やっぱ男って最高!

下村美世

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一章 「最も天使に近い悪魔」

第4話

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  放課後。テニス部の練習を終えて、私は水道で手を洗っていた。
 テニスコートもすっかり夕焼けに覆われ、緑色のコートの色もどんどん深く深くなっていく。


「あ、部長。部室の鍵って…」

 不意に後ろから、たどたどしい後輩の声がかかった。普段はごく普通に喋り、笑う女の子の後輩だ。

「んー?あ、貸して。私が戻しとく」

「はい、お願いします…」


 彼女は露骨にビクビクとしながら、私に鍵を渡した。


…私、そんなに話しかけにくいかなぁ。

 もちろん、決して自分の性格が良いわけじゃないからある程度嫌われるのは想定内だけどね。
 …でも、さ。
 私は男好きだけど、女子達ともできれば穏便に接したい。だって面倒だもの。
 女子同士のいざこざとか、陰湿ないじめとかもうこりごりだっての。




 ……ま、それでも。



 柏木の野郎は許さないけどなぁ!!!


 めちゃくちゃめんどくさいクラス劇「白雪姫」の魔女役というこれまたとんでもなくめんどくさい大役を任せられてしまった私は、怒りで身を焦がしていた。
 
  大体本人の意思も聞かずに勝手に決めるんじゃないよ!まあ引き受けたけどぉ!?寝てた私も1割くらいは悪いわけだし?

 でもね。相手が私じゃなかったら泣いててもおかしくないっての!
 だってあいつ(とその取り巻き)、醜い老婆役を私で脳内再現して笑ってたんだよ!?
 普通に嫌がらせですから!
  
 悔しさのあまり、私は右手に握ってる鍵をグッと握りしめた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…てことで、司ー!頼む!」

 部活でクタクタのはずなのに、復讐のエネルギーってすごい。だって精神的にはピンピンとしていて、今なら世界一周とかできちゃうくらいのパワーがあるんだもの。

「Hey…。事情は分かったけど、君はいつも鼻息が荒いねぇ、ケイカ」

 この茶髪に碧い瞳をした男は、私の従兄の司だ。従兄だから血の繋がりはあるんだけど、正直全く似てない。

 それもそのはず。私の父親と司の母親が姉弟なんだけど、司の父親はアメリカ人なのだ。司はハーフというやつで、顔立ちも日本人離れしている。

 まぁこの人ずっと日本在住だし、父親のお里帰りにアメリカにいくことがあっても、至って中身は日本人なんだわ。
 本人はその欧米的な顔立ちをいいことに、帰国子女だと偽っている。
 なんでそんなことをしてるのかって?それは知らない。本人曰く、帰国子女はとてもモテるらしく。
 ね、遺伝子って凄いよね。司といくら外見が異なってても、この異性に対する熱意はお互い引けを取らないんだもの。

 現に私は司の彼女を何人か見てきたけど、みんなそれなりに美人だし、やっぱモテるようだ。口だけではない。

 いかんいかん、話が脱線しすぎた。
 どうして伯母一家にお邪魔しているのかというと、司は俳優の卵として日々訓練をしているからで。

 ほら、今2.5次元のミュージカルっていうのが流行ってるじゃない?アニメや漫画のキャラクターを実写化した劇みたいな。…ま、私はよく知らないのだけど、彼の顔立ちは非常に需要があるらしく、新人の割にオファーが多い。
   
 ま、司って大分変わってるしたまに挟んでくる英語にイラッとしなくもないけど、基本的には優しくていい人だ。

「まったく、仕方ないね。直情型のばか…こほん、正直者は苦労する羽目になるんだから、もっと感情抑えないと」

 …基本的には優しくていい人だ。
 

「分かった。すまぬな」

「その返事からしてunderstandしてないでしょう。まあ、鏡花らしいけどね。それより、何をteachすればいいの?」

「へ?」

「昔鏡花に演劇について少しだけteachしたことあるから、普通の子よりは多少はactできるだろう?」

「いやー…でも、老婆役とかはないし」

「発声練習とかは?」

「いい、いい。そこまで本格的にやらなくてもさ。クラスの劇レベルだし」

 その時、司のこめかみがピクリと動いた。

「Oh my god ‼︎」

「うっ!?き、急に叫ぶな!」

 彼はいちいちオーバーリアクションだから困る。そこも欧米の様式を真似てるのだろうか?

「鏡花、いいかい?発声練習をしない演者なんてね、家畜以下だよ」

 そ、それはまたえらい例えですな…。
 察するに、私は彼の地雷を踏み抜いてしまったらしい。

「さぁ!クラスの子を見返したいんだろう!?今から走り込みと腹筋だ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…で、あんたは今ダウンしてると」

 瑞季が呆れたように溜息を吐いた。
 あの後司は私に5キロ走と腹筋背筋100セットをやらせ、気づけば夜も遅かったので、そのまま泊めてもらった。
 私はテニス部であるけれど、走り込みも腹筋もここまでキツくはなかった。あいつは、女子であろうとお構えなしである。

「いやだって、部活の後でこの鬼メニューはヤバイでしょ。疲れた…ほんっとーに」

「しかも声枯れてるわよね、あんた」

「…発声練習しすぎで。本末転倒だよ、全く」

 私が机につっぷしながら、視線だけ瑞季にやってると、朝の賑やかな教室の中に、ひときわ甲高い声が響いた。

「おっはよー!」

「沙羅!おはよー!」
「柏木さん、おはよっす!」

「えへへ、おはよっす!」

 うわぁ。いつもは黒髪のお団子なのに、今日は茶色のロングヘアを巻いて、可愛らしいネックレスなんかしちゃって。  気分はすっかりお姫様ですね。なんたって白雪姫役なんですものね!

 …生活指導に連行されるが良い。
 心の中で唾を吐いて、私は組んだ腕の間からあざとい少女を視線で追った。

 この可愛らしいお嬢さんはクラスメイトの柏木沙羅。社交的な性格で、男女問わず人気がある(らしい)。
 そして今回私の背中と腹筋が筋肉痛になった元凶でもある。

「ああら、おねんねしてるの?久住さーん」

 含み笑いをしながら私の顔を覗き込んでくる。やられたことがある方はご存知であるかもしれないが、寝ている間に顔を覗き込まれるというのは不快なもので。
 しかも、明らかに可笑しそうにしながらとか、天才的に腹が立つ。

「見てわかんないの?鏡花疲れてるんだよ」

 瑞季は少しだけ冷たく言い放った。
 瑞季は私の親友だからというほかにも、柏木さんと少し揉めたことがあるらしく、仲がよろしくないのだと。

「ちょっと聞いただけじゃない。なにピリピリしてんの?」

 柏木がニコッと笑って、私の真隣の席に座った。
 
「ねえ、台本もう覚えた?私、なんかキザなセリフ多くってさ。その点久住さんはいいよね。セリフ少ないし、お婆ちゃん役なんてネタだし」

 ネタ。
 その言葉を聞いて、私は反射的に跳ね起きた。
 突然の様子に、柏木は肩を震わせた。

「あのさ、お前さ。役にネタとかねーし。全部重要で、全部主役なんだよ。失礼だと思わないの?」

 言った後で、あららと思った。
 …これ、司の受け売りなんだよね。
 私が柏木に反論をしたのは柏木に腹が立ったというのもあるが、反射的に司がいつも言ってることを反芻したのが大きい。
 柏木はわなわなと震えて、泣き出した。

「お、今度は同情作戦かな?」

 柏木は私を凄い毒気のある視線で見つめ、そして声を上げて泣き崩れた。

「ひ、ひどいよぉ!久住さん!」

「…あ?」

「私…っ、私、ただ『劇がんばろーね』って言っただけなのに…っ!」

 彼女があんまり大きな声で騒ぐものだから、次第に教室の視線が私たちに集まってくるではないか。

「なになにー?」
「久住さんがなんか沙羅を泣かしたらしいよ」
「えっ、なにそれ。主演取れなかった僻み?」

いや、主役とか一ミリも興味ないから。
 ヒソヒソと、教室の空気が曇り始める。

「久住さんが…」
「え、最低…」
「沙羅かわいそ…」


 人望なさすぎて笑うわ。
 まあいいや。ここではっきりと言ってやらないと気が済まないから。


「あのさぁ、あんたらさ。私がこの子泣かせた証拠も根拠もないのに、勝手に決めつけるのはどうなの」
 
 私の枯れた声は、教室に響いた。
 すぐさま、私のことを嫌ってるらしい女子生徒からはくすくすと笑い声が漏れた。

「なんなの?あの声」
「老婆みたい。さっすがババア役」
「ほんと、性格悪いよね」


 …私なんでこんな恨まれてんの?
 無意識のうちに何かやらかした?


「お前ら、笑ってんじゃねーよ。あたしも見てたけど、喧嘩ふっかけたのは柏木だよ」

 瑞季はキッと眉を引きつらせて怒鳴った。瑞季…いい奴だよ…。
 いい奴だけど、味方の私でさえ身震いしてしまうくらいの迫力がある。

 瑞季のこういう雰囲気を感じると、私は彼女の過去を思い出す。
 瑞季はかつて、かなりガラが悪くて荒れていた。そして、私に対する態度もひどいものだった。

 そんなこと思い出している場合では無いのに、ほーっと目が遠くを見てしまう。

「いい加減にしろよ。沙羅がそんなことするわけないじゃん!」

 私達の怒鳴り声で、白けていた雰囲気の中、柏木の親友(笑)の酒井が柏木の弁護に走った。

「あ?」
「だいたい、あんた達の普段の行いでしょーが。あたし達とあんた達、どっちが人望あると思ってんの?誰もあんたらのことなんか信じない」
「話逸らしてんじゃねーぞ。いい加減にしねーと…」

 や、やばい!

 私の顔から血の気が引いていく。
 反対に瑞季の顔は血が上りきっているようで、真っ赤だった。
 つい先日互いに塗りあったネイルの指をパキパキと鳴らしちゃって、目を釣り上げて。

 瑞季のかつての野生の血が噴き出してしまう!…この子は、確実にスイッチが入ってしまうと凶暴化するんだ。
 しかしここで瑞季が柏木とその金魚のフンをボコってみろ。そんなことしたら、瑞季が停学になるだけで損しかない。


「もういいよ、瑞季。ほんっと、サンキュー」
 
 「は!?いや、ここで引きさがんの?」
「ギャラリーも増えてきたし!…ほ、ほらっ!いーくーよー」

 うおおい。すごい力…!
 瑞季って帰宅部なのに、現役テニス部部長で体力には結構自信がある私でさえ、取りおさえるのに精一杯で。

 私は横目で教室の中を伺う。
 みんな唖然とした瞳を私たちに向けている。しかも、廊下の外側も、何事かと窓越しに顔を出していた。

 あは、末代までの恥になりそう。

「さ、行こっ」

 瑞季の手を握ると、私はトイレへと強制連行していった。
 

「なぁに、あれ?」
「逃げんの?だっさーい」

 フン供が何を話してるのかなんてどうでもいい。フンの会話など、所詮フンにしか理解できない。流石に糞よりは自分は価値があると信じたい。

 背中でギリギリと、瑞季の歯ぎしりが聞こえてきた。私は冷や汗を流しながらもそれをスルーし、トイレの個室に彼女を連れ込むと、ため息をついた。

「ふー。瑞季、息吸って」
「は!?トイレで!?」
「あ、それもそっか。なら、10秒数えて」
「なんで?」
「じゃ、私が数えてあげるわ。数え終わるまで話しちゃダメだからね」
「ちょ…」

「はい、いーち、にー…」


 瑞季はグッと堪えると、律儀に10秒待ってくれた。どこかの本に、人の怒りを抑えるために、数を数えると良いと書いてあった記憶があったので試してみたが、結構効果があるようで。

 瑞季は開いていた瞳孔を、少しずつ縮めていった。

「ふー…」
「治ったんだね」
「いや、まぁさっきよりかはね。でも、やっぱあいつら嫌いだわ。一発くらい殴ってやりたい」





「何いってんの?」


 私は瑞季に微笑みかけた。

「へ?」

 後に瑞季が語るには、この時の私は、笑っていたらしい。しかし、一般市民が考えるような笑顔ではなく、一瞬で周りの空気を氷点下に下げるような…そんな笑みだったらしい。


「一発殴る?…ふっ、笑わせないで。私決めたわ。柏木に演技力で差を付けるんじゃなくて、柏木を舞台上でフルボッコにする。一発なんて、そんな生ぬるいのは、つまらないでしょう?」


 読者の皆様に誤解を与えないように一応言っておくが、瑞季のように直情型の人間は、お人好しが多い。人のために泣いたり怒ったりすることができる。自分の利益ばかりを追い求めない。ああ、素敵。いい人。



 でもさぁ。

 私は、悪い奴なんだよね。陰湿なんだよ、すごく。

 瑞季みたいに拳で友情を作り上げるタイプじゃないし、そもそも友達少ないし。

 半殺しなんて生易しい。もっと、心に深く傷を負わせてやりたい。

 さあ、楽しい文化祭準備の、始まり。


 




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