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夫婦喧嘩
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今の王宮は、実質ノーフォース公爵家に乗っ取られたようなものだ。
政務もノーフォース派の人間が中心となって、執り行っている。
異例とも言える大規模な人事異動は、国内外にも公表された。
庶民や貴族から非難の声は挙がっていない。敵対勢力のルマンズ派の貴族ですら、この状況を静観している。
いや、この状況を望んでいたようにさえ感じられた。
酷い被害妄想だと、サディアスは自分の頭を掻き毟る。
(どうせすぐに問題を起こして、民たちからの不興を買うだろう。その時が奴らを王宮から追い出す絶好の機会だ)
サディアスは『その時』を待ち続けた。
だが三ヶ月経とうとも、半年経とうとも、『その時』は一向に訪れない。
ノーフォーク派の手腕は、確かなものだった。
地方で燻っていた反乱の火種を穏当な形で取り除き、貧困層の支援や教育にも力を入れているという。各領ごとに図書館を建設する話も出ている。
さらに国内の農産物や工業品を大々的に宣伝し、周辺諸国からの注目を集めている。これに関しては、何とルマンズ侯爵家も関わっているらしい。
そのおかげか、一年後には王家がクレイラー商会と結んだ契約の内容も改善した。
(どういうことだ? あいつらは敵対していたんじゃないのか?)
ノーフォース公爵家とルマンズ侯爵家が潰し合い、共倒れするのがサディアスが思い描いていた理想の展開だった。
そうなれば、後ろ盾を失ったアニュエラも自分に頼ってくるはずと思っていたのだ。
だがアニュエラは輝かしい日々を送っている。
国交が断絶したミジューム王国とレディーナ王国の仲立ちを行っていると聞く。
他人事のような言い方なのは、今のサディアスは公務を禁じられているからだ。
謹慎は解かれたものの、「これ以上は何もするな」とばかりに仕事が回ってこない。
「私は王太子だぞ! この国の政治に関わる義務がある!」
「その必要はございません。殿下はごゆっくりとお過ごしください」
文官たちに抗議しても、けんもほろろの態度を取られるだけだった。
それでも食い下がるサディアスに、文官は穏やかな口調で言う。
「でしたら、我々ではなく陛下に仰ってください」
そんなこと、出来たら苦労はしない。
最近の国王は、サディアスの顔を見ると憎らしげに顔を歪めるのだ。
「お前のせいでこうなったのだ」と言いたげに。
自分はノーフォース公爵家の謀略に嵌められたのだと主張しても、まともに取り合ってくれない。
時には拳が飛んでくることもあった。
廊下を歩いていると、どこからか悲鳴が聞こえてくる。
あれは……王妃のものだ。
サディアスは足を止め、ぼんやりと聞いていた。
あれだけ偉そうに説教ばかりしてきた母とは、一年以上顔を合わせていない。
向こうがサディアスと会うことを拒絶しているのだ。
部屋の近くに近付けるなと見張りに言いつけているらしく、およそ実の子に対する仕打ちとは思えない。
「……?」
だが、王妃の部屋とは真逆の方向から悲鳴は聞こえる。
その先にあるのは……国王の私室だ。
声に導かれるように、サディアスは久しぶりに父の部屋へ近付いた。
両者とも激昂しているのか、廊下にまで怒鳴り声が響いている。
「元はと言えばお前があんなことをしなければ……! お前がいなければ!!」
「私だけのせいじゃない! 私をあそこまで追い詰めたあなたにだって責任があるわ!!」
激しい舌戦を繰り広げる二人を、従者たちが必死に宥めている。
やがて口論は止み、重苦しい静寂が訪れた。
醜い夫婦喧嘩だと、サディアスは顔を歪める。
いくら喚いても騒いでも、何も解決しないというのに。
(アニュエラ……)
