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過去②(ラクール公爵Side)
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「だが、ダミアンを廃嫡するというのは……」
ラクール公爵は苦り切った表情で口ごもった。
まだ十一歳のダミアンを家から追い出すほど非情にはなれない。たった一人の息子をどうにか救えないだろうか。必死に考えを巡らせる。
「そうだ、今よりもっと優秀な家庭教師を雇おう。給金も今より上げて、数人ほど雇用して……」
「我が家の金を湯水のように使うことは、この私が許しません」
無理矢理捻りだした案を、一刀両断に切り捨てられる。オデットの夫を見る目は鋭い。
「では、どうするというのだ。親族の中から優秀な者を見繕って、養子として迎えるつもりか?」
「それは私も考えましたが、却下です。そんな人がいないことは、あなたも分かっているでしょう?」
「そうだな……」
妻の問いに反論できず、目の前の問題から逃げるように天井を仰ぐ。
親族の多くは公爵家の権力を掌中に収めようとする野心の持ち主ばかりだ。
だが、それだけだ。権力欲と実力が釣り合っていない。
庶民からの評判が悪い者もいる。貴族にとって最も恐ろしいのは、同じ貴族でも王家でもなく、民衆だ。それを理解せず改めようとしない人間に、公爵家の舵取りなど任せられるものか。
それはダミアンも同じのことなのだが……
「私もダミアンに対する情はあります。あの子を廃嫡しようとは思っていません。今のところは」
「い、今のところは?」
最後に付け加えられた一言が、ラクール公爵の不安を煽る。
「ダミアンの妻となる女性に、この家の実権を一任しましょう。勿論、ただ押し付けるというわけではありません。使用人総出でサポートし、向こうの条件も出来る限り呑むのです」
「しかしそれでは、ダミアンの立場がないではないか」
「『あんな子供に将来仕えるくらいなら辞めてやる』と使用人たちが不満を抱いていることはご存じですか?」
「…………」
ラクール公爵は何も言い返せず、苦い表情で項垂れるしかなかった。
そしてダミアンの婚約者として選ばれたのがアリシアだった。
貴族学園に入学する前から優秀と噂されていた彼女は、縁談をすんなり了承した。
ただし、一つだけ条件があった。
「このお話喜んでお引き受けいたします。ですが、もし、万が一ダミアン様が他の女性に心移りなさった時は、すぐさま離縁させていただきます。そして、慰謝料もしっかりお支払いください」
アリシアには確信があったのだろう。奔放な性格のダミアンは間違いなく浮気をする、と。
ラクール公爵が答えに窮して唸っている横で、オデットは意外な一言を放った。
「いいえ、その時は私たちが息子を見限る時です」
「え?」
「誰のおかげで廃嫡を免れたのか、それすらも理解せず不貞を働くというのなら、私たちも匙を投げるまでです。そうでしょう?」
オデットに話を振られてラクール公爵は無言で頷く。
これがダミアンにとって、最後のチャンスだった。
「そうなれば、ダミアンは頃合いを見てラクール公爵家から追放します。そしてアリシア様、あなたを養子として迎えようと思うの。あなたにとって悪い話ではないと思うのだけれど、どうかしら?」
お荷物の夫と引き換えに、公爵家の籍を手に入れる。アリシアにとっても魅力的な提案だったのだろう。聡明な令嬢は二つ返事で応じた。
結局、ダミアンはアリシアとの結婚間近に貴族学園でポーラと出会い、恋に落ちた。
さらには、彼女を正妻にすると言い出す始末。
この時点で、ダミアンの行く末は決まったも同然だった。
ラクール公爵は苦り切った表情で口ごもった。
まだ十一歳のダミアンを家から追い出すほど非情にはなれない。たった一人の息子をどうにか救えないだろうか。必死に考えを巡らせる。
「そうだ、今よりもっと優秀な家庭教師を雇おう。給金も今より上げて、数人ほど雇用して……」
「我が家の金を湯水のように使うことは、この私が許しません」
無理矢理捻りだした案を、一刀両断に切り捨てられる。オデットの夫を見る目は鋭い。
「では、どうするというのだ。親族の中から優秀な者を見繕って、養子として迎えるつもりか?」
「それは私も考えましたが、却下です。そんな人がいないことは、あなたも分かっているでしょう?」
「そうだな……」
妻の問いに反論できず、目の前の問題から逃げるように天井を仰ぐ。
親族の多くは公爵家の権力を掌中に収めようとする野心の持ち主ばかりだ。
だが、それだけだ。権力欲と実力が釣り合っていない。
庶民からの評判が悪い者もいる。貴族にとって最も恐ろしいのは、同じ貴族でも王家でもなく、民衆だ。それを理解せず改めようとしない人間に、公爵家の舵取りなど任せられるものか。
それはダミアンも同じのことなのだが……
「私もダミアンに対する情はあります。あの子を廃嫡しようとは思っていません。今のところは」
「い、今のところは?」
最後に付け加えられた一言が、ラクール公爵の不安を煽る。
「ダミアンの妻となる女性に、この家の実権を一任しましょう。勿論、ただ押し付けるというわけではありません。使用人総出でサポートし、向こうの条件も出来る限り呑むのです」
「しかしそれでは、ダミアンの立場がないではないか」
「『あんな子供に将来仕えるくらいなら辞めてやる』と使用人たちが不満を抱いていることはご存じですか?」
「…………」
ラクール公爵は何も言い返せず、苦い表情で項垂れるしかなかった。
そしてダミアンの婚約者として選ばれたのがアリシアだった。
貴族学園に入学する前から優秀と噂されていた彼女は、縁談をすんなり了承した。
ただし、一つだけ条件があった。
「このお話喜んでお引き受けいたします。ですが、もし、万が一ダミアン様が他の女性に心移りなさった時は、すぐさま離縁させていただきます。そして、慰謝料もしっかりお支払いください」
アリシアには確信があったのだろう。奔放な性格のダミアンは間違いなく浮気をする、と。
ラクール公爵が答えに窮して唸っている横で、オデットは意外な一言を放った。
「いいえ、その時は私たちが息子を見限る時です」
「え?」
「誰のおかげで廃嫡を免れたのか、それすらも理解せず不貞を働くというのなら、私たちも匙を投げるまでです。そうでしょう?」
オデットに話を振られてラクール公爵は無言で頷く。
これがダミアンにとって、最後のチャンスだった。
「そうなれば、ダミアンは頃合いを見てラクール公爵家から追放します。そしてアリシア様、あなたを養子として迎えようと思うの。あなたにとって悪い話ではないと思うのだけれど、どうかしら?」
お荷物の夫と引き換えに、公爵家の籍を手に入れる。アリシアにとっても魅力的な提案だったのだろう。聡明な令嬢は二つ返事で応じた。
結局、ダミアンはアリシアとの結婚間近に貴族学園でポーラと出会い、恋に落ちた。
さらには、彼女を正妻にすると言い出す始末。
この時点で、ダミアンの行く末は決まったも同然だった。
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