44 / 74
第八章 拠るべき場所
#2
しおりを挟む
ヨルンが手に持っていたのは、エディリーンの剣だった。これで男を殴り倒したらしい。
彼は剣をエディリーンに差し出す。その手は、傍目にわかるほど震えていた。興奮と緊張からか、目は大きく見開かれている。
エディリーンは剣を受け取り、腰に差した。
「助かった。ありがとう」
ヨルンは首を横に振る。
「ごめんなさい。……僕は、彼を救いたかったのに。あなたにも迷惑をかけた」
言葉を絞り出すようにするヨルンに、エディリーンは怪訝な顔をする。色々と聞きたいことはあるが、ここでのんびり立ち話をしている余裕はない。
「とにかく、逃げるぞ」
アンジェリカを抱え上げようとするエディリーンに、ヨルンが横から手を差し伸べる。
「アンは僕が」
それならばと、アンジェリカのことは彼に任せることにする。アンジェリカの腕を縛っていた縄を切り、ヨルンの背中に乗せる。エディリーンは剣を抜いたまま、扉を細く開けて外の様子を伺う。
外は、部屋と同じ石壁の廊下が続いていた。向かい側に扉がもう一つあり、中から人の気配がする。あの男たちの話しぶりからすると、そこにいるのは姿を消した魔術師の弟子たちだろう。しかし、悪いが確認している暇はない。今は自分たちの身を守ることが最優先だった。
その向こうには、上へと続く階段が見えた。足音をなるべく忍ばせて進みたいところだが、そういった心得のないだろうヨルンに、しかも気を失ったアンジェリカを抱えている状態でそれを要求するのは酷というものだ。
こちらの動きに気付かれたらしく、上からばたばたと足音が迫ってくる。
「てめえら、何してやがる!?」
怒声と共に現れたのは、薄汚れた粗末な衣服をまとった、人相の悪い男が三人。手にはそれぞれ長剣や短剣を持っている。そしてもう一人、見覚えのある少年が怯えたと怒りの入り混じったような顔でこちらを見ていた。
「ダミアン! こんなことはもうやめよう!」
ヨルンが叫ぶ。しかし、彼の悲痛な叫びはダミアンの心には届かない。
「うるさい! 俺の言うことを聞かないと、どうなるかわかっているんだろうなぁ!?」
ダミアンは怒号を発し、ヨルンは一瞬それに怯んだ様子を見せる。
エディリーンは背中にヨルンとアンジェリカを庇い、剣を構えた。
そこに、背後から声がした。
「そいつらを逃がすな!」
先程倒したはずの男が、よろよろと部屋から這い出てくる。
まずい。
自分一人だけ助かればいいのであれば、切り抜けられないことはない。だが、自分も万全の状態ではないし、戦えない人間二人を守りながらでは、さすがに厳しい。この狭い場所では、大きな炎や風を起こすような魔術も使えない。
心臓が早鐘を打ち、冷や汗が頬を伝う。
その時だった。
階段の上、建物の外から、更に複数の人間が踏み込んでくる気配がした。男たちが慌てふためくが、逃げ場はない。
「全員、その場を動くな!」
すぐに揃いの鎧を身に着けた兵士たちが現れて、男たちを拘束した。
あっという間にその場は制圧された。ヨルンはアンジェリカを背負ったまま、ずるずると力が抜けたように座り込んだ。すぐに彼らの元にも兵士がやって来て、安否を確認する。
エディリーンはその様子をどこか他人事のように眺めていたが、
「エディ!」
聞き知った二人の声が重なる。兵士たちの後ろからジルとアーネストがやってきて、やっと安堵を覚えた。――いや、この金髪の男はどうでもいい。この男に気を許してなどいないのだから。
ジルが両腕を広げた。人目があるので一瞬躊躇したが、どっと疲れが襲ってきて、結局その中に身体を預ける。
「よく頑張ったな」
ジルはエディリーンの背中をなで、腫れた頬にそっと触れる。
「痛むか?」
「……平気」
「ともかく、外へ。手当てをしよう」
アーネストが先導して、上に向かおうとする。ジルはエディリーンの身体をひょいと持ち上げた。
「ちょっと、一人で歩けるってば」
足をじたばたさせて抗議するエディリーンに、ジルは笑って答える。
「怪我人は黙ってろ」
「子供扱いして……」
後ろで繰り広げられる、仲の良さそうな義理の父娘の会話に、アーネストは微笑ましくも、少し羨ましいものを感じたのだった。
彼は剣をエディリーンに差し出す。その手は、傍目にわかるほど震えていた。興奮と緊張からか、目は大きく見開かれている。
エディリーンは剣を受け取り、腰に差した。
「助かった。ありがとう」
ヨルンは首を横に振る。
「ごめんなさい。……僕は、彼を救いたかったのに。あなたにも迷惑をかけた」
言葉を絞り出すようにするヨルンに、エディリーンは怪訝な顔をする。色々と聞きたいことはあるが、ここでのんびり立ち話をしている余裕はない。
「とにかく、逃げるぞ」
アンジェリカを抱え上げようとするエディリーンに、ヨルンが横から手を差し伸べる。
「アンは僕が」
