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王妃

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「王妃ってミジューム王国の、ですわよね?」

 意外すぎる人物だ。アニュエラは思わず聞き直した。

「それ以外に誰がいる。ああ、本人が直接殺ったわけではないぞ。こっそり侍従に指示したそうだ。事件前に、公爵邸の近くをうろついているのを庭師や馬丁が目撃している。問いただしたら、白状したそうだ。金で買収した屋敷の使用人から裏口の鍵を借りて、公爵を刺した後にそこから逃げたらしい」
「そんな……どうして王妃陛下が……」

 アニュエラは表情を曇らせる。夫から王政を奪ったことに対する恨みが動機とも考えにくい。
 国王夫妻の仲は完全に冷え切っている。国王のために凶行を企てるほどの愛情が、彼女に残っているようには思えなかった。
 しかし、その理由もドミニクの口から語られた。

「何でも、以前から国王陛下から公爵に鞍替えしていたそうだ。国中から相手にされない王の妻を続けていても、何の旨味がないからな。だから密かに気のある振りを装って手紙が出していたらしいが、あの公爵が王妃の思惑に気付かないはずがない」

 女性に関して大きなトラウマを持つノーフォース公爵にとっては、嫌悪の対象でしかなかっただろう。

「そして、焦った王妃は『公爵を亡き者にすれば、夫に権力が戻る』と思い付いたとのことだ。権力だけ返還されたところで、元通りになるわけでもないのにな」
 ドミニクは左右の手のひらを上に向けて、「何考えてんだか」と締めくくった。
「今、王妃はどちらにおられるのですか?」

 シェイルが疑問を呈する。

「王妃とその侍従は三日前に逮捕された。余罪があるかもしれないと、宮内に大勢の警官が押し入ったって話だ」
 隣国で王家による殺人事件が発生したのだ。国民が不安がるのも無理はない。だが、それと宮内に集まった要人は何の関わりがあるのかと、アニュエラは訝しむ。

 妹の疑問を察してか、ドミニクの舌が再び回り出す。

「王妃が公爵殺しの犯人だと分かって、国民は大激怒だ。貴族も庶民も関係なく、王家を罵倒しまくってるらしい。独立若しくは、近隣の国への帰属を仄めかす領主も出てきている。とにかく底が穴だらけで沈没寸前の泥舟から全力で逃げようと、どいつもこいつも必死だ」
「それでは、こちらにお集まりの方々は……」
「ミジューム王国の今後について、話し合うために集まってもらった。後からミジュームの領主たちもこっちにくる予定だ。警官しかいない王宮で会議なんて開くわけにはいかないからな」
「警官ばかり? 陛下や文官たちはどうしましたの?」

 兄が説明すればするほど、疑問は増えていくばかりだ。アニュエラが尋ねると、ドミニクは「ん」と足元を指差した。

「王都民が王宮に押しかけてきて、壁は壊すわ、文官たちをぶん殴るわ、略奪するわの大暴れだ。それもあって、警官たちが王宮を守っている」
「暴れすぎですわよ!」
「で、『こんなところにいたら、平民に殺される』と怯えて、レディーナ王国に逃げ込んできたわけだ」
「では、国王陛下もいますのね?」

 アニュエラは声を潜めて質問した。

「ああ。居場所を知っているのは、俺を含めて一限りだが」
「陛下にお話したいことがありますの。案内してくださる?」
「ああ。帝国側との交渉の結果を伝えてこい。その様子を見れば、どういう方向で纏まったのか想像がつくが」
「……察していただけて何よりですわ」

 アニュエラは間を空けてから言った。サディアスが皇女に刃物で脅した事件は、一旦伏せておくことにした。
 ドミニクの目の下には、青黒いクマが出来ている。通常業務に加え、ミジューム王国の件で休む間もなく動いているに違いない。疲労困憊の兄に帝国での騒動を話して、倒れられたら困る。

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