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6.私の選択

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 涼やかな声が私の耳に届く。
 背後を振り向くと、そこにはさっき私を『お菓子姫』と可愛い名前で呼んでくれた人がいた。
 彼はゆっくりとこちらに歩いて来ると私の隣に立ち、演壇にいるライネック様を見上げた。

「……あなたは先程の」
「覚えてもらえて光栄。それで返事は? 君の屋敷、別に人不足ってわけではなかったと思うけど」

 忌々しそうに顔を歪めるライネック様に対して、男の人は緩やかな笑みを絶やさない。
 突然現れた闖入者にホール内がざわついても、本人は動じる様子を見せずにいる。
 そんな彼をリリィ様が怪訝そうに見詰めていた。

「あなた、どこかで見たことがあるような……」
「カスタネアは俺の元婚約者だ。どこの誰かも分からない男に、彼女を渡すわけにはいかない」

 リリィ様の呟きを遮るように、ライネック様が強い口調で言い放つ。
 私はその言葉に安堵に近い感情を覚えた。こんな私をライネック様はまだ大事にしてくれていると感じたからだ。
 けれど男の人は引き下がるどころか、目を細めて挑発するように言葉を返した。

「誰か分かればいいのかな。だったら、はい自己紹介。僕はミリティリア帝国で商人をやっているファリス公シリルって言うんだ。この国じゃ全然知られていないと思うけど」

 彼がそう名乗った途端、ライネック様とリリィ様は顔を引き攣らせた。周りの貴族たちもさっと顔色を変える。
 私もそんな大物が隣にいることに驚き、息を呑んだ。

 ミリティリア帝国と言えばファリス商会の本店がある大国。
 ファリス商会は飲食、服飾、工芸、出版とあらゆる分野に進出して成功を収めている世界的に有名な商会。この国にも支店がいくつかある。
 その現会長であり、公爵の地位に就く人物がファリス公シリル。噂だと皇帝に匹敵する権力を持っているのだとか……。

「道理でお会いしたことがあると思いましたわ。ファリス公もパーティーに参加していらしたのね」
「うん、スカウトしに来たんだ。この子をね」

 リリィ様からのきらきらした眼差しを受けながら、ファリス公は私の肩に手を置いた。

「実は近々、ミリティリアで菓子店をオープンさせたいと思ってるんだけど、それには優秀な菓子職人が必要でしょ? 一級品の腕前を持つフリーの菓子職人はいないかなーって探していたら、カスタネアってお菓子姫がいることを知ったんだ」
「……カスタネアはうちの使用人だ。フリーであるものか」
「フリーでしょ。彼女がその話に頷いていない今なら。僕にはスカウトする権利がある」

 ファリス公に冷静な声音で言い返され、ライネック様は私を睨んだ。わ、私何も悪くないのに……。

「カスタネア、お前にはこの国を出てファリス商会の下で働くなんて無理だ。きっとすぐに弱音を吐いて辞めたいと言い出すに決まっている」
「始める前から決め付けたら、この子が可哀想だよ。何事もチャレンジが大事だと思わない?」
「今日初めてカスタネアと会ったばかりの君に何が分かる!」
「分かるよ。この子は立派な大物になる」

 ライネック様とファリス公の言い争いが始まってしまった。と言っても熱くなっているのはライネック様だけで、ファリス公はこのやり取りを楽しんでいるようにも見える。

 どうしよう。私はまだ自分の気持ちを伝えられずにいる。
 ううん、どうしたいのか私自身でも決められずにいる。
 だけど、私の居場所を作ってくれたライネック様に尽くさなければいけないと思う。私にはその義務があるもの。

 ライネック様の婚約者じゃなくなるだけで、することは今までと変わらない。
 お菓子をいっぱい作って、仕事を手伝って……。
 ………………。

「わ、私……」

 勝手に口が開く。ファリス公が私を見る。優しい目をしている。

「私、あなたの下でお菓子……作りたいです……」

 私はファリス公をじっと見据え、そう告げていた。
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