21 / 74
第四章 憂いと光と
#5
しおりを挟む
翌朝は快晴だった。両軍とも、布陣の様子がよく見えた。
帝国の軍勢は、およそ七千。対して、レーヴェ軍は五千。数の上では不利だが、地形を利用して上手く帝国軍を抑えていた。ユリウス王子が倒れたことは、原因も含めて内密にされていた。末端の兵士は、総大将の姿が突然見えなくなったことに不安を抱いていたが、今朝方、王子が王家の旗を掲げながらその姿を見せ、勝利を宣言してみせたことによって、大いに士気を高めたのだった。
そして、ユリウス王子は、立派な青毛の馬に乗り、軍勢の先頭に立っていた。傍らには、側近であるアーネストが控えている。
アーネストは若干渋い顔で、ユリウス王子に視線を投げる。
「……殿下、病み上がりなんですから、後方に控えていてはいかがです?」
しかし、ユリウス王子はそれを軽くあしらう。
「指揮官が安全なところでふんぞり返っていては、部下に示しがつかないだろう」
「安全なところでふんぞり返っているのが、指揮官の仕事です」
尚も言うアーネストに、
「俺はそういうのは好かん」
肩をすくめて見せるユリウス王子。
「好き嫌いの問題ではありません。大事な御身です。万一お命を落とされたらどうするのです」
「生きているものはいずれ死ぬ。その時はその時だ」
俺が死んで喜ぶ者は大勢いるしな、と笑うユリウス王子に、アーネストは大仰に溜め息を吐いた。
「お前はついてきてくれるのだろう? アーネスト」
「……ええ。どこまでもお供いたします」
ユリウス王子も愚かではない。この場では、兵士の士気を高めるためにも、自分が前に出た方が効果的だと考えた結果だ。相手への牽制にもなる。自分をどう見せ、どう振る舞うのが効果的か、理解しているのだ。
だから、アーネストもそれ以上言うのはやめた。こんなやり取りは日常茶飯事だ。自分が何を言おうが、この人は己の信じた道を行く。自分はそれについていくだけだ。
「ところで、あの娘は?」
言わずもがな、エディリーンのことを指している。
「さあ……。どこかにいるはずですが」
そうか、とユリウス王子は頷く。味方をしてくれるのなら、それでいいと呟く。
「さて、一気に片を付けるぞ」
ユリウス王子は旗を掲げ、号令をかける。
「突撃!!」
鬨の声が上がり、砂塵を巻き上げてレーヴェ軍は帝国軍の陣地へ進軍を開始した。
レーヴェ軍の動きは、すぐに帝国軍へも伝わった。帝国軍も、すぐに迎え撃つ姿勢に入る。
これまでのレーヴェの戦略は、谷間の地形を利用し、帝国軍を兵を展開しづらい場所に誘い込んで戦うというものだった。地の利を活かし、数の不利を覆す戦い方だった。
しかし、ユリウス王子が倒れ、精彩を欠いたレーヴェ軍相手なら、今度こそ落とせるはずと、帝国軍の将校たちは考えていた。
だが、今目の前に迫ってくるのは、王家の旗を掲げたユリウス王子その人であった。
「話が違うではないか!」
帝国の将校たちは動揺した。密かに帝国と通じていたレーヴェの宮廷魔術師、ベルンハルト卿からの連絡は途絶えている。おまけに、動けないはずだったユリウス王子が、軍勢を率いて怒涛の勢いで迫ってくる。
そして、指揮官の動揺は兵士たちにも広がる。戦は物量と、兵士たちの士気がものを言う。狼狽する帝国軍に対し、レーヴェ軍の士気は軒高だった。
「ええい、怯むな! 迎え撃て!」
帝国軍は、乱れながらもレーヴェの軍勢に向かい合う。
いつもなら、レーヴェは適当に斬り結んだ後、撤退すると見せかけて有利な地形へ誘い込もうとするはずだ。その前に王子を仕留めればいい。
だが、レーヴェはその勢いのまま、帝国軍に突っ込んでくる。
馬鹿な、と呟く間に、別方向からも鬨の声が上がった。
「何事だ!?」
陣地を挟む森から、レーヴェの兵士たちが次々と姿を現していた。見張りの目をかいくぐって、ごく少人数の部隊を複数潜伏させていたのだ。三方向から攻め込まれて、帝国軍は圧倒的不利に陥った。
「なんということだ……!」
「ここは撤退を、ドレイク将軍!」
後方に控えていたドレイク将軍に、副官が進言する。
しかし、
「逃げられると思うな」
副官の胸に矢が突き刺さり、鮮血が散った。
ケープを羽織り、フードを目深に被った少年が、弓を構えてこちらに向けていた。第二射を放とうとした少年に、周囲を固めていた兵が斬りかかろうとする。だが、その兵士も少年の陰から現れた初老の男に斬られて倒れる。ドレイク将軍の側近たちは、果敢にも主を守ろうと抵抗するが、そこへ更に金髪の男が加勢する。三人はかなりの手練れのようで、将軍を守る者は全て倒れてしまった。
そこへ地響きをさせながら馬を駆って飛び込んできたのは、ユリウス王子だった。総大将自ら敵陣の最奥へ突っ込んでくるとは、なんと大胆で呆れたことをするのだと、ドレイク将軍は驚愕の表情を浮かべる。
「その首、もらい受ける!」
その表情を張り付けたまま、ドレイク将軍は絶命した。
帝国の軍勢は、およそ七千。対して、レーヴェ軍は五千。数の上では不利だが、地形を利用して上手く帝国軍を抑えていた。ユリウス王子が倒れたことは、原因も含めて内密にされていた。末端の兵士は、総大将の姿が突然見えなくなったことに不安を抱いていたが、今朝方、王子が王家の旗を掲げながらその姿を見せ、勝利を宣言してみせたことによって、大いに士気を高めたのだった。
そして、ユリウス王子は、立派な青毛の馬に乗り、軍勢の先頭に立っていた。傍らには、側近であるアーネストが控えている。
アーネストは若干渋い顔で、ユリウス王子に視線を投げる。
「……殿下、病み上がりなんですから、後方に控えていてはいかがです?」
しかし、ユリウス王子はそれを軽くあしらう。
「指揮官が安全なところでふんぞり返っていては、部下に示しがつかないだろう」
