9 / 22
9.遺言(モーリス視点)
しおりを挟む
「それは一体何だね?」
「エステルが生前私に送った手紙でございます」
陛下の問いかけにイヴァーノは感情のこもっていない声で答えつつ、中に入っていた便箋を開いた。
「『もし、自分たちの身に何か起こった場合、特効薬の研究はあなた方が引き継いで欲しい』。……手紙にはそのように認められていました」
「な……っ、私にもお見せください!」
「どうぞ。ご自分の目でお確かめください」
イヴァーノから便箋を受け取り、私は文章に目を通す。
繊細そうな字体。これは確かにエステルが書いたものだ。
あの女の遺した手記を毎日読んでいる私が見間違えるはずがない。
だが大きな疑問が生じる。
私は我慢出来ず、それを声に出していた。
「何故、こんな重要なものを他国の医官などに……」
王宮医官でなくとも、この国には優れた医師が私を含めて数多くいたはずだ。
なのにエステルが頼ったのはアリシュラの者たち。
自分たちは信頼されていなかったのかと、死者に対する怒りが込み上げる。
「……あなた方がエステルを軽視していたからでしょうよ」
イヴァーノが静かな声で言い放つ。
「女性で未熟という理由だけでエステルを城から追い出そうと、一部の医師が計画していたことは私たちも存じています。あなたもその一人でしたね、モーリス」
「じょ、女性であることは特に問題ではありませんでしたが、医官としての腕は少々……」
「うむ、モーリスの申す通りだ。実際エステルと、あの者の部下たちのせいでクロードは生死を彷徨ったのだぞ」
アリシュラの医官たちが険のある目で私を見る。
陛下が助け船を出してくれたが、私以外の医官は俯いて何も言葉を発せずにいた。
アリシュラの医官と親交を深めるどころではない。
焦燥感に駆られる私に、イヴァーノは常盤色の双眸を細める。
「クロード王子殿下の容態が悪化したということですが、国王陛下はそのリスクを承知で薬を飲ませたのではないですか?」
「……だがまさかあそこまで酷くなるとは誰も予想しないだろう。せいぜい軽い倦怠感に襲われる程度だと、私は思っていたのだ」
自分にまで追及の矛先が向けられ、陛下は苛立った口調で言い返した。
イヴァーノはアリシュラの医官たちと視線を合わせ、やがて深い溜め息をついた。
「どのような症状が出るか分からない。あなたは、エステルたちからそのような説明を受けていたはずだ。重篤な症状が出る可能性も彼女たちは予想していたのです。なのに勝手な思い込みで無視したあなたに非があると、私は考えています」
「こ、この若造が……! よくも私を侮辱したな!? この件は国際問題に発展すると思え!」
陛下が怒りで顔を赤く染めて喚く。
それでもアリシュラの医官たちが顔色一つ変えることはなかった。
そしてイヴァーノは私へと視線を移すと、こんな質問をした。
「ところで、クロード王子殿下は現在どのような状態ですか?」
「は、はい。今は高熱も下がり……」
続きの言葉を言おうとしたところで、私は言いようのない不安を覚えた。
「エステルが生前私に送った手紙でございます」
陛下の問いかけにイヴァーノは感情のこもっていない声で答えつつ、中に入っていた便箋を開いた。
「『もし、自分たちの身に何か起こった場合、特効薬の研究はあなた方が引き継いで欲しい』。……手紙にはそのように認められていました」
「な……っ、私にもお見せください!」
「どうぞ。ご自分の目でお確かめください」
イヴァーノから便箋を受け取り、私は文章に目を通す。
繊細そうな字体。これは確かにエステルが書いたものだ。
あの女の遺した手記を毎日読んでいる私が見間違えるはずがない。
だが大きな疑問が生じる。
私は我慢出来ず、それを声に出していた。
「何故、こんな重要なものを他国の医官などに……」
王宮医官でなくとも、この国には優れた医師が私を含めて数多くいたはずだ。
なのにエステルが頼ったのはアリシュラの者たち。
自分たちは信頼されていなかったのかと、死者に対する怒りが込み上げる。
「……あなた方がエステルを軽視していたからでしょうよ」
イヴァーノが静かな声で言い放つ。
「女性で未熟という理由だけでエステルを城から追い出そうと、一部の医師が計画していたことは私たちも存じています。あなたもその一人でしたね、モーリス」
「じょ、女性であることは特に問題ではありませんでしたが、医官としての腕は少々……」
「うむ、モーリスの申す通りだ。実際エステルと、あの者の部下たちのせいでクロードは生死を彷徨ったのだぞ」
アリシュラの医官たちが険のある目で私を見る。
陛下が助け船を出してくれたが、私以外の医官は俯いて何も言葉を発せずにいた。
アリシュラの医官と親交を深めるどころではない。
焦燥感に駆られる私に、イヴァーノは常盤色の双眸を細める。
「クロード王子殿下の容態が悪化したということですが、国王陛下はそのリスクを承知で薬を飲ませたのではないですか?」
「……だがまさかあそこまで酷くなるとは誰も予想しないだろう。せいぜい軽い倦怠感に襲われる程度だと、私は思っていたのだ」
