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9.遺言(モーリス視点)

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「それは一体何だね?」
「エステルが生前私に送った手紙でございます」

 陛下の問いかけにイヴァーノは感情のこもっていない声で答えつつ、中に入っていた便箋を開いた。

「『もし、自分たちの身に何か起こった場合、特効薬の研究はあなた方が引き継いで欲しい』。……手紙にはそのようにしたためられていました」
「な……っ、私にもお見せください!」
「どうぞ。ご自分の目でお確かめください」

 イヴァーノから便箋を受け取り、私は文章に目を通す。
 繊細そうな字体。これは確かにエステルが書いたものだ。
 あの女の遺した手記を毎日読んでいる私が見間違えるはずがない。

 だが大きな疑問が生じる。
 私は我慢出来ず、それを声に出していた。

「何故、こんな重要なものを他国の医官などに……」

 王宮医官でなくとも、この国には優れた医師が私を含めて数多くいたはずだ。
 なのにエステルが頼ったのはアリシュラの者たち。
 自分たちは信頼されていなかったのかと、死者に対する怒りが込み上げる。

「……あなた方がエステルを軽視していたからでしょうよ」

 イヴァーノが静かな声で言い放つ。

「女性で未熟という理由だけでエステルを城から追い出そうと、一部の医師が計画していたことは私たちも存じています。あなたもその一人でしたね、モーリス」
「じょ、女性であることは特に問題ではありませんでしたが、医官としての腕は少々……」
「うむ、モーリスの申す通りだ。実際エステルと、あの者の部下たちのせいでクロードは生死を彷徨ったのだぞ」

 アリシュラの医官たちが険のある目で私を見る。
 陛下が助け船を出してくれたが、私以外の医官は俯いて何も言葉を発せずにいた。

 アリシュラの医官と親交を深めるどころではない。
 焦燥感に駆られる私に、イヴァーノは常盤色の双眸を細める。

「クロード王子殿下の容態が悪化したということですが、国王陛下はそのリスクを承知で薬を飲ませたのではないですか?」
「……だがまさかあそこまで酷くなるとは誰も予想しないだろう。せいぜい軽い倦怠感に襲われる程度だと、私は思っていたのだ」

 自分にまで追及の矛先が向けられ、陛下は苛立った口調で言い返した。
 イヴァーノはアリシュラの医官たちと視線を合わせ、やがて深い溜め息をついた。

「どのような症状が出るか分からない。あなたは、エステルたちからそのような説明を受けていたはずだ。重篤な症状が出る可能性も彼女たちは予想していたのです。なのに勝手な思い込みで無視したあなたに非があると、私は考えています」
「こ、この若造が……! よくも私を侮辱したな!? この件は国際問題に発展すると思え!」

 陛下が怒りで顔を赤く染めて喚く。
 それでもアリシュラの医官たちが顔色一つ変えることはなかった。
 そしてイヴァーノは私へと視線を移すと、こんな質問をした。

「ところで、クロード王子殿下は現在どのような状態ですか?」
「は、はい。今は高熱も下がり……」

 続きの言葉を言おうとしたところで、私は言いようのない不安を覚えた。

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