いいや、話せたらなぁ、と思っていたのはね」
るりなみは秘密をそっと明かすように、ゆいりをうかがいながら小さくつぶやいた。
「虹の精霊だよ」
ゆいりはどきりとして、るりなみをまじまじと見つめる。
「虹の精霊が、やってきたのですか?」
「うん、夢の中に」
思わず、ゆいりは何度かまたたきをする。
私の夢にも虹が──と言いたくなるのを、ぐっとこらえ、のみこんだ。
黙り込んだゆいりの姿が不安にさせたのか、るりなみが首をかしげる。
「虹の精霊は……よくないものだった?」
「るりなみ様は、その夢を、どう感じられたのですか?」
「とっても、嬉しくなるような夢だったよ」
るりなみは語り出した。
「虹の子どもがやってきて……人の姿ではなくて、虹の光そのものなのだけど、それが子どもだってわかるし、僕に話してくれることも伝わってくるんだよ。それで、その子は言ったんだ、『虹を育てて』って」
じょうろを抱えなおして、るりなみは続ける。
「それで、最初のやり方を教えてくれた。そのとおりにやってみているのだけど……」
るりなみは、じょうろの水を、鉢の草花からそらして、脇にかけてみせた。
飛び出た水の雨は、虹のように弧を描きながら、石の床に吸い込まれる。やがて、最後の一滴までもが出し切られた。
吸い込まれていく水のあとを眺めながら、るりなみは言った。
「夢の中では、こうやって鉢植えに水をかけたら、小さな虹が次々にかかって……そうしたら、その虹に精霊の子どもが、腰かけるみたいにして宿るはずだったんだ」
るりなみは、ゆいりのほうを振り向く。
「でも、いくらやっても、虹が出なくて。花たちに水をやりすぎてもいけないし、水もすぐになくなっちゃうし」
夢のようにはうまくいかないね、とは、るりなみは言わない。その困ったふうの顔は、夢のとおりに虹の精霊を迎えることができると、信じきっている。
るりなみは、やってきたゆいりには気づかずに、自分の部屋の奥のバルコニーに出て、夢中になってじょうろを構えていた。
そこには、るりなみの育てている草花の鉢が、いくつか並んでいる。
だがるりなみは、その鉢植えにではなく、石の床の上に水をまいては、じっとその場所をにらむように見つめていた。
「るりなみ様」
ゆいりがそっと声をかけると、るりなみははっと振り向いた。
そして、快晴の空のような笑顔になって「ゆいり!」と声をあげる。
休みの日の昼間に、ゆいりがるりなみの部屋を訪ねていくことは、今となっては稀なことだった。るりなみのほうからは、今でも、眠る前にゆいりを呼びつけて、「お話」をせがむようなことも、あるにはあるのだったが。
それゆえ、るりなみの顔には嬉しさがいっぱいに広がっている。
ゆいりが、なにか事情があって来たのだろう、という勘ぐりはしない素直なその性格に、こちらも頬をゆるめてしまう。
「お休みの日に、植物たちとお話ししておられたのですか」
ううん、とるりなみは首を横に振った。
「話していたのは……いいや、話せたらなぁ、と思っていたのはね」
るりなみは秘密をそっと明かすように、ゆいりをうかがいながら小さくつぶやいた。
「虹の精霊だよ」
ゆいりはどきりとして、るりなみをまじまじと見つめる。
「虹の精霊が、やってきたのですか?」
「うん、夢の中に」
思わず、ゆいりは何度かまたたきをする。
私の夢にも虹が──と言いたくなるのを、ぐっとこらえ、のみこんだ。
黙り込んだゆいりの姿が不安にさせたのか、るりなみが首をかしげる。
「虹の精霊は……よくないものだった?」
「るりなみ様は、その夢を、どう感じられたのですか?」
「とっても、嬉しくなるような夢だったよ」
るりなみは語り出した。
「虹の子どもがやってきて……人の姿ではなくて、虹の光そのものなのだけど、それが子どもだってわかるし、僕に話してくれることも伝わってくるんだよ。それで、その子は言ったんだ、『虹を育てて』って」
じょうろを抱えなおして、るりなみは続ける。
「それで、最初のやり方を教えてくれた。そのとおりにやってみているのだけど……」
るりなみは、じょうろの水を、鉢の草花からそらして、脇にかけてみせた。
飛び出た水の雨は、虹のように弧を描きながら、石の床に吸い込まれる。やがて、最後の一滴までもが出し切られた。
吸い込まれていく水のあとを眺めながら、るりなみは言った。
「夢の中では、こうやって鉢植えに水をかけたら、小さな虹が次々にかかって……そうしたら、その虹に精霊の子どもが、腰かけるみたいにして宿るはずだったんだ」
るりなみは、ゆいりのほうを振り向く。
「でも、いくらやっても、虹が出なくて。花たちに水をやりすぎてもいけないし、水もすぐになくなっちゃうし」
夢のようにはうまくいかないね、とは、るりなみは言わない。その困ったふうの顔は、夢のとおりに虹の精霊を迎えることができると、信じきっている。
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