今は彼女の小言が懐かしい。
あの頃は鬱陶しいと思っていたのに、失って初めて気付くとはこのことだろうか。
政務もノーフォース派の人間が中心となって、執り行っている。
異例とも言える大規模な人事異動は、国内外にも公表された。
庶民や貴族から非難の声は挙がっていない。敵対勢力のルマンズ派の貴族ですら、この状況を静観している。
いや、この状況を望んでいたようにさえ感じられた。
酷い被害妄想だと、サディアスは自分の頭を掻き毟る。
(どうせすぐに問題を起こして、民たちからの不興を買うだろう。その時が奴らを王宮から追い出す絶好の機会だ)
サディアスは『その時』を待ち続けた。
だが三ヶ月経とうとも、半年経とうとも、『その時』は一向に訪れない。
ノーフォーク派の手腕は、確かなものだった。
地方で燻っていた反乱の火種を穏当な形で取り除き、貧困層の支援や教育にも力を入れているという。各領ごとに図書館を建設する話も出ている。
さらに国内の農産物や工業品を大々的に宣伝し、周辺諸国からの注目を集めている。これに関しては、何とルマンズ侯爵家も関わっているらしい。
そのおかげか、一年後には王家がクレイラー商会と結んだ契約の内容も改善した。
(どういうことだ? あいつらは敵対していたんじゃないのか?)
ノーフォース公爵家とルマンズ侯爵家が潰し合い、共倒れするのがサディアスが思い描いていた理想の展開だった。
そうなれば、後ろ盾を失ったアニュエラも自分に頼ってくるはずと思っていたのだ。
だがアニュエラは輝かしい日々を送っている。
国交が断絶したミジューム王国とレディーナ王国の仲立ちを行っていると聞く。
他人事のような言い方なのは、今のサディアスは公務を禁じられているからだ。
謹慎は解かれたものの、「これ以上は何もするな」とばかりに仕事が回ってこない。
「私は王太子だぞ! この国の政治に関わる義務がある!」
「その必要はございません。殿下はごゆっくりとお過ごしください」
文官たちに抗議しても、けんもほろろの態度を取られるだけだった。
それでも食い下がるサディアスに、文官は穏やかな口調で言う。
「でしたら、我々ではなく陛下に仰ってください」
そんなこと、出来たら苦労はしない。
最近の国王は、サディアスの顔を見ると憎らしげに顔を歪めるのだ。
「お前のせいでこうなったのだ」と言いたげに。
自分はノーフォース公爵家の謀略に嵌められたのだと主張しても、まともに取り合ってくれない。
時には拳が飛んでくることもあった。
廊下を歩いていると、どこからか悲鳴が聞こえてくる。
あれは……王妃のものだ。
サディアスは足を止め、ぼんやりと聞いていた。
あれだけ偉そうに説教ばかりしてきた母とは、一年以上顔を合わせていない。
向こうがサディアスと会うことを拒絶しているのだ。
部屋の近くに近付けるなと見張りに言いつけているらしく、およそ実の子に対する仕打ちとは思えない。
「……?」
だが、王妃の部屋とは真逆の方向から悲鳴は聞こえる。
その先にあるのは……国王の私室だ。
声に導かれるように、サディアスは久しぶりに父の部屋へ近付いた。
両者とも激昂しているのか、廊下にまで怒鳴り声が響いている。
「元はと言えばお前があんなことをしなければ……! お前がいなければ!!」
「私だけのせいじゃない! 私をあそこまで追い詰めたあなたにだって責任があるわ!!」
激しい舌戦を繰り広げる二人を、従者たちが必死に宥めている。
やがて口論は止み、重苦しい静寂が訪れた。
醜い夫婦喧嘩だと、サディアスは顔を歪める。
いくら喚いても騒いでも、何も解決しないというのに。
(アニュエラ……)
今は彼女の小言が懐かしい。
あの頃は鬱陶しいと思っていたのに、失って初めて気付くとはこのことだろうか。
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