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茨の道
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誰もがアニュエラの廃妃を祝福する空気の中、人知れず会場を退出する者たちがいた。
ミジューム国王と王太子だ。
国王はこの状況に全てを諦めたような表情だったが、息子の方はまだ納得がいかないのか、不満げな顔でアニュエラを一瞥していた。
衆目の前で離縁宣言をされたというのに、未だに正妃にすることを諦めていないようだ。
彼女を敵視する一方で、あそこまで執着するのは個人的な感情が強いだろう。
気高く聡明なアニュエラを屈服させ、自分の所有物にしてやりたいという欲が見え隠れしている。
その根底にあるのは憎悪や妬みではなく、歪んだ愛情だ。
いや、あんなモノが愛であってたまるか。
シェイルは静かに去って行く王族を見送りながら、小さく溜め息をついた。
それにサディアスは、国王と違って現状をろくに把握していないようだった。
大勢がいる中で、アニュエラは離縁を申し出たのだ。それも、容赦のない物言いで。
あれには、シェイルも内心固唾を呑んで見守っていた。
しかし誰一人として、アニュエラの発言を非難する者は現れなかった。
特にミジューム王国の貴族は、「よくぞ言った」と褒め讃えていた。その多くはルマンズ派であり、反ノーフォース派だ。
国王はそのことに気付いていた。だからこそ、深追いすることを止めた。
今後、ルマンズ侯爵家とは距離を置くことも決めただろう。
そう仕向けるためにも、アニュエラは敢えてこんな方法を取ったのかもしれない。
しかし問題はサディアスだ。
「シェイル様。そんな怖いお顔をなさって、どうなさいました?」
ようやく招待客たちから解放され、バルコニーで涼んでいるとアニュエラに声をかけられた。
「サディアス王太子のことを考えておりました。彼がこのまま引き下がると思いますか?」
「下がらないでしょうね。と言っても、周囲がそれを許すとは思いません。私に執心なさったら、ルマンズ派とノーフォース派の両方から睨まれてしまいますわ。でしたら、我が家とは縁を切って、ノーフォース公爵家と仲良くしておいた方が得策とお考えになると思います」
「……茨の道ですね」
「ええ。血まみれになりながら、進むことになりますわね。それは、我が家もノーフォース公爵家も同じことですが」
「何を仰るのです。全然違いますよ」
ルマンズ侯爵家もノーフォース公爵家も、自らの意志で痛みを伴う覚悟を決めた。
しかし王家は、過失を積み重ね続けていった結果がこれだ。慌てて飛び乗った船が光り輝く黄金の船なのか、沈みゆく泥船なのか判断する間もなく。
もはや、やり直しが利く段階ではない。
恐らくサディアスは保身ばかりを考えて、今ミジューム王国で何が起きているのかを知らずにいる。
ルマンズ派とノーフォース派の対立を知っていたとしても、単なる社交界の派閥争いとしか捉えていないだろう。
そしてそのことを、誰も真実を教えようとしない。知らないことすら知らずにいる。
余計なことを教えて、暴走されるのを防ぐ意味合いもあるかもしれないが。
(無知とは罪だな)
サディアスにはほとほと呆れているが、同情もしている。
全てを知るのは、一体いつになるのか。それとも知ることなく、生涯の幕を閉じることになるのか。
数日後。議会において、アニュエラの廃妃が無事に承認された。
こうしてサディアスの妃は、ミリア一人となった。公務を一切行わず、妃教育も修了していない正妃だ。
ミジューム国王と王太子だ。
国王はこの状況に全てを諦めたような表情だったが、息子の方はまだ納得がいかないのか、不満げな顔でアニュエラを一瞥していた。
衆目の前で離縁宣言をされたというのに、未だに正妃にすることを諦めていないようだ。
彼女を敵視する一方で、あそこまで執着するのは個人的な感情が強いだろう。
気高く聡明なアニュエラを屈服させ、自分の所有物にしてやりたいという欲が見え隠れしている。
その根底にあるのは憎悪や妬みではなく、歪んだ愛情だ。
いや、あんなモノが愛であってたまるか。
シェイルは静かに去って行く王族を見送りながら、小さく溜め息をついた。
それにサディアスは、国王と違って現状をろくに把握していないようだった。
大勢がいる中で、アニュエラは離縁を申し出たのだ。それも、容赦のない物言いで。
あれには、シェイルも内心固唾を呑んで見守っていた。
しかし誰一人として、アニュエラの発言を非難する者は現れなかった。
特にミジューム王国の貴族は、「よくぞ言った」と褒め讃えていた。その多くはルマンズ派であり、反ノーフォース派だ。
国王はそのことに気付いていた。だからこそ、深追いすることを止めた。
今後、ルマンズ侯爵家とは距離を置くことも決めただろう。
そう仕向けるためにも、アニュエラは敢えてこんな方法を取ったのかもしれない。
しかし問題はサディアスだ。
「シェイル様。そんな怖いお顔をなさって、どうなさいました?」
ようやく招待客たちから解放され、バルコニーで涼んでいるとアニュエラに声をかけられた。
「サディアス王太子のことを考えておりました。彼がこのまま引き下がると思いますか?」
「下がらないでしょうね。と言っても、周囲がそれを許すとは思いません。私に執心なさったら、ルマンズ派とノーフォース派の両方から睨まれてしまいますわ。でしたら、我が家とは縁を切って、ノーフォース公爵家と仲良くしておいた方が得策とお考えになると思います」
「……茨の道ですね」
「ええ。血まみれになりながら、進むことになりますわね。それは、我が家もノーフォース公爵家も同じことですが」
「何を仰るのです。全然違いますよ」
ルマンズ侯爵家もノーフォース公爵家も、自らの意志で痛みを伴う覚悟を決めた。
しかし王家は、過失を積み重ね続けていった結果がこれだ。慌てて飛び乗った船が光り輝く黄金の船なのか、沈みゆく泥船なのか判断する間もなく。
もはや、やり直しが利く段階ではない。
恐らくサディアスは保身ばかりを考えて、今ミジューム王国で何が起きているのかを知らずにいる。
ルマンズ派とノーフォース派の対立を知っていたとしても、単なる社交界の派閥争いとしか捉えていないだろう。
そしてそのことを、誰も真実を教えようとしない。知らないことすら知らずにいる。
余計なことを教えて、暴走されるのを防ぐ意味合いもあるかもしれないが。
(無知とは罪だな)
サディアスにはほとほと呆れているが、同情もしている。
全てを知るのは、一体いつになるのか。それとも知ることなく、生涯の幕を閉じることになるのか。
数日後。議会において、アニュエラの廃妃が無事に承認された。
こうしてサディアスの妃は、ミリア一人となった。公務を一切行わず、妃教育も修了していない正妃だ。
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