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高子(たかいこ)の想い

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「『むかし、男ありけり。女のえ得まじかるけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗みいでて、いと暗きに来けり』こんな感じの冒頭から始まる伊勢物語だけど、平安時代に書かれた物語で。平安時代初期に実在した貴族である在原業平を思わせる男を主人公とした和歌にまつわる短編歌物語集なんだね。話の中で詠まれている歌が古今和歌集の中で在原業平作って書いてあるんで、もうバレバレだね」そう言って笑顔で周りの学生たちを見ました。
「業平は高貴な生まれだったけど、権力争いの影響で臣籍降下させられ落ちぶれ貴族になった不幸の人なんだ。イケメンで六歌仙の一人で歌も上手く話題性豊富な、主人公にしたら本が売れそうな人物だったんだね」
「はいっ、先生。じゃあ、この本は売れたんですか?」有馬さんが嬉しそうにそう質問し、みんなが笑った。
「売れたかどうかは知らないけどね。でも、こうやって教科書にも載っているだからね。ベストセラーどころかミリオンセラーで印税がっぽがっぽ……まあ、当時印税があればね」
「先生、それに有馬さんも横道それてますよ」放っておくとどこまでも話がズレそうなので、わたしは軌道修正のお小言を挟みました。
「ごっほん、伊勢物語の話に戻そう。伊勢物語にはみんなが知っている有名な話があるよね。『芥川』の段、業平と高子の駆け落ちの話しだね。業平が背負って逃げるけど、結局その日のうちに捕まったんだね。そして高子は天皇家に嫁ぎ子供を産む……」先生はそう言って井原さんを見ました。井原さんは反射的に下を向きます。それでも意を決したように視線を戻し立花先生に質問をしました。
「先生、どうして高子はその後、自分の産んだ子供の世話係に業平を指名したんでしょうか?」わたしには理解できないと言う顔で井原さんが真面目に聞きました。
「色々考えられることはあるけど……井原くん、もう少し考えてみようか。すぐに答えを出す必要はないからね。その考える過程が大事なんだよ。後で、ゆっくり答え合わせをしよう」そう言って先生は微笑みました。難しい顔で井原さんは頷きました。
 井原さんの答え探しはもう少し続きそうでした。

 最後に先生は吉野龍田図屏風の展示の前で説明を始めました。
「この屏風絵は江戸時代のもので右隻は吉野の桜、左隻は龍田川の紅葉という和歌の名所を描いたもので。枝に結ばれた短冊には、古今和歌集と玉葉和歌集に載せられた歌が数首、書かれているんだね。特に左の屏風絵、これは高子が皇太子の母と呼ばれていたころ、竜田川に紅葉が流れている様子が描かれている屏風絵を題にして業平が歌を詠んだんだ。それを模して描かれたものなんだよ」
 みんなが先生の話に引き込まれ龍田川の紅葉に注目しました。先生はゆっくりとした口調でその業平の歌を詠み上げました。

 ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは

「百人一首にも載っている業平の代表作だよ。高子は皇太子の母となり、そして天皇の母となったんだね。そこで高子は業平を蔵人頭とする。陽成天皇の側近にしたんだね」
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