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王太子の手綱
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「あのご令嬢が殿下に気がある? ご冗談を。あの方には、既に婚約者がいらっしゃいます」
「婚約者と言っても、親が決めた相手だろう? 君はあの目を見ていないから、そのようなことが言えるんだ」
「殿下がどのように思われようと構いませんが、高位貴族同士のご婚約です。あなたが妙なことをなさって破談になったら、王家への信用が下がりますよ。そのことをお忘れなきよう」
冷ややかな声での忠告に、サディアスは歯噛みをする。
反論しようがなかったからだ。そして同時に、自身の浅はかさを恥じていた。
目が合った。微笑みかけられた。贈り物や手紙を貰った。
そういった小さな理由で、相手が自分に想いを寄せているのではと妄想してしまう。
幼い頃からの、どうしようもない欠点だ。
両親に諫められると正常な思考を取り戻せるが、過去に大きな騒動を引き起こしたこともある。
まだ十歳に満たない頃の話である。
とある伯爵家の令嬢に言い寄った際、彼女の婚約者と口論となったのだ。
そしてサディアスの妄言に激昂した婚約者に、殴り飛ばされた。
どちらに非があるのは、誰の目にも明らかだった。
だが王太子というだけで、サディアスは許された。いや水面下では国王が動いていたようだが、とにかく厳しい処分は免れた。
暴力を振るった子息は、そうもいかなかった。
婚約は破談となり、暫くは白い目で見られる羽目になった。
この時ばかりは、サディアスも猛省した。そして二度と同じ過ちは繰り返さないと誓ったが、繰り返していた。
そんな王太子の悪癖が治ったのは、アニュエラが王宮にやって来てからだ。
彼女は、常にサディアスの心を予測して動いていた。
サディアスが令嬢と何らかの接触を図ったあとは、必ずと言っていいほど釘を刺す。
その甲斐あって、サディアスが女性関係で問題を一切起こすことはなくなった。
なので、矯正出来たと誰もが思い込んでいた。
国王と王妃がアニュエラを側妃に置いたのは、その功績を高く評価していた点が大きい。
そしてミリアを正妃に迎え、暫く経ってからも大人しくしていたサディアスだが、残念ながら再発してしまった。それも最悪な形で。
いや、そもそも矯正されたわけではなかった。
単に、アニュエラが王太子の手綱を握るのに長けていただけだった。
サディアスには謹慎が言い渡された。
本人は「私がいなくなったら、誰が公務を行うのだ」と不満そうだったが、問題を起こした王太子を自由にさせておけば批判が集まる。
現に、今回の件で貴族の中にはサディアスに失望する声も多い。当分の間は、表舞台から姿を消してもらう他なかった。
張り詰めた空気漂う王宮の中で、常と変わらない様子で過ごす人物が二人。
「ふふ。たまには、こういう本を読むのも悪くないわね」
一人はアニュエラだ。
ここのところ読書に没頭している彼女は、今日も図書室でお目当ての本を借りている。
「ごめんなさい。今日は頭が痛くて……集中出来そうにありませんの。お休みさせていただきますわ」
そしてもう一人はミリア。
サディアスとの約束もすっかり忘れて、妃教育をサボタージュしていた。
「婚約者と言っても、親が決めた相手だろう? 君はあの目を見ていないから、そのようなことが言えるんだ」
「殿下がどのように思われようと構いませんが、高位貴族同士のご婚約です。あなたが妙なことをなさって破談になったら、王家への信用が下がりますよ。そのことをお忘れなきよう」
冷ややかな声での忠告に、サディアスは歯噛みをする。
反論しようがなかったからだ。そして同時に、自身の浅はかさを恥じていた。
目が合った。微笑みかけられた。贈り物や手紙を貰った。
そういった小さな理由で、相手が自分に想いを寄せているのではと妄想してしまう。
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だが王太子というだけで、サディアスは許された。いや水面下では国王が動いていたようだが、とにかく厳しい処分は免れた。
暴力を振るった子息は、そうもいかなかった。
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そんな王太子の悪癖が治ったのは、アニュエラが王宮にやって来てからだ。
彼女は、常にサディアスの心を予測して動いていた。
サディアスが令嬢と何らかの接触を図ったあとは、必ずと言っていいほど釘を刺す。
その甲斐あって、サディアスが女性関係で問題を一切起こすことはなくなった。
なので、矯正出来たと誰もが思い込んでいた。
国王と王妃がアニュエラを側妃に置いたのは、その功績を高く評価していた点が大きい。
そしてミリアを正妃に迎え、暫く経ってからも大人しくしていたサディアスだが、残念ながら再発してしまった。それも最悪な形で。
いや、そもそも矯正されたわけではなかった。
単に、アニュエラが王太子の手綱を握るのに長けていただけだった。
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本人は「私がいなくなったら、誰が公務を行うのだ」と不満そうだったが、問題を起こした王太子を自由にさせておけば批判が集まる。
現に、今回の件で貴族の中にはサディアスに失望する声も多い。当分の間は、表舞台から姿を消してもらう他なかった。
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「ふふ。たまには、こういう本を読むのも悪くないわね」
一人はアニュエラだ。
ここのところ読書に没頭している彼女は、今日も図書室でお目当ての本を借りている。
「ごめんなさい。今日は頭が痛くて……集中出来そうにありませんの。お休みさせていただきますわ」
そしてもう一人はミリア。
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