「安全なところでふんぞり返っているのが、指揮官の仕事です」
尚も言うアーネストに、
「俺はそういうのは好かん」
肩をすくめて見せるユリウス王子。
「好き嫌いの問題ではありません。大事な御身です。万一お命を落とされたらどうするのです」
「生きているものはいずれ死ぬ。その時はその時だ」
俺が死んで喜ぶ者は大勢いるしな、と笑うユリウス王子に、アーネストは大仰に溜め息を吐いた。
「お前はついてきてくれるのだろう? アーネスト」
「……ええ。どこまでもお供いたします」
ユリウス王子も愚かではない。この場では、兵士の士気を高めるためにも、自分が前に出た方が効果的だと考えた結果だ。相手への牽制にもなる。自分をどう見せ、どう振る舞うのが効果的か、理解しているのだ。
だから、アーネストもそれ以上言うのはやめた。こんなやり取りは日常茶飯事だ。自分が何を言おうが、この人は己の信じた道を行く。自分はそれについていくだけだ。
「ところで、あの娘は?」
言わずもがな、エディリーンのことを指している。
「さあ……。どこかにいるはずですが」
そうか、とユリウス王子は頷く。味方をしてくれるのなら、それでいいと呟く。
「さて、一気に片を付けるぞ」
ユリウス王子は旗を掲げ、号令をかける。
「突撃!!」
鬨の声が上がり、砂塵を巻き上げてレーヴェ軍は帝国軍の陣地へ進軍を開始した。
レーヴェ軍の動きは、すぐに帝国軍へも伝わった。帝国軍も、すぐに迎え撃つ姿勢に入る。
これまでのレーヴェの戦略は、谷間の地形を利用し、帝国軍を兵を展開しづらい場所に誘い込んで戦うというものだった。地の利を活かし、数の不利を覆す戦い方だった。
しかし、ユリウス王子が倒れ、精彩を欠いたレーヴェ軍相手なら、今度こそ落とせるはずと、帝国軍の将校たちは考えていた。
だが、今目の前に迫ってくるのは、王家の旗を掲げたユリウス王子その人であった。
「話が違うではないか!」
帝国の将校たちは動揺した。密かに帝国と通じていたレーヴェの宮廷魔術師、ベルンハルト卿からの連絡は途絶えている。おまけに、動けないはずだったユリウス王子が、軍勢を率いて怒涛の勢いで迫ってくる。
そして、指揮官の動揺は兵士たちにも広がる。戦は物量と、兵士たちの士気がものを言う。狼狽する帝国軍に対し、レーヴェ軍の士気は軒高だった。
「ええい、怯むな! 迎え撃て!」
帝国軍は、乱れながらもレーヴェの軍勢に向かい合う。
いつもなら、レーヴェは適当に斬り結んだ後、撤退すると見せかけて有利な地形へ誘い込もうとするはずだ。その前に王子を仕留めればいい。
だが、レーヴェはその勢いのまま、帝国軍に突っ込んでくる。
馬鹿な、と呟く間に、別方向からも鬨の声が上がった。
「何事だ!?」
陣地を挟む森から、レーヴェの兵士たちが次々と姿を現していた。見張りの目をかいくぐって、ごく少人数の部隊を複数潜伏させていたのだ。三方向から攻め込まれて、帝国軍は圧倒的不利に陥った。
「なんということだ……!」
「ここは撤退を、ドレイク将軍!」
後方に控えていたドレイク将軍に、副官が進言する。
しかし、
「逃げられると思うな」
副官の胸に矢が突き刺さり、鮮血が散った。
ケープを羽織り、フードを目深に被った少年が、弓を構えてこちらに向けていた。第二射を放とうとした少年に、周囲を固めていた兵が斬りかかろうとする。だが、その兵士も少年の陰から現れた初老の男に斬られて倒れる。ドレイク将軍の側近たちは、果敢にも主を守ろうと抵抗するが、そこへ更に金髪の男が加勢する。三人はかなりの手練れのようで、将軍を守る者は全て倒れてしまった。
そこへ地響きをさせながら馬を駆って飛び込んできたのは、ユリウス王子だった。総大将自ら敵陣の最奥へ突っ込んでくるとは、なんと大胆で呆れたことをするのだと、ドレイク将軍は驚愕の表情を浮かべる。
「その首、もらい受ける!」
その表情を張り付けたまま、ドレイク将軍は絶命した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕
naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。
この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた
中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。
これは、別次元から来た女神のせいだった。
その次元では日本が勝利していたのだった。
女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。
なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。
軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか?
日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。
ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。
この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。
参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。
使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。
表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる