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もはや届かない

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「な、何故……貴様がいるのだ。アニュエラはどうした?」
「あの方は執務に追われております。あなたもご存じのはずではありませんか? それにアニュエラ様ご自身が訪れるとは、一言も書かれていなかったと思います」
「だが……普通は彼女が来ると思うだろう。これでは詐欺のようなものだ……!」

 怒りと失望の中、恨み言を口にすると、シェイルの顔から笑みが消えた。

「あなたよりはまだマシですよ」
「は?」
「……『君に会えないなら私は死ぬしかない』。手紙の最後に毎回このような文言を入れるなど、何を考えていらっしゃるのですか」

 棘のある物言いでそう尋ねられ、サディアスの顔が赤く染まる。

「アニュエラに宛てた手紙を読んだのか?」
「はい。手紙の件でアニュエラ様からご相談を受けていましたので」

 つまり彼女への愛の言葉は、全て筒抜けだったと……
 耐えがたい羞恥心で、顔どころか耳や首まで熱くなる。

「本日はお願いがあって、こうしてやって参りました。……アニュエラ様のことは、もうお忘れになってください」
「…………」
「彼女は、もうあなたの正妃でも側妃でもありません。アニュエラ様もそれを望んでいます」

 咄嗟に何も言い返せなかった。サディアス自身、心のどこかでそのことを理解していたからだ。
 だからこそ、会えないなら死ぬなどと半ば脅しのような手紙を送りつけた。
 そうすれば、アニュエラも登城せざるを得ないと考えたのだ。我ながら卑怯なやり方だった。

「……私はどんなことをしても、アニュエラを取り戻したいのだ。その気持ちに嘘はない」
「それはミリア様を正妃にしたがために、全てが破綻したからではありませんか?」
「ああ、そうだ。だがそのおかげで、彼女がどれだけ優秀で素晴らしい女性だったのか、ようやく気付くことが出来た。今ならアニュエラを真摯に愛せる。愛してみせる」
「……今なら?」

 その言葉は、シェイルの不興を買ったらしい。剣呑な眼差しがサディアスを射抜いた。

「おかしいでしょう。何故もっと早くアニュエラ様を愛して差し上げなかったのです」
「私も悪かったと思っている。だからその謝罪も含めて、彼女に……」
「悪かったと認めれば、何をなさっても許されるとお思いですか?」
「っ、貴様に何が分かる!? 私は多くのものを失ったのだ! だったら一つくらい取り戻そうとしても、バチは当たらないだろう!?」

 激情に駆られて叫ぶと、シェイルは駄々を捏ねる子供を見るような目をしながら問いに答えた。

「……当たらないかもしれませんが、あなたの願いが叶うことはありません」
「何故そう言い切れる!? アニュエラ本人にでも聞いたのか!?」
「ルマンズ侯爵領がレディーナ王国に帰属次第、私とアニュエラ様は婚姻を結ぶ予定となっております」
「……こんいん?」
「たとえ殿下であっても、私の妻となる人を害するであれば容赦はいたしません」

 感情のこもっていない、平坦な声だ。けれどそれは、見えない刃となってサディアスの左胸に深く突き刺さった。
 暑くもないのに、全身からぶわっと汗が噴き出す。

「では失礼いたします、殿下。どうか、お元気で」

 最後に一礼すると、シェイルは部屋を後にした。



 それから一ヶ月後。ルマンズ侯爵領を主とした領土は、レディーナ王国へ譲渡された。
 そして不幸はさらに続く。

 臨月を迎えていたはずのミリアの子が死産となった。
 

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