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82.再会
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トール様は悲鳴を上げる間もなく、鼻と口から血を流しながらその場に倒れた。
そのまま起き上がる様子もない。
まさか打ちどころが悪くて……と焦っていると、お母様が一言。
「平気よ。ちゃんと死なないように力加減しておいたわ」
「そうですか……」
「だって、死んだらそこでおしまいじゃない?」
幼い少女のように微笑みながら、首を傾げてみせるその姿にその場の空気が凍りつく。
唯一、お父様だけはうっとりしていた。
「素敵だぞ、ノエミさん!」と言いたげに。
「……あれがリザの母親?」
お母様を始めて見たオブシディアさんは、怪訝そうに首をひねっている。
お母様もそんな彼に視線を向けると、
「……マジ?」
猫のように目を大きく見開く。
お互いに面識があったのだろうか。
お母様はトール様の背中を思い切り踏みつけながら私たちへ近づき、オブシディアさんの顔を覗き込んだ。
「……うわ、マジだ。旦那から名前聞いた時はまさか……って思ってたけど、何でまだ存在してんの?」
「お前、俺を知ってるのか?」
「それで私のことはすっかり忘れてる。そりゃあなたみたいな御方からすれば、私たちなんてその程度なんでしょうけど」
「……あ、多分思い出したぞ。お前ってもしかして、ク──」
オブシディアさんが何かを言いかけた時、それを遮るように大きな咳払いが聞こえた。
フィリヌ侯爵が苛立った表情でお母様を睨みつけている。
「ディンデール夫人、我が店の従業員のみならず息子にまで魔法を使うとは……」
「なぁに? あなた、私たちに文句言える立場なのかしら。それに今のは立派な正当防衛。あのままお宅のご子息を止めていなければ、娘に掴みかかっていたんじゃないかしら」
お母様に言い返されて、フィリヌ侯爵は押し黙ってしまった。
トール様への攻撃は私を守るためだったとして……何故従業員は吹き飛ばされたのだろうか。
その理由はお兄様が教えてくれた。
「ちなみにさっきのことも、先にやらかしてくれたのはお前たちだ。感情に任せて交渉相手の私物を壊すなんて、どんな教育をしているんだかな」
お兄様が床へ視線を下ろす。
そこには壺が割れたまま放置されていた。
まさかあれを割ったのは……。
私が敵意と怒気を込めてフィリヌ侯爵を睨むと、彼は眉間に皺を寄せて、
「確かにあの者に忍耐がなかったことは認めよう。だが、奴を激昂させたのはそちらではないか」
「……それはどういう意味かな?」
その言葉にお父様も不快そうに尋ねた。
途中で中断されていただろう両者の話し合いが再開しそうな流れなので、私たちも広間に移動する。
玄関を使わず、壁に空いた穴から入るという行儀の悪いことをしてしまったけれど、とても楽なのも確か。
「何度も言うが……フィリヌ魔導店はリザリア嬢を連れ戻したいと考えている。現在経営の危機に陥っている店を救うには、彼女に指揮を執ってもらう以外にはないと結論が出たのだ」
フィリヌ侯爵がテーブルに頬肘をつきながら言うと、従業員たちは一斉に頭を下げた。
その光景を目の当たりにして、私が何かを言おうとするより先にお父様がわざとらしく大きく溜め息をついた。
「君たちは厚顔無恥という言葉を知っているだろうか」
そのまま起き上がる様子もない。
まさか打ちどころが悪くて……と焦っていると、お母様が一言。
「平気よ。ちゃんと死なないように力加減しておいたわ」
「そうですか……」
「だって、死んだらそこでおしまいじゃない?」
幼い少女のように微笑みながら、首を傾げてみせるその姿にその場の空気が凍りつく。
唯一、お父様だけはうっとりしていた。
「素敵だぞ、ノエミさん!」と言いたげに。
「……あれがリザの母親?」
お母様を始めて見たオブシディアさんは、怪訝そうに首をひねっている。
お母様もそんな彼に視線を向けると、
「……マジ?」
猫のように目を大きく見開く。
お互いに面識があったのだろうか。
お母様はトール様の背中を思い切り踏みつけながら私たちへ近づき、オブシディアさんの顔を覗き込んだ。
「……うわ、マジだ。旦那から名前聞いた時はまさか……って思ってたけど、何でまだ存在してんの?」
「お前、俺を知ってるのか?」
「それで私のことはすっかり忘れてる。そりゃあなたみたいな御方からすれば、私たちなんてその程度なんでしょうけど」
「……あ、多分思い出したぞ。お前ってもしかして、ク──」
オブシディアさんが何かを言いかけた時、それを遮るように大きな咳払いが聞こえた。
フィリヌ侯爵が苛立った表情でお母様を睨みつけている。
「ディンデール夫人、我が店の従業員のみならず息子にまで魔法を使うとは……」
「なぁに? あなた、私たