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最終章 虹の橋とその番人

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 小雪は赤羽と共に組対二課の会議スペースで膨大な資料と格闘していた。そこに追加の資料を組対二課の能登が運んでくる。細身の体型にオールバック、銀縁メガネを光らせて、どう見てもインテリヤクザにしか見えない風体だ。
「中山。分からないことがあったら、何でも聞いてくれ。俺に分かることなら説明する」
 親切に言ってくれる。見た目と違って優しい人だ。
「能登さん、とりあえず、初心者にも分かるように説明してもらえると助かるのですが……」
 小雪のすまなそうな声に、能登は一つため息をついてからホワイトボードを使って解説を始めた。ホント、親切な人で助かった。

「まずは、基本的な話だ。犯人にとって誘拐事件では何が一番問題になると思う?」
 そう言って能登はホワイトボードに「誘拐事件・問題点」と書いた。
 さすが能登、インテリヤクザ。もとい、組対二課。初心者の小雪にも分かりやすいような説明だ。
「人質の受け渡しですか?」
「ノー、ノー」
「じゃあ、身代金?」
「ピンポーン」
 クイズ番組のようであった。「身代金受渡し」と書いてから赤丸を付ける。
「誘拐では身代金の受け渡しがネックになる。金銭の受け渡しでどうしても足がつきやすい。そこで最近は下火になっていたんだが……」
「違うんですか?」
「ああ、仮想通貨やダークウェブの出現で再び増加傾向にある。足のつきにくい金銭の授受が可能になったからな。まあ、その辺は赤羽の得意分野だろう」
「身代金受渡し」の横に「仮想通貨・ダークウェブ」と付け足す。
「ええ、そうですね。でも、今回の誘拐は違うんですよね」
「建前はそうなんだが……要求はこうだったよな『国際会議の中止を要求する』」
 そう言いながら能登はホワイトボードに書く、さらに「思想犯」と書き加えた。
「むしろこっちの方がめんどくさいな。人質を取ることによって、何かしらの主義主張を通そうとする連中だ」
 そう言いながら並べて書いた「身代金受渡し」と「仮想通貨・ダークウェブ」の文字を赤マジックでバッテンで消す。
「この手の要求には金銭の授受が入らない。つまり……」
 そこまで言ってから能登は少し間を置く。
んですね……」
 納得したように、小雪が呟いた。
「ピンポーンだ!」
 その反応に嬉しそうに能登が笑った。でも、やっぱりインテリヤクザにしか見えなかったが……。

「俺達も最初はこのヤマもそうだと踏んで対応していたんだがな……課長が『おかしい』と言い出したんだ」
「加賀課長がですか……」
「ああ、そうだ。加賀課長がこう言ったんだ」

「おかしい。ネットに上げるのが」ってね。

「え!」
 小雪は驚いた。自分が言った言葉と同じ言葉を発していた人物がいた事に少なからず驚いていた。さらにそこから加賀課長は何を導き出したのか……。
「九時そこそこに上げなければならない理由があったんだ」とね。自分のことのように自慢げに話す能登に小雪は問いかけた。
「その理由って何なんですか?」
 興奮気味に小雪は言う。
「九時から始まるんだよ。それがね」
 楽しげな能登のヒントにも、小雪は何も思いつかず困惑する。
「そうか、東京株式市場だ!」
 赤羽の声に、能登は喜んだ。
「ピンポーンだ!」

「今回の国際会議は自然環境保護を訴えるものだ。当然協賛の企業が付いている。東証プライム上場の『グリーンエナジーシステムズ』を筆頭に数十社にのぼる。相当な金額を出資しているこの会議がもし中止になったら、これらの企業はどうなる? 」
 そう言って能登は再びホワイトボードに「協賛企業」と付け足しながら、小雪と赤羽の答えを待った。
「大打撃ですよね……」
「つまり、このニュースが報道されたら。
「ピンポーン! 赤羽は詳しいだろうが。中山は知らんだろうな、株価が下がっても儲ける方法があるんだ」
 不敵に笑いながら、能登は「協賛企業」の文字に赤マジックで下矢印を付けてから、さらに「先物取引・空売り」と併記した。
「株取引で最初にをしてしまうんだ。そうすると、その会社の株価がって寸法だ!」
 そう言って本当に嬉しそうに能登が笑う。やっぱりインテリヤクザにしか見えないと小雪は改めて思った。

「でも、能登さん。それじゃあ、証券会社を通してですから、バレバレですよね」
 さすがに赤羽は詳しいので能登の話の問題点をすぐ指摘する。
「ああ、だが、取引は海外から、当然証券会社もだ。おまけに仮想通貨でダークウェブを通しているときた」
「そこで仮想通貨とダークウェブですか……」
 能登の答えに赤羽も唸った。話について行けない小雪は二人を交互に見て困ってしまう。
「サイバーでも追えないんですか?」
 腕を組んで難しい顔をする赤羽に小雪は尋ねる。
「そうだね、現時点では証明は無理かな。残念だけどね……」
 小雪に向けた赤羽の顔が悔しげであった。

「課長の指摘で俺達はそれらの取引を監視していたんだ。九時の取引開始前から通常とは桁が違う量の『空売り』が入っていてな、どうやらビンゴだと思った俺達は勝負をかけたんだよ」
 自慢げに能登は言う。
「それが、三時前のなんですね……」
 ようやく理解したと赤羽が頷きながら言った。
「ちょっと、その辺を端折(はしょ)らないで下さい。わたしにも分かるように能登さん解説を……」
 いきなり、二人で納得されても小雪は困ってしまう。もう少し詳しい解説を能登に求めた。
「悪い、悪い。そうだな、東京株式市場は午前九時から、途中休憩も含めて午後三時までやっている。だから報道が三時すぎたら株価は動きようがないんだ。で、急いで三時前に報道した」
「都知事が無事確保、会議は開催となれば、協賛企業の株価は急激に戻る。下がった時に利益が出る『から売り』が逆に損になるんだ。さらに加賀課長は追い打ちをかけるように俺に指示した。誘拐犯の連絡用スマホにランサムウエア(身代金ウイルス)を送れってね!」
 能登の解説に、赤羽が追加説明を付けてくれる。
「お陰で、犯人はネットでの取引が出来ず。困ったろうな。株価が上がればそれだけ莫大な損失が出ちまう。損切りしたくても取引が出来ないんだからな」
 ざまあみろ、と言いたそうな能登の顔であった。
「それでも、犯人検挙は出来ず。現在、特定にも至っていない。ただ……」
 そこで、赤羽は口ごもる。
「ただ?」
「そう、ただ。宝田修平の会社・虹の橋『ビフロスト』の通信量がその後、極端に減っているんだ。システムダウンが考えられるが、特にコンピューターウイスルの被害届も出てはいないんだ。まるで乗っ取られたようにね!」

 怪しいだけで証拠が無い、赤羽はそう言って唇を噛んだ。小雪も考えこむ。沈黙の時間が長く続いた。
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