上 下
82 / 88

82.再会

しおりを挟む
 トール様は悲鳴を上げる間もなく、鼻と口から血を流しながらその場に倒れた。
 そのまま起き上がる様子もない。
 まさか打ちどころが悪くて……と焦っていると、お母様が一言。

「平気よ。ちゃんと死なないように力加減しておいたわ」
「そうですか……」
「だって、死んだらそこでおしまいじゃない?」

 幼い少女のように微笑みながら、首を傾げてみせるその姿にその場の空気が凍りつく。
 唯一、お父様だけはうっとりしていた。
「素敵だぞ、ノエミさん!」と言いたげに。

「……あれがリザの母親?」

 お母様を始めて見たオブシディアさんは、怪訝そうに首をひねっている。
 お母様もそんな彼に視線を向けると、

「……マジ?」

 猫のように目を大きく見開く。
 お互いに面識があったのだろうか。
 お母様はトール様の背中を思い切り踏みつけながら私たちへ近づき、オブシディアさんの顔を覗き込んだ。

「……うわ、マジだ。旦那から名前聞いた時はまさか……って思ってたけど、何でまだ存在してんの?」
「お前、俺を知ってるのか?」
「それで私のことはすっかり忘れてる。そりゃあなたみたいな御方・・からすれば、私たちなんてその程度なんでしょうけど」
「……あ、多分思い出したぞ。お前ってもしかして、ク──」

 オブシディアさんが何かを言いかけた時、それを遮るように大きな咳払いが聞こえた。
 フィリヌ侯爵が苛立った表情でお母様を睨みつけている。

「ディンデール夫人、我が店の従業員のみならず息子にまで魔法を使うとは……」
「なぁに? あなた、私たちに文句言える立場なのかしら。それに今のは立派な正当防衛。あのままお宅のご子息を止めていなければ、娘に掴みかかっていたんじゃないかしら」

 お母様に言い返されて、フィリヌ侯爵は押し黙ってしまった。
 トール様への攻撃は私を守るためだったとして……何故従業員は吹き飛ばされたのだろうか。
 その理由はお兄様が教えてくれた。

「ちなみにさっきのことも、先にやらかしてくれたのはお前たちだ。感情に任せて交渉相手の私物を壊すなんて、どんな教育をしているんだかな」

 お兄様が床へ視線を下ろす。
 そこには壺が割れたまま放置されていた。
 まさかあれを割ったのは……。
 私が敵意と怒気を込めてフィリヌ侯爵を睨むと、彼は眉間に皺を寄せて、

「確かにあの者に忍耐がなかったことは認めよう。だが、奴を激昂させたのはそちらではないか」
「……それはどういう意味かな?」

 その言葉にお父様も不快そうに尋ねた。
 途中で中断されていただろう両者の話し合いが再開しそうな流れなので、私たちも広間に移動する。
 玄関を使わず、壁に空いた穴から入るという行儀の悪いことをしてしまったけれど、とても楽なのも確か。

「何度も言うが……フィリヌ魔導店はリザリア嬢を連れ戻したいと考えている。現在経営の危機に陥っている店を救うには、彼女に指揮を執ってもらう以外にはないと結論が出たのだ」

 フィリヌ侯爵がテーブルに頬肘をつきながら言うと、従業員たちは一斉に頭を下げた。
 その光景を目の当たりにして、私が何かを言おうとするより先にお父様がわざとらしく大きく溜め息をついた。

「君たちは厚顔無恥という言葉を知っているだろうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

BL短編集②

田舎
BL
タイトル通り。Xくんで呟いたショートストーリーを加筆&修正して短編にしたやつの置き場。 こちらは♡描写ありか倫理観のない作品となります。

完結した作品の番外編特集

アズやっこ
恋愛
既に完結した作品の番外編をこっそりのせます。 麗しの騎士様の好きな人の番外編は本編で書いているのでこちらには掲載しません。 ❈ 設定うんぬんないです。 ❈ 時系列バラバラです。 ❈ 書きたいように書いてます。 ❈ 読みたい作品だけお読み下さい。 ❈ 思いつきで書いてます。本編作品の描写を損なう話もあります。 ❈ 小話程度なので、この話はこの話として読んで頂けたら嬉しいです。

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。

古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。 まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。 ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。 ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

いつも余裕そうな先輩をグズグズに啼かせてみたい

作者
BL
2個上の余裕たっぷりの裾野先輩をぐちゃぐちゃに犯したい山井という雄味たっぷり後輩くんの話です。所構わず喘ぎまくってます。 BLなので注意!! 初投稿なので拙いです

処理中です...