蒼天の風 祈りの剣

月代零

文字の大きさ
上 下
6 / 74
第二章 逆光の少女

#1

しおりを挟む
「ああ、やっと見つけた。間違いない――」
 仄暗い部屋の中で、水鏡を見つめ、その人物は唇の端を歪めてほくそ笑む。
「今度こそ、逃がしませんよ――」
 


「行くぞ」

 外に出ると、彼らがいたのは森に囲まれた、木造の小さな家だった。
 日は傾きかけ、遠くの空は茜色に染まってきている。しかし、急げば近くの街まで行ける。少しでも距離を稼ぎ、今夜はそこで宿を取るつもりだった。
小屋を少し離れ、森に入ろうとしたところで、急に辺りに霧が立ち込めた。足元も見えないくらいの、濃い霧だった。

「手を」

 戸惑っていると、霧の中から、少年の手が差し出されたのがかろうじて見て取れた。

「早くしろ。この霧は結界になっているから、俺とはぐれたら出られなくなるぞ」

 アーネストが手を伸ばすと、エドワードは乱暴にその手首を掴み、歩き出した。意外にほっそりとした、華奢な手だった。

「……なるほど。こうやって誰でも出入りできないようにしているわけか」

 霧を抜けてから、感心したようにアーネストが呟くと、

「こうでもしないと、うるさくて敵わないんだ。暗殺依頼とか、検出されない毒薬を作ってくれとかいう依頼も多いからな」

 引き受けることはないけどな、と少年は付け加えた。

「ところで、ユリウス王子は、どんな状態なんだ?」

 獣道に足を踏み入れながら、少年はアーネストを振り返らずに尋ねる。
 王子の剣は、術の影響が他に出ないよう、封印を施してエドワードが持っていた。例の魔導書も一緒だった。これで王子への影響も減るはずだが、完全に術を絶つには、大元である魔導書をどうにかしないといけないらしい。

「今すぐどうなるというものではないと、宮廷魔術師――ベルンハルト卿は言っていたが。ただ、どんな術か特定できない以上、確かなことは言えないとも言っていた」
「……あんたはその宮廷魔術師を、信用しているのか?」

 痛いところを突かれ、アーネストは少しためらった後、口を開く。

「……正直に言って、あまり。ユリウス殿下は、国民からの支持を得てはいるが、その宮廷内では敵が多い。ベルンハルト卿も、表向きは中立で、こちらに協力的だが、裏では何を考えているかわからないと、俺は思っている」

 宮廷内の事情を軽々しく外部に話すことはできないが、ここは情報を共有しておいた方がいい。
 そう考えてアーネストは話を続けるが、エドワードからは軽蔑したような眼差しを向けられてしまう。

「へえ。あんたは王子の近衛騎士のくせに、そんな信用ならない人間を、王子に近付けたわけか?」

 少年の物言いにアーネストは少しむっとするが、正直に答える。

「それについては弁解のしようがない。ただ、殿下はこの際、敵味方の区別をはっきりさせようと、あえて疑わしい人間も懐に入れていた。それが仇になってしまったわけだが……」
「……敵の目的は、ユリウス王子を亡き者にする、あるいは無力化すること。それでレーヴェは戦に負け、帝国の属国になる。敵は第一王子派の人間か、帝国側の人間か……あるいは帝国と第一王子派が通じている可能性も……」

 エドワードはぶつぶつと呟く。

「わからないのは、どうして俺を指名してきたのかということだな。師匠の方が名は知れているし、俺のどっちかというと剣を扱うことが本職の傭兵だから、魔術師としては無名だ。宮廷魔術師なんかに目を付けられる理由はないはず……」

 アーネストに話しかけているというよりは、独り言のようだ。

「気になっていたのだが……君は、エルフとの混血か?」

 透けるような淡い空色の髪。そんな特徴を持つのは、エルフ族だけだった。エルフは、長い寿命と高い魔力を持
ち、尖った耳が特徴の種族だ。しかし、エドワードにはその特徴的な耳はなく、普通の人間のそれと同じだった。それに、エルフは森の奥深くに暮らし、人とはほとんど交流を持たない。姿を見ることも稀だった。そのエルフとの混血となれば、大変珍しい存在だった。
 そこになにかあるのではないかとアーネストは思ったのだが、

「周りがそう言うなら、そうなんじゃないか?」

 エドワードはそれについてあまり語りたくないようで、口を閉ざしてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕

naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。   この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

処理中です...