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全ての始まり2
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全ての始まりは、今から半年前。
サディアス王太子と侯爵令嬢アニュエラの結婚式が目前まで迫っていた時期だった。
「アニュエラ、君を正妃にするわけにはいかなくなった」
サディアスの第一声はそれだった。
その隣では、見知らぬ銀髪の少女が微笑んでいる。肩や胸元を大きく露出した赤いドレスと、甘やかな香水の香り。
「紹介しよう。彼女はミリアだ」
どこの娼婦を連れてきたのかと、アニュエラは訝しんだ。
しかし、黙って話を聞いてみれば、彼女はノーフォース公爵家の令嬢らしい。
この国で数少ない公爵家だけあって、絶大な権力を誇る。あらゆる意味で、この国において最も注目を受けている貴族と言えよう。
「お初にお目にかかりますわ、アニュエラ様」
ミリアが微笑を浮かべながら、優雅なカーテシーを披露する。
アニュエラも挨拶をしようとすると、サディアスがこんなことを訊いてきた。
「彼女をどう思う?」
「と仰いますと?」
「これほどまでに見目麗しく、品の良い令嬢もいないだろう。将来の国母に相応しいとは思わないか?」
「はい?」
段々と話が読めてきた。だが、だからこそ「意味が分からない」と、アニュエラは眉を顰める。
その様子を見たサディアスは、まるで見せつけるようにしてミリアの腰に手を回した。
「彼女を正妃に迎えようと思うんだ」
「……何故そのようなお考えに至ったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ノーフォース公爵家から多額の援助金を受けたのさ。我が王家は去年の水害で、大きな痛手を被っている。ところが、どこぞの侯爵家は娘が王太子妃になるというのに、王家の助けになろうとしなかった。君はどう思う?」
「まあ、不義理な家ですわね」
「……だろう? 父上と母上もこのことを重く捉え、文官たちの間でもミリアを正妃にしようという動きが出ている」
嫌みをあっさりと受け流したアニュエラに、王太子は得意気な様子で語り続ける。
その間、アニュエラは今後のことを考えていた。王太子妃でなくなるというのは、実家に戻れるわけだ。そうすれば、自由に動ける時間が増える。
悪い話ではないように思えた。
「分かりましたわ。それでは、私は早急に荷物を纏めさせていただきます」
「いや、その必要はない」
「どういうことですの? 妃はミリア様になるのでしょう?」
「それはあくまで正妃の話だ。君には側妃になってもらう」
「…………はぁ」
当然のように言われ、気の抜けたような声が出た。
「一つお聞きしますが、ミリア様は何かご病気をお持ちなのですか?」
「そんなわけないだろう。彼女は至って健康だ!」
「でしたら、何故側妃を置く必要があるのです。まさか、権力を誇示する目的などと仰いませんわよね?」
「そのつもりだが」
だからどうした、とサディアスは腕を組んで首肯する。
「正妃、側妃ともに国内有数の高位貴族の出身。王家、いやこの私がレシリア王国の権力を掌握しているとアピール出来る」
「そのようなことをなさったら、民衆からの反感を買いますわよ」
「所詮はただのやっかみだ。好きに言わせておけばいい」
「…………」
国王や王妃も、アニュエラと同じ懸念を抱くだろう。
お二人がサディアスを説得してくだされば。そんな淡い期待は無残にも打ち砕かれた。
サディアスはミリアを正妃に迎えることを受け入れながらも、一方で「アニュエラを愛している。彼女を手放したくない」と涙ながらに訴えたらしい。
五年間という長い婚約期間の中、二人で過ごした時間など殆どなかったというのに。
しかし一人息子を溺愛している両陛下は、そんな白々しい嘘を真に受けた。
そしてサディアスとアニュエラの結婚式は中止となり、その数ヶ月後ミリアを新婦に置き換えて執り行われた。
側妃の座を押し付けられたアニュエラは、王宮の片隅でひっそりと暮らしていた。
サディアスとの結婚は、元々政治的な意味合いが強かった。
あの男がこちらに無関心であるように、アニュエラも彼に何も感じてはいない。
人生設計が大きく狂ってしまったが、静かに生きるのもまあ悪くない。そう思い始めた頃だった。