自分にまで追及の矛先が向けられ、陛下は苛立った口調で言い返した。
イヴァーノはアリシュラの医官たちと視線を合わせ、やがて深い溜め息をついた。
「どのような症状が出るか分からない。あなたは、エステルたちからそのような説明を受けていたはずだ。重篤な症状が出る可能性も彼女たちは予想していたのです。なのに勝手な思い込みで無視したあなたに非があると、私は考えています」
「こ、この若造が……! よくも私を侮辱したな!? この件は国際問題に発展すると思え!」
陛下が怒りで顔を赤く染めて喚く。
それでもアリシュラの医官たちが顔色一つ変えることはなかった。
そしてイヴァーノは私へと視線を移すと、こんな質問をした。
「ところで、クロード王子殿下は現在どのような状態ですか?」
「は、はい。今は高熱も下がり……」
続きの言葉を言おうとしたところで、私は言いようのない不安を覚えた。
80
お気に入りに追加
3,637
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をしてきた婚約者と私を嵌めた妹、そして助けてくれなかった人達に断罪を。
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーで私は婚約者の第一王太子殿下に婚約破棄を言い渡される。
全て妹と、私を追い落としたい貴族に嵌められた所為である。
しかも、王妃も父親も助けてはくれない。
だから、私は……。
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します
hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。
キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。
その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。
※ざまあの回には★がついています。
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?
和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」
腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。
マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。
婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?
冤罪をかけて申し訳ないって……謝罪で済む問題だと思ってます?
水垣するめ
恋愛
それは何の変哲もない日だった。
学園に登校した私は、朝一番、教室で待ち構えていた婚約者であるデイビット・ハミルトン王子に開口一番罵声を浴びせられた。
「シエスタ・フォード! この性悪女め! よくもノコノコと登校してきたな!」
「え……?」
いきなり罵声を浴びせられたシエスタは困惑する。
「な、何をおっしゃっているのですか……? 私が何かしましたか?」
尋常ではない様子のデイビットにシエスタは恐る恐る質問するが、それが逆にデイビットの逆鱗に触れたようで、罵声はより苛烈になった。
「とぼけるなこの犯罪者! お前はイザベルを虐めていただろう!」
デイビットは身に覚えのない冤罪をシエスタへとかける。
「虐め……!? 私はそんなことしていません!」
「ではイザベルを見てもそんなことが言えるか!」
おずおずと前に出てきたイザベルの様子を見て、シエスタはギョッとした。
イザベルには顔に大きなあざがあったからだ。
誰かに殴られたかのような大きな青いあざが目にある。
イザベルはデイビットの側に小走りで駆け寄り、イザベルを指差した。
「この人です! 昨日私を殴ってきたのはこの人です!」
冤罪だった。
しかしシエスタの訴えは聞き届けてもらえない。
シエスタは理解した。
イザベルに冤罪を着せられたのだと……。
貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~
キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。
ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。
その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。
婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。
婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。
だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる