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廃妃
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「今……何と言ったのだ?」
「ですから、正妃になるつもりはありませんと申したのです。お聞こえになりませんでしたか?」
首を傾げて確認するアニュエラに、サディアスは絶句する。それでもどうにか言葉を絞り出そうとするが、上手く思考が纏まらない。
「な……どういう……」
「どういうことだ、アニュエラ!」
サディアスの言葉を継いだのは国王だった。怒りの形相でアニュエラへと詰め寄る。
その怒号に、賑やかだった会場が水を打ったように静まり返った。
「帰国次第、そなたを正妃に戻す手はずだったのを忘れたのか?」
「ええ。そのようなお手紙を何通もいただきましたわね」
「そなたも喜んでいたではないか……!」
「ですが、そのお話をお引き受けするとは一文も書いておりません。嘘だと仰るのなら、是非今まで私が送った手紙を読み返してくださいませ」
アニュエラの言葉に、国王は歯噛みをする。
確かにそのような文章はなかった。勝手にアニュエラが承諾したと思って舞い上がっていたのは、自分たちの方だ。
「な、何故だ……? 正妃に戻れるのだぞ? こんな名誉なことなどないではないか」
「名誉? そうですわね……そんなもののために、馬車馬のように働かされるのはごめんですわ」
アニュエラは扇で口元を隠しながら、目を細めた。
「どうせ、私に公務を全て押し付ける気でしょう? その上、王太子夫妻のやらかしの後始末までさせられるなんて……体がいくつあっても足りませんわ。お断りいたします」
「お前が私の妻であることに変わりはないんだぞ!? 王家に尽くすのは当然のことだ!」
周囲の目も忘れてサディアスが叫ぶ。
「今すぐ正妃に戻ると言え! そうしなければどうなるか、お前なら分かるだろう!」
「……どうなるのかしら。私には皆目見当もつきませんわ」
「廃妃にしてやる。王家に従わない妃など不要だ」
「分かりましたわ。では、その方向で参りましょう」
「…………は?」
流石の彼女も、これには顔色を変えて縋り付いてくると思った。
だからアニュエラが一切の迷いもなく、廃妃を受け入れるとは想像もしていなかった。
「アニュエラは……本当にそれでいいのか? 私と夫婦ではいられなくなるんだぞ……」
「はい。赤の他人ですわね」
「たに……」
「……一つお聞きしますけど、あなたの妻で居続けることで何か旨みがありますの?」
勿論、嫌みも含まれているのだろう。けれどアニュエラは、本気でそのことを疑問に思っているようだった。
少し前のサディアスなら、自身の長所をたくさん挙げていただろう。だが今は、何も浮かばない。
何を言ったところで、アニュエラにばっさりと切り捨てられる予感があった。
「息子が軽率なことを申して済まなかったな。こやつは、そなたの気を引きたかっただけなのだ」
国王が両者の間を取り持とうとしたが、既に遅かった。
「王太子とあろう御方が、そのような理由で廃妃という言葉を口になさったのですか? まあ怖い」
「単なる言葉の綾だ。だからそなたも、妙な意地を張らずに……」
「お気になさらずに。本当は自分から申し上げるつもりでしたから。サディアス様とは離縁させていただきますと」
そう明かしながら、アニュエラが会場内に目を配る。
驚いている者は誰もおらず、みんな平然とした様子だった。アニュエラの傍らにいるシェイルすらも。
「というわけです。私は他の招待客とお話がありますので、そろそろ失礼いたしますわ」
アニュエラはシェイルを引き連れてその場から離れた。すると、そのタイミングで招待客たちが二人を取り囲んだ。
皆、口々に祝福の言葉を述べる。事前に知らされていたのか、それとも察していたのか。いずれにせよ、誰もがアニュエラの廃妃を喜んでいた。
「ですから、正妃になるつもりはありませんと申したのです。お聞こえになりませんでしたか?」
首を傾げて確認するアニュエラに、サディアスは絶句する。それでもどうにか言葉を絞り出そうとするが、上手く思考が纏まらない。
「な……どういう……」
「どういうことだ、アニュエラ!」
サディアスの言葉を継いだのは国王だった。怒りの形相でアニュエラへと詰め寄る。
その怒号に、賑やかだった会場が水を打ったように静まり返った。
「帰国次第、そなたを正妃に戻す手はずだったのを忘れたのか?」
「ええ。そのようなお手紙を何通もいただきましたわね」
「そなたも喜んでいたではないか……!」
「ですが、そのお話をお引き受けするとは一文も書いておりません。嘘だと仰るのなら、是非今まで私が送った手紙を読み返してくださいませ」
アニュエラの言葉に、国王は歯噛みをする。
確かにそのような文章はなかった。勝手にアニュエラが承諾したと思って舞い上がっていたのは、自分たちの方だ。
「な、何故だ……? 正妃に戻れるのだぞ? こんな名誉なことなどないではないか」
「名誉? そうですわね……そんなもののために、馬車馬のように働かされるのはごめんですわ」
アニュエラは扇で口元を隠しながら、目を細めた。
「どうせ、私に公務を全て押し付ける気でしょう? その上、王太子夫妻のやらかしの後始末までさせられるなんて……体がいくつあっても足りませんわ。お断りいたします」
「お前が私の妻であることに変わりはないんだぞ!? 王家に尽くすのは当然のことだ!」
周囲の目も忘れてサディアスが叫ぶ。
「今すぐ正妃に戻ると言え! そうしなければどうなるか、お前なら分かるだろう!」
「……どうなるのかしら。私には皆目見当もつきませんわ」
「廃妃にしてやる。王家に従わない妃など不要だ」
「分かりましたわ。では、その方向で参りましょう」
「…………は?」
流石の彼女も、これには顔色を変えて縋り付いてくると思った。
だからアニュエラが一切の迷いもなく、廃妃を受け入れるとは想像もしていなかった。
「アニュエラは……本当にそれでいいのか? 私と夫婦ではいられなくなるんだぞ……」
「はい。赤の他人ですわね」
「たに……」
「……一つお聞きしますけど、あなたの妻で居続けることで何か旨みがありますの?」
勿論、嫌みも含まれているのだろう。けれどアニュエラは、本気でそのことを疑問に思っているようだった。
少し前のサディアスなら、自身の長所をたくさん挙げていただろう。だが今は、何も浮かばない。
何を言ったところで、アニュエラにばっさりと切り捨てられる予感があった。
「息子が軽率なことを申して済まなかったな。こやつは、そなたの気を引きたかっただけなのだ」
国王が両者の間を取り持とうとしたが、既に遅かった。
「王太子とあろう御方が、そのような理由で廃妃という言葉を口になさったのですか? まあ怖い」
「単なる言葉の綾だ。だからそなたも、妙な意地を張らずに……」
「お気になさらずに。本当は自分から申し上げるつもりでしたから。サディアス様とは離縁させていただきますと」
そう明かしながら、アニュエラが会場内に目を配る。
驚いている者は誰もおらず、みんな平然とした様子だった。アニュエラの傍らにいるシェイルすらも。
「というわけです。私は他の招待客とお話がありますので、そろそろ失礼いたしますわ」
アニュエラはシェイルを引き連れてその場から離れた。すると、そのタイミングで招待客たちが二人を取り囲んだ。
皆、口々に祝福の言葉を述べる。事前に知らされていたのか、それとも察していたのか。いずれにせよ、誰もがアニュエラの廃妃を喜んでいた。
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