上 下
3 / 16

3.新婚生活

しおりを挟む
 レイラとの新婚生活は多忙の日々だった。
 まずは、父から任される仕事が多くなった。家督を継いだ後は、私一人で全てこなさなければならない。その予行練習のようなものだ。

「父上。昨夜の雨で川が増水して、危険な状態にあると報告がありました。如何なさいますか?」
「ふむ……では、直ちに水魔法の使い手を手配しておけ」
「分かりました」

 私が目を通している書類は、ロイジェ領の魔法師をリストアップしたものだ。
 魔法師にも個人差があり、たとえば水魔法が使えると言っても、少量の水しか生み出せないような者もいる。
 だが、父が十数年間かけて集めた魔法師は、皆優秀な人材ばかりだ。どのような不測の事態が起きても、速やかに対処できる。

 レイラを連れて、領内を視察することも増えた。
 魔法の力で守られているロイジェ領はとても平和で、活気に満ち溢れている。
 だが、一ヶ所例外がある。……病院だ。

「ああ……このようなところにお越しくださり、感謝いたします」

 医師や看護師は、目を潤ませながら深々と頭を下げた。
 彼らの目の下には青黒いクマができており、顔色も悪い。
 日夜患者のために尽力している立派な証だ。

「レイラ、頼む」
「はい、お任せください。先生、病室まで案内していただけますか?」

 レイラの言葉に、医師は大きく頷いて「こちらです」と廊下を歩き始めた。
 待ち合い室は閑散としていて、重苦しい静寂に包まれている。
 病院を訪れるのは、重い症状で苦しむ患者ばかりだ。日常生活をまともに送れなくなり、看護師たちに世話をしてもらうためである。

 薬?
 そんな貴重なもの、平民向けの病院に置いているわけがない。
 常備しているとしても、高額なのでおいそれと手が出せる代物ではなかった。

 マーディニア王わたしたちの国の医療技術は低い。
 かつて起こった大戦で、医療関係者も動員させられたことが主な原因だ。しかも多くの薬学書が焚書となった。
 当時の国王は、光魔法を使える者がいれば問題はないと楽観視して、医者や薬師を志すことを禁じた。そして兵士になるように強制したのである。

 その結果がこれだ。

 大戦には勝利したものの、その代償は大きかった。
 今でも医薬品は、他国からの輸入頼りである。
 薬学技術を復活させようとする動きもあるようだが、失われたテクノロジーを蘇らせるのは困難だ。

 それに裕福な人々は、当たり前の医療を受けられる。
 なので現状に不満がなかった。私もその一人だ。
 そんなことに目を向けている暇があったら、魔法を利用した鉄鋼技術や農学技術に力を入れたほうが、マーディニア王国のためになる。
 要は、大きな怪我や病気をしなければいいだけの話だ。

「おお……ロイジェ公爵夫人様だ」
「光魔法をお使いになるのですよね? お願いします……どうか息子を助けてください!」
「よかった……これで俺は助かるんだな……」

 病室にやって来たレイラに、患者やその家族が安堵の笑みを浮かべる。中には骸骨のように痩せ細った者もいた。
 彼らを見回して、レイラは悲しそうに眉を寄せていたが、すぐに表情を引き締める。

「ご安心ください、皆様。今、私の魔法で苦しみや痛みを取り除きます」

 凛々しい顔で宣言して、患者一人一人に光魔法をかけていく。
 彼らは癒しの光を浴びると、目を見張りながら自分の体を見下ろした。

「す、すごい。痛みがなくなった……」
「息を吸ったり吐いたりしても、胸の辺りが痛くない!」
「これが光魔法……何て偉大な力だ……」
「死ぬのを待つだけだと思っていたのに……ありがとうございます……!」

 顔色のよくなった患者たちが、レイラに感謝の意を述べる。
 病気が治ったと言っても、日常生活に戻るためには時間がかかるだろう。
 こんな人々に妻の魔法を使うなんて、正直勿体ない。
 だが、レイラ及びロイジェ公爵家を神格化させるには、一番手っ取り早い方法だった。
 私たち貴族が民たちに求めるのは、税金と忠誠心だ。

 帰りの馬車の中で、レイラは欠伸を噛み殺しながら、私に寄りかかっていた。
 香水の甘い香りに混じる仄かな体臭が、情欲を刺激する。
 婚姻を結んでからも、レイラと体を重ねる頻度は少なかった。
 私はごくりと生唾を飲み込んでから、口を開いた。

「レイラ……今晩いいだろうか?」
「……ええ。あなたのお母様も、『早く跡継ぎの顔が見たい』と仰っていましたからね」
「母上……」
「それに……私もあなたが欲しいです」

 両手をぴったりと合わせながら、熱っぽい眼差しを向けてくるレイラ。
 もしかすると、最初から私を煽るために体を密着させていたのかもしれない。
 そのいじらしさに、思わず頬が緩む。

 きっと、アンリと結婚していたら、ここまでそそられることはなかっただろう。
 彼女を娶った男爵子息が、ちゃんと彼女を愛せているか気になる。

 レスター男爵家の嫡男シリル。
 父曰く、特に秀でた才能もない平凡な青年だという。

 それに比べて、私は王都学園を次席で卒業しているし、水魔法と土魔法を使うことができる。
 しかも自分で言うのも何だが、整った容姿をしているので異性から人気があった。どうでもいい話だが。

 アンリの元婚約者として、一度シリルに会ってみたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】思い込みの激しい方ですね

仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。 私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。 家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか? タウンハウスが小さいからでしょうか? うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。 それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。 この方、大丈夫なのでしょうか? ※HOT最高4位!ありがとうございます!

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

愛を乞うても

豆狸
恋愛
愛を乞うても、どんなに乞うても、私は愛されることはありませんでした。 父にも母にも婚約者にも、そして生まれて初めて恋した人にも。 だから、私は──

あなたの子ではありません。

沙耶
恋愛
公爵令嬢アナスタシアは王太子セドリックと結婚したが、彼に愛人がいることを初夜に知ってしまう。 セドリックを愛していたアナスタシアは衝撃を受けるが、セドリックはアナスタシアにさらに追い打ちをかけた。 「子は要らない」 そう話したセドリックは避妊薬を飲みアナスタシアとの初夜を終えた。 それ以降、彼は愛人と過ごしておりアナスタシアのところには一切来ない。 そのまま二年の時が過ぎ、セドリックと愛人の間に子供が出来たと伝えられたアナスタシアは、子も産めない私はいつまで王太子妃としているのだろうと考え始めた。 離縁を決意したアナスタシアはセドリックに伝えるが、何故か怒ったセドリックにアナスタシアは無理矢理抱かれてしまう。 しかし翌日、離縁は成立された。 アナスタシアは離縁後母方の領地で静かに過ごしていたが、しばらくして妊娠が発覚する。 セドリックと過ごした、あの夜の子だった。

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

処理中です...