厳しい婚約者から逃げて他国で働いていたら、婚約者が追いかけて来ました。どうして?

火野村志紀

文字の大きさ
上 下
5 / 21

5.僕にちょうだい

しおりを挟む
 貴族たちが一斉に拍手をしたり、「おめでとうございます!」と歓声を上げる。まるで自分のことのように喜ぶ人ばかり。
 拍手も出来なくて、声も出せずにいるのは私くらいだ。

 疲れ過ぎて悪い夢でも見ているのかもしれない。
 ついさっきまで私の婚約者だった人が、この国のお姫様と婚約したと発表した。
 信じられない。
 信じたくない。
 夢なら早く覚めて。

「リリィ殿下とルビス卿が結婚なんてめでたい話だ。美男美女カップルの誕生だな!」
「あれ? だけど、ルビス卿ってもう婚約者がいたんじゃなかったか?」
「あ、あそこで突っ立ってる女のことだろ。……ありゃあ、駄目だ。ルビス卿の慈悲で婚約者に迎えられた平民のくせに、勉強もせずルビス卿の仕事もろくに手伝わないで、趣味の菓子作りばっかり楽しんでいるそうでな」
「その話なら私も聞きました。それで困ったルビス卿がリリィ様にご相談なさっていたとか!」

 私、足りていなかったんだ。自分では頑張っているつもりだったけれど、足りなかった。
 もっと完璧にお菓子を作って、たくさん勉強して、ライネック様の仕事を手伝わないといけなかった。
 私はそれが出来なくて、だから困ったライネック様はリリィ様に相談して仲良くなったのかな。

 祝わないと。
 リリィ様にライネック様を取られたって思っちゃいけない。おめでとうございますって言わないと……。
 私が口を開こうとすると、ライネック様が私の方を見て優しく笑いかけてくれた。

「安心しろ、カスタネア。残念ながらお前は私の妻になるだけの器はなかったが、お前の作る菓子はリリィ様や王族からも評判がよくてな」
「え……?」

 そんな偉い方々に、私のお菓子を食べてもらったことなんてないのにどうして?
 目を丸くしていると、リリィ様が頬に手を当てながら口を開いた。

「ライネック様があなたの作ったお菓子を毎日わたくしに届けてくださっていたの。美味しいし見た目も綺麗だし……お父様やお母様、お兄様たちも喜んでいらっしゃるのよ」

 まさか、ライネック様が毎日三種類お菓子を作るように命じたのは……。
 ライネック様に視線を移すと、一瞬だけ冷たい表情を見せた。まるで余計なことを言うなと脅すように。だから何も言えずにいると、リリィ様が「だからね」と言葉を続けた。

「カスタネアさんにはたくさんお世話になったお礼に、婚約破棄後も屋敷に住まわせてあげてってライネック様に頼んだの」
「リリィ様に感謝するんだ、カスタネア。使用人としてだが、俺の屋敷にいられるぞ」
「あ、でも……お菓子もお願いね。貴族の皆さんにも食べてもらいたいから、以前より多めに作ってくれないかしら?」
「作れるだろう? カスタネア」

 婚約者ではなくなった私なんて、すぐにでも屋敷から追い出されてもおかしくないのに、使用人として置いてくださる。
 私に拒否権なんてない。ライネック様も、リリィ様も、周りのみんなも私が首を縦に振るのを待っている。
 けれど体が上手く動いてくれない。カラカラに乾いた喉からも声が出せない。

「……カスタネア」

 ライネック様のひんやりとした声に、ひゅっと変な息が口から漏れる。
 怒らないで、今すぐ返事をするから──。

「侯爵家の使用人にしてしまうなんて勿体ない。だったら、その子を僕にちょうだいよ」




しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

義妹が聖女を引き継ぎましたが無理だと思います

成行任世
恋愛
稀少な聖属性を持つ義妹が聖女の役も婚約者も引き継ぐ(奪う)というので聖女の祈りを義妹に託したら王都が壊滅の危機だそうですが、私はもう聖女ではないので知りません。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

婚約者が激怒した本当の理由は

andante
恋愛
悪評に対し、異常とも思える怒りを見せた婚約者。 その反応は名誉を貶められたことが原因なのか、真実を指摘したことが原因なのか――。

処理中です...