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5.僕にちょうだい
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貴族たちが一斉に拍手をしたり、「おめでとうございます!」と歓声を上げる。まるで自分のことのように喜ぶ人ばかり。
拍手も出来なくて、声も出せずにいるのは私くらいだ。
疲れ過ぎて悪い夢でも見ているのかもしれない。
ついさっきまで私の婚約者だった人が、この国のお姫様と婚約したと発表した。
信じられない。
信じたくない。
夢なら早く覚めて。
「リリィ殿下とルビス卿が結婚なんてめでたい話だ。美男美女カップルの誕生だな!」
「あれ? だけど、ルビス卿ってもう婚約者がいたんじゃなかったか?」
「あ、あそこで突っ立ってる女のことだろ。……ありゃあ、駄目だ。ルビス卿の慈悲で婚約者に迎えられた平民のくせに、勉強もせずルビス卿の仕事もろくに手伝わないで、趣味の菓子作りばっかり楽しんでいるそうでな」
「その話なら私も聞きました。それで困ったルビス卿がリリィ様にご相談なさっていたとか!」
私、足りていなかったんだ。自分では頑張っているつもりだったけれど、足りなかった。
もっと完璧にお菓子を作って、たくさん勉強して、ライネック様の仕事を手伝わないといけなかった。
私はそれが出来なくて、だから困ったライネック様はリリィ様に相談して仲良くなったのかな。
祝わないと。
リリィ様にライネック様を取られたって思っちゃいけない。おめでとうございますって言わないと……。
私が口を開こうとすると、ライネック様が私の方を見て優しく笑いかけてくれた。
「安心しろ、カスタネア。残念ながらお前は私の妻になるだけの器はなかったが、お前の作る菓子はリリィ様や王族からも評判がよくてな」
「え……?」
そんな偉い方々に、私のお菓子を食べてもらったことなんてないのにどうして?
目を丸くしていると、リリィ様が頬に手を当てながら口を開いた。
「ライネック様があなたの作ったお菓子を毎日わたくしに届けてくださっていたの。美味しいし見た目も綺麗だし……お父様やお母様、お兄様たちも喜んでいらっしゃるのよ」
まさか、ライネック様が毎日三種類お菓子を作るように命じたのは……。
ライネック様に視線を移すと、一瞬だけ冷たい表情を見せた。まるで余計なことを言うなと脅すように。だから何も言えずにいると、リリィ様が「だからね」と言葉を続けた。
「カスタネアさんにはたくさんお世話になったお礼に、婚約破棄後も屋敷に住まわせてあげてってライネック様に頼んだの」
「リリィ様に感謝するんだ、カスタネア。使用人としてだが、俺の屋敷にいられるぞ」
「あ、でも……お菓子もお願いね。貴族の皆さんにも食べてもらいたいから、以前より多めに作ってくれないかしら?」
「作れるだろう? カスタネア」
婚約者ではなくなった私なんて、すぐにでも屋敷から追い出されてもおかしくないのに、使用人として置いてくださる。
私に拒否権なんてない。ライネック様も、リリィ様も、周りのみんなも私が首を縦に振るのを待っている。
けれど体が上手く動いてくれない。カラカラに乾いた喉からも声が出せない。
「……カスタネア」
ライネック様のひんやりとした声に、ひゅっと変な息が口から漏れる。
怒らないで、今すぐ返事をするから──。
「侯爵家の使用人にしてしまうなんて勿体ない。だったら、その子を僕にちょうだいよ」
拍手も出来なくて、声も出せずにいるのは私くらいだ。
疲れ過ぎて悪い夢でも見ているのかもしれない。
ついさっきまで私の婚約者だった人が、この国のお姫様と婚約したと発表した。
信じられない。
信じたくない。
夢なら早く覚めて。
「リリィ殿下とルビス卿が結婚なんてめでたい話だ。美男美女カップルの誕生だな!」
「あれ? だけど、ルビス卿ってもう婚約者がいたんじゃなかったか?」
「あ、あそこで突っ立ってる女のことだろ。……ありゃあ、駄目だ。ルビス卿の慈悲で婚約者に迎えられた平民のくせに、勉強もせずルビス卿の仕事もろくに手伝わないで、趣味の菓子作りばっかり楽しんでいるそうでな」
「その話なら私も聞きました。それで困ったルビス卿がリリィ様にご相談なさっていたとか!」
私、足りていなかったんだ。自分では頑張っているつもりだったけれど、足りなかった。
もっと完璧にお菓子を作って、たくさん勉強して、ライネック様の仕事を手伝わないといけなかった。
私はそれが出来なくて、だから困ったライネック様はリリィ様に相談して仲良くなったのかな。
祝わないと。
リリィ様にライネック様を取られたって思っちゃいけない。おめでとうございますって言わないと……。
私が口を開こうとすると、ライネック様が私の方を見て優しく笑いかけてくれた。
「安心しろ、カスタネア。残念ながらお前は私の妻になるだけの器はなかったが、お前の作る菓子はリリィ様や王族からも評判がよくてな」
「え……?」
そんな偉い方々に、私のお菓子を食べてもらったことなんてないのにどうして?
目を丸くしていると、リリィ様が頬に手を当てながら口を開いた。
「ライネック様があなたの作ったお菓子を毎日わたくしに届けてくださっていたの。美味しいし見た目も綺麗だし……お父様やお母様、お兄様たちも喜んでいらっしゃるのよ」
まさか、ライネック様が毎日三種類お菓子を作るように命じたのは……。
ライネック様に視線を移すと、一瞬だけ冷たい表情を見せた。まるで余計なことを言うなと脅すように。だから何も言えずにいると、リリィ様が「だからね」と言葉を続けた。
「カスタネアさんにはたくさんお世話になったお礼に、婚約破棄後も屋敷に住まわせてあげてってライネック様に頼んだの」
「リリィ様に感謝するんだ、カスタネア。使用人としてだが、俺の屋敷にいられるぞ」
「あ、でも……お菓子もお願いね。貴族の皆さんにも食べてもらいたいから、以前より多めに作ってくれないかしら?」
「作れるだろう? カスタネア」
婚約者ではなくなった私なんて、すぐにでも屋敷から追い出されてもおかしくないのに、使用人として置いてくださる。
私に拒否権なんてない。ライネック様も、リリィ様も、周りのみんなも私が首を縦に振るのを待っている。
けれど体が上手く動いてくれない。カラカラに乾いた喉からも声が出せない。
「……カスタネア」
ライネック様のひんやりとした声に、ひゅっと変な息が口から漏れる。
怒らないで、今すぐ返事をするから──。
「侯爵家の使用人にしてしまうなんて勿体ない。だったら、その子を僕にちょうだいよ」
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