あの王太子の発言を、偶然聞いてしまったのは。
サディアス王太子と侯爵令嬢アニュエラの結婚式が目前まで迫っていた時期だった。
「アニュエラ、君を正妃にするわけにはいかなくなった」
サディアスの第一声はそれだった。
その隣では、見知らぬ銀髪の少女が微笑んでいる。肩や胸元を大きく露出した赤いドレスと、甘やかな香水の香り。
「紹介しよう。彼女はミリアだ」
どこの娼婦を連れてきたのかと、アニュエラは訝しんだ。
しかし、黙って話を聞いてみれば、彼女はノーフォース公爵家の令嬢らしい。
この国で数少ない公爵家だけあって、絶大な権力を誇る。あらゆる意味で、この国において最も注目を受けている貴族と言えよう。
「お初にお目にかかりますわ、アニュエラ様」
ミリアが微笑を浮かべながら、優雅なカーテシーを披露する。
アニュエラも挨拶をしようとすると、サディアスがこんなことを訊いてきた。
「彼女をどう思う?」
「と仰いますと?」
「これほどまでに見目麗しく、品の良い令嬢もいないだろう。将来の国母に相応しいとは思わないか?」
「はい?」
段々と話が読めてきた。だが、だからこそ「意味が分からない」と、アニュエラは眉を顰める。
その様子を見たサディアスは、まるで見せつけるようにしてミリアの腰に手を回した。
「彼女を正妃に迎えようと思うんだ」
「……何故そのようなお考えに至ったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ノーフォース公爵家から多額の援助金を受けたのさ。我が王家は去年の水害で、大きな痛手を被っている。ところが、どこぞの侯爵家は娘が王太子妃になるというのに、王家の助けになろうとしなかった。君はどう思う?」
「まあ、不義理な家ですわね」
「……だろう? 父上と母上もこのことを重く捉え、文官たちの間でもミリアを正妃にしようという動きが出ている」
嫌みをあっさりと受け流したアニュエラに、王太子は得意気な様子で語り続ける。
その間、アニュエラは今後のことを考えていた。王太子妃でなくなるというのは、実家に戻れるわけだ。そうすれば、自由に動ける時間が増える。
悪い話ではないように思えた。
「分かりましたわ。それでは、私は早急に荷物を纏めさせていただきます」
「いや、その必要はない」
「どういうことですの? 妃はミリア様になるのでしょう?」
「それはあくまで正妃の話だ。君には側妃になってもらう」
「…………はぁ」
当然のように言われ、気の抜けたような声が出た。
「一つお聞きしますが、ミリア様は何かご病気をお持ちなのですか?」
「そんなわけないだろう。彼女は至って健康だ!」
「でしたら、何故側妃を置く必要があるのです。まさか、権力を誇示する目的などと仰いませんわよね?」
「そのつもりだが」
だからどうした、とサディアスは腕を組んで首肯する。
「正妃、側妃ともに国内有数の高位貴族の出身。王家、いやこの私がレシリア王国の権力を掌握しているとアピール出来る」
「そのようなことをなさったら、民衆からの反感を買いますわよ」
「所詮はただのやっかみだ。好きに言わせておけばいい」
「…………」
国王や王妃も、アニュエラと同じ懸念を抱くだろう。
お二人がサディアスを説得してくだされば。そんな淡い期待は無残にも打ち砕かれた。
サディアスはミリアを正妃に迎えることを受け入れながらも、一方で「アニュエラを愛している。彼女を手放したくない」と涙ながらに訴えたらしい。
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しかし一人息子を溺愛している両陛下は、そんな白々しい嘘を真に受けた。
そしてサディアスとアニュエラの結婚式は中止となり、その数ヶ月後ミリアを新婦に置き換えて執り行われた。
側妃の座を押し付けられたアニュエラは、王宮の片隅でひっそりと暮らしていた。
サディアスとの結婚は、元々政治的な意味合いが強かった。
あの男がこちらに無関心であるように、アニュエラも彼に何も感じてはいない。
人生設計が大きく狂ってしまったが、静かに生きるのもまあ悪くない。そう思い始めた頃だった。
あの王太子の発言を、偶然聞いてしまったのは。
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