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「大丈夫ですよぉ、リュカ様~。ブリュエット様に冷たくされても私が慰めてあげますから。だって私、『正妃』ですし!」

 何も知らないエーヴが、頭の悪いことを言っている。この女は自分が正妃になれると、本気で思っているのだろうか……。

「エ、エーヴ、そのことで話があるんだが……」
「でもお妃様になれるなんて夢みたい! 綺麗なドレスやアクセサリーをたくさん欲しがっても、誰にも怒られないんですよね?」

 顔を近づけて甘い声で尋ねられ、リュカはごくり、と唾を呑み込んだ。
 エーヴそのものは軽視しているが、この美しさには敵わない。まだ未成年のため手は出せないが、成人すれば毎日抱き潰してベッドからは出してやれないだろう。
 そうなれば公務にも支障をきたす。やはりエーヴは側妃にしておくべきなのだが……。

(まあいい。結婚式を挙げるのはまだ先の話だ。どうせその頃になれば、ブリュエットも自分の立場を理解するはずだ……)

 自分にそう言い聞かせて、リュカはエーヴを抱き締めて彼女のうなじに顔を埋める。エーヴが愛用している香水は甘ったるい香りで、ブリュエットの清潔感のある香りとは正反対だった。



 エーヴが王宮から去った後、リュカは机に筆記用具を並べていた。貴族学園には王族の人間も通っており、彼らだけが特別扱いされているわけではない。当然授業を受けることが義務づけられており、課題もある。いつものことながら面倒だ。

(だが、今日はブリュエットがいないから快適だな)

 好き勝手にやる、と宣言して自室に閉じ籠ったきり、勉学の時間になっても姿を見せようとしない。リュカにとってはありがたい話だった。
 少しでも休憩しようとすると「始めたばかりでしょう」、リュカが多国語を訳した文章を読むと「これでは攻撃的な内容に受け取られてしまいます」とうるさいのだ。
 先に終わらせたブリュエットのプリントを盗み見ようとすれば、裏返しにされてしまう。

 そんな息が詰まるような時間を過ごさずに済む。
 上機嫌になりながら課題を取り出し、そこにペンを走らせる。学年トップクラスの成績を誇るリュカにとって、これらの問題はあまりにも簡単だ。
 鼻歌を歌いつつ進めていき、いつもの半分の時間で終わってしまった。

「おい! 机の上を片づけておけ!」
「か、かしこまりました」

 メイドに片づけを命じても、「そのくらいご自分でおやりなさい」と言われもしない。
 そう考えると、ブリュエットを遠ざけたのは正解だったのかもしれない。

 結果よければ全てよしとはこのことか。
 リュカは解放感に包まれながら、厨房へ向かった。小腹が空いたので何を作らせるようと思うのだ。
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