それならばと、アンジェリカのことは彼に任せることにする。アンジェリカの腕を縛っていた縄を切り、ヨルンの背中に乗せる。エディリーンは剣を抜いたまま、扉を細く開けて外の様子を伺う。
外は、部屋と同じ石壁の廊下が続いていた。向かい側に扉がもう一つあり、中から人の気配がする。あの男たちの話しぶりからすると、そこにいるのは姿を消した魔術師の弟子たちだろう。しかし、悪いが確認している暇はない。今は自分たちの身を守ることが最優先だった。
その向こうには、上へと続く階段が見えた。足音をなるべく忍ばせて進みたいところだが、そういった心得のないだろうヨルンに、しかも気を失ったアンジェリカを抱えている状態でそれを要求するのは酷というものだ。
こちらの動きに気付かれたらしく、上からばたばたと足音が迫ってくる。
「てめえら、何してやがる!?」
怒声と共に現れたのは、薄汚れた粗末な衣服をまとった、人相の悪い男が三人。手にはそれぞれ長剣や短剣を持っている。そしてもう一人、見覚えのある少年が怯えたと怒りの入り混じったような顔でこちらを見ていた。
「ダミアン! こんなことはもうやめよう!」
ヨルンが叫ぶ。しかし、彼の悲痛な叫びはダミアンの心には届かない。
「うるさい! 俺の言うことを聞かないと、どうなるかわかっているんだろうなぁ!?」
ダミアンは怒号を発し、ヨルンは一瞬それに怯んだ様子を見せる。
エディリーンは背中にヨルンとアンジェリカを庇い、剣を構えた。
そこに、背後から声がした。
「そいつらを逃がすな!」
先程倒したはずの男が、よろよろと部屋から這い出てくる。
まずい。
自分一人だけ助かればいいのであれば、切り抜けられないことはない。だが、自分も万全の状態ではないし、戦えない人間二人を守りながらでは、さすがに厳しい。この狭い場所では、大きな炎や風を起こすような魔術も使えない。
心臓が早鐘を打ち、冷や汗が頬を伝う。
その時だった。
階段の上、建物の外から、更に複数の人間が踏み込んでくる気配がした。男たちが慌てふためくが、逃げ場はない。
「全員、その場を動くな!」
すぐに揃いの鎧を身に着けた兵士たちが現れて、男たちを拘束した。
あっという間にその場は制圧された。ヨルンはアンジェリカを背負ったまま、ずるずると力が抜けたように座り込んだ。すぐに彼らの元にも兵士がやって来て、安否を確認する。
エディリーンはその様子をどこか他人事のように眺めていたが、
「エディ!」
聞き知った二人の声が重なる。兵士たちの後ろからジルとアーネストがやってきて、やっと安堵を覚えた。――いや、この金髪の男はどうでもいい。この男に気を許してなどいないのだから。
ジルが両腕を広げた。人目があるので一瞬躊躇したが、どっと疲れが襲ってきて、結局その中に身体を預ける。
「よく頑張ったな」
ジルはエディリーンの背中をなで、腫れた頬にそっと触れる。
「痛むか?」
「……平気」
「ともかく、外へ。手当てをしよう」
アーネストが先導して、上に向かおうとする。ジルはエディリーンの身体をひょいと持ち上げた。
「ちょっと、一人で歩けるってば」
足をじたばたさせて抗議するエディリーンに、ジルは笑って答える。
「怪我人は黙ってろ」
「子供扱いして……」
後ろで繰り広げられる、仲の良さそうな義理の父娘の会話に、アーネストは微笑ましくも、少し羨ましいものを感じたのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。
【完結】死ぬとレアアイテムを落とす『ドロップ奴隷』としてパーティーに帯同させられ都合よく何度も殺された俺は、『無痛スキル』を獲得し、覚醒する
Saida
ファンタジー
(こちらの不手際で、コメント欄にネタバレ防止のロックがされていない感想がございます。
まだ本編を読まれておられない方でネタバレが気になる方は、コメント欄を先に読まれないようお願い致します。)
少年が育った村では、一人前の大人になるための通過儀礼があった。
それは、神から「スキル」を与えられること。
「神からのお告げ」を夢で受けた少年は、とうとう自分にもその番が回って来たと喜び、教会で成人の儀を、そしてスキル判定を行ってもらう。
少年が授かっていたスキルの名は「レアドロッパー」。
しかしあまりにも珍しいスキルだったらしく、辞典にもそのスキルの詳細が書かれていない。
レアスキルだったことに喜ぶ少年だったが、彼の親代わりである兄、タスラの表情は暗い。
その夜、タスラはとんでもない話を少年にし始めた。
「お前のそのスキルは、冒険者に向いていない」
「本国からの迎えが来る前に、逃げろ」
村で新たに成人になったものが出ると、教会から本国に手紙が送られ、数日中に迎えが来る。
スキル覚醒した者に冒険者としての資格を与え、ダンジョンを開拓したり、魔物から国を守ったりする仕事を与えるためだ。
少年も子供の頃から、国の一員として務めを果たし、冒険者として名を上げることを夢に見てきた。
しかし信頼する兄は、それを拒み、逃亡する国の反逆者になれという。
当然、少年は納得がいかない。
兄と言い争っていると、家の扉をノックする音が聞こえてくる。
「嘘だろ……成人の儀を行ったのは今日の朝のことだぞ……」
見たことのない剣幕で「隠れろ」とタスラに命令された少年は、しぶしぶ戸棚に身を隠す。
家の扉を蹴破るようにして入ってきたのは、本国から少年を迎えに来た役人。
少年の居場所を尋ねられたタスラは、「ここにはいない」「どこかへ行ってしまった」と繰り返す。
このままでは夢にまで見た冒険者になる資格を失い、逃亡者として国に指名手配を受けることになるのではと少年は恐れ、戸棚から姿を現す。
それを見て役人は、躊躇なく剣を抜き、タスラのことを斬る。
「少年よ、安心しなさい。彼は私たちの仕事を邪魔したから、ちょっと大人しくしておいてもらうだけだ。もちろん後で治療魔法をかけておくし、命まで奪いはしないよ」と役人は、少年に微笑んで言う。
「分かりました」と追従笑いを浮かべた少年の胸には、急速に、悪い予感が膨らむ。
そして彼の予感は当たった。
少年の人生は、地獄の日々に姿を変える。
全ては授かった希少スキル、「レアドロッパー」のせいで。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
悪役令嬢の無念はわたしが晴らします
カナリア55
ファンタジー
【完結】同棲中の彼の浮気現場を見てしまい、気が動転してアパートの階段から落ちた、こはる。目が覚めると、昔プレイした乙女ゲームの中で、しかも、王太子の婚約者、悪役令嬢のエリザベートになっていた。誰かに毒を盛られて一度心臓が止まった状態から生き返ったエリザベート。このままでは断罪され、破滅してしまう運命だ。『悪役にされて復讐する事も出来ずに死ぬのは悔しかったでしょう。わたしがあなたの無念を晴らすわ。絶対に幸せになってやる!』自分を裏切る事のない獣人の奴隷を買い、言いたい事は言い、王太子との婚約破棄を求め……破滅を回避する為の日々が始まる。
誤字脱字、気をつけているのですが、何度見直しても見落としがちです、申し訳ございません。12月11日から全体の見直し作業に入ります。大きな変更がある場合は近況ボードでお知らせします。
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界ライフは山あり谷あり
常盤今
ファンタジー
会社員の川端努は交通事故で死亡後に超常的存在から異世界に行くことを提案される。これは『魔法の才能』というチートぽくないスキルを手に入れたツトムが15歳に若返り異世界で年上ハーレムを目指し、冒険者として魔物と戦ったり対人バトルしたりするお話です。
※ヒロインは10話から登場します。
※火曜日と土曜日の8時30分頃更新
※小説家になろう(運営非公開措置)・カクヨムにも掲載しています。
【無断転載禁止】
妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31 HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!!
『公爵の子供なのに魔力なし』
『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』
『公爵になれない無能』
公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。
だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。
『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』
『ただの剣で魔法を斬っただと!?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』
『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』
やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。
叶わぬ願いと望まぬ結末
黒狼 リュイ
ファンタジー
最悪の時代。
女の魔王が誕生した。
それと同時に男の勇者が誕生した。
これより語られるは、出会いと運命に抗う2人の物語。
2人は望まれぬ選択を迫られる。
※画像は友人から頂いた物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる