11 / 126
第3話 風の旅立ち
3 闇色の風
しおりを挟む
ぶわっ、と嵐のような激しい風が、山の上のほうから吹きおりてきた。
荒れ狂うような風は枝を遠くへ飛ばしてしまうと、意志があるかのように、もう一度こちらへ向けて吹きあげてきた。
風の子の風じゃない!
るりなみはろうそくの火を守ってしゃがみこんだまま、息をのんだ。
新しく現れた激しい風は、ちっぽけなつむじ風のような風の子を狙うかのように吹き荒れる。
老木の近くの宙空に、ぱっ、と風の子が人の姿になって浮かんだ。暴風にあらがうように手を振り回す。
「な、なんなんだ! あっちへ行け!」
だが、荒れた風は風の子の周りで吹きすさび、風の子をめちゃくちゃに揺さぶった。
そして、暗い闇の底から響くような声がした。
「……風の子よ……そなたを……闇の色に染めてやろう……!」
荒れた風が、さっ、と暗い色に染まっていった。
風の中にインクがこぼされたかのように、荒れた風は黒い風になっていく。
風の子が悲鳴をあげた。
そのまま黒い風は風の子を取り巻いて、連れ去ってしまおうとした。
「その子を連れて行かないで!」
るりなみはろうそくを守ることも忘れて、大声で叫んだ。
すると……。
るりなみの手の中で、ろうそくの炎が、一気に大きく燃え上がった。
そしてその炎から、まばゆい光が、わっ、と広がっていった。
あたたかな光が、小道も、老木も、黒い風も、あたりのすべてを包みこんでしまう。
「……おおぉぉぉ!」
黒い風が苦しげにうめく。
子どもの姿をした風の子が、その隙をついて、るりなみの背後に逃げこんできた。
一面の光の中で、ぶわり、と最後の波を立てたかと思うと、黒い風は山の上へと去っていった。
「これは……心の灯じゃ……」
光に包まれた老木が、しみじみとつぶやくのが聞こえた。
光はゆっくりと薄れていき、るりなみの持つろうそくの炎ももとの大きさに戻った。
風の子は泣きじゃくっていた。
「大丈夫、もう怖くないよ」
るりなみはそっと声をかける。
風の子はしゃくりあげながら、ぽつりぽつりと言った。
「あいつ……本物の『悪しき風』だった……怖かったよ……心がわぁっ、と闇に包まれて……」
るりなみは、風の子が泣きやむまで、そばにたたずんでいた。頭をなでようと手を伸ばしてみたが、触れることはできなかった。
それでも風の子はるりなみの手を握り返すようにして、「ありがとう」と言った。
「もう、いたずらはやめるよ。俺、そろそろ行くね」
「あ、待って!」
離れていこうとする風の子を、るりなみは呼び止めた。
「僕の名前はるりなみ。ねぇ、友達になろう!」
「友達に……?」
風の子は目をぱちぱちとさせたものの、ひゅん、と風の姿になり、飛び去ってしまった。
「あ、いっちゃった……」
るりなみは少し残念に思いながらも、仕方なしにろうそくを抱え直した。
ところが、るりなみが森の奥を目指して歩き始めたそのとき。
「るりなみ!」
声がしたかと思うと、るりなみのうしろから、ひゅっ、と風が通り抜けていった。
「友達だからな!」
風は、るりなみの返事も聞かずに、また去っていった。
だがるりなみは、とてもあたたかな気持ちになって、微笑んだ。
* * *
荒れ狂うような風は枝を遠くへ飛ばしてしまうと、意志があるかのように、もう一度こちらへ向けて吹きあげてきた。
風の子の風じゃない!
