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19.エステル(ブノワ視点)

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 死人が俺たちの前で微笑んでいる。
 顔も爛れていないし、髪も残ったまま。
 あまりの恐怖に誰かが悲鳴を上げ、謁見の間から逃げ出した。
 俺だって逃げられるのなら逃げ出している。
 だが、足が震えて逃げることが出来ずにいた。

「ひっ、ひぃぃっ、エ、エスッ、エステル……」

 こんなに情けない国王陛下の声は聞いたことがなかった。
 全身を震わせ、エステルから目を逸らせずにいる。

「ぼ、亡霊かっ。私を呪い殺そうと……」
「いいえ、私は生者です」

 エステルは笑みを湛えたまま、国王陛下の言葉を否定した。

「それと私だけではなく、私の部下も全員生きております」
「部下!? あの医官たちのことか!? 何故だ!?」
「簡単な話です。この国の医師たちや牢屋の見張り兵に救われたのです」
「見張り兵も……?」
「彼らの中に、まだ町医者だった頃の私が診察した患者やその家族がいました。当時僅かな金銭しか所持していなかった彼らから私は代金を取らなかった。その恩を返したいと言ってくださったのです。他にも陛下の行いを看過出来ないと、立ち上がった方々もいました」

 そんな……。そんな奴らがいたなんて全然気付かなかったぞ……。
 呆然としていると、エステルが俺に向かって微笑んだ。

「表立って陛下に逆らえば自分たちの身まで危険に晒すことになり、私たちを救うどころではなくなりますからね。拷問死したと嘘の報告を上げたり、遺体をすぐに埋葬した旨を記載した書類を作成したりと、慎重に偽装工作が行われました」
「ま、待てエステル。だけど、お前は確かに牢屋の中で苦しんでいただろ? あれが演技だとは思えない……」
「はい。私を担当していた見張り兵は脱獄に加担していない方でしたから。私をようやく牢から救出させることが出来たのは処刑が決まった直後。ブノワ様、あなたとの面会が終わってすぐのことでした」
「そうだ……処刑。お前は大衆が見ている前で絞首刑に処された。あれもお前じゃないのか……!?」

 そう、俺も見ていた。
 抵抗しながらも死んでいった様を。

「あれは私に拷問をしようとした兵です。小柄でしたし、私と身長が近いということであの方を身代わりにすることになりました。そして流石に体型まで誤魔化すことは出来ないので、喉を潰した上で手酷い傷を負わせ、そちらにばかり視線が向くようにしたのです。死体を片付けるのは私たちの味方でしたので、身代わりが気付かれることはありません」

 楽しそうに笑うエステルに俺は息を呑んだ。
 命を救うのが目的なら、身代わりを用意する必要などなかったはず。
 どうしてこんな残酷な手段を取ったのか、俺には理解出来なかった。
 エステルの次の言葉がその疑問を解いた。

「私はアリシュラに逃れることになりましたが、私が生きたまま逃亡したと知られたら、必ず追っ手が放たれると予想出来ました。そのリスクを回避するため、処刑されたと見せかける必要がありました」
「む……アリシュラ? まさかイヴァーノか!?」

 国王陛下の問いかけに、エステルはにっこりと笑みを浮かべた。
 ……これは本当にエステルなのか?
 エステルはこんな笑い方をする女だったか……?



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