るりなみはろうそくの火を守ってしゃがみこんだまま、息をのんだ。
新しく現れた激しい風は、ちっぽけなつむじ風のような風の子を狙うかのように吹き荒れる。
老木の近くの宙空に、ぱっ、と風の子が人の姿になって浮かんだ。暴風にあらがうように手を振り回す。
「な、なんなんだ! あっちへ行け!」
だが、荒れた風は風の子の周りで吹きすさび、風の子をめちゃくちゃに揺さぶった。
そして、暗い闇の底から響くような声がした。
「……風の子よ……そなたを……闇の色に染めてやろう……!」
荒れた風が、さっ、と暗い色に染まっていった。
風の中にインクがこぼされたかのように、荒れた風は黒い風になっていく。
風の子が悲鳴をあげた。
そのまま黒い風は風の子を取り巻いて、連れ去ってしまおうとした。
「その子を連れて行かないで!」
るりなみはろうそくを守ることも忘れて、大声で叫んだ。
すると……。
るりなみの手の中で、ろうそくの炎が、一気に大きく燃え上がった。
そしてその炎から、まばゆい光が、わっ、と広がっていった。
あたたかな光が、小道も、老木も、黒い風も、あたりのすべてを包みこんでしまう。
「……おおぉぉぉ!」
黒い風が苦しげにうめく。
子どもの姿をした風の子が、その隙をついて、るりなみの背後に逃げこんできた。
一面の光の中で、ぶわり、と最後の波を立てたかと思うと、黒い風は山の上へと去っていった。
「これは……心の灯じゃ……」
光に包まれた老木が、しみじみとつぶやくのが聞こえた。
光はゆっくりと薄れていき、るりなみの持つろうそくの炎ももとの大きさに戻った。
風の子は泣きじゃくっていた。
「大丈夫、もう怖くないよ」
るりなみはそっと声をかける。
風の子はしゃくりあげながら、ぽつりぽつりと言った。
「あいつ……本物の『悪しき風』だった……怖かったよ……心がわぁっ、と闇に包まれて……」
るりなみは、風の子が泣きやむまで、そばにたたずんでいた。頭をなでようと手を伸ばしてみたが、触れることはできなかった。
それでも風の子はるりなみの手を握り返すようにして、「ありがとう」と言った。
「もう、いたずらはやめるよ。俺、そろそろ行くね」
「あ、待って!」
離れていこうとする風の子を、るりなみは呼び止めた。
「僕の名前はるりなみ。ねぇ、友達になろう!」
「友達に……?」
風の子は目をぱちぱちとさせたものの、ひゅん、と風の姿になり、飛び去ってしまった。
「あ、いっちゃった……」
るりなみは少し残念に思いながらも、仕方なしにろうそくを抱え直した。
ところが、るりなみが森の奥を目指して歩き始めたそのとき。
「るりなみ!」
声がしたかと思うと、るりなみのうしろから、ひゅっ、と風が通り抜けていった。
「友達だからな!」
風は、るりなみの返事も聞かずに、また去っていった。
だがるりなみは、とてもあたたかな気持ちになって、微笑んだ。
* * *
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。
Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。
二人から見下される正妃クローディア。
正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。
国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。
クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。
愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。
Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。
公爵令嬢の私を捨てておきながら父の元で働きたいとは何事でしょう?
白山さくら
恋愛
「アイリーン、君は1人で生きていけるだろう?僕はステファニーを守る騎士になることにした」浮気相手の発言を真に受けた愚かな婚約者…
悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
浮気相手とお幸せに
杉本凪咲
恋愛
「命をかけて君を幸せにすると誓う」そう言った彼は、いとも簡単に浮気をした。しかも、浮気相手を妊娠させ、私に不当な婚約破棄を宣言してくる。悲しみに暮れる私だったが、ある手紙を見つけて……
婚約者の浮気から、どうしてこうなった?
下菊みこと
恋愛
なにがどうしてかそうなったお話。
婚約者と浮気相手は微妙にざまぁ展開。多分主人公の一人勝ち。婚約者に裏切られてから立場も仕事もある意味恵まれたり、思わぬ方からのアプローチがあったり。
小説家になろう様でも投稿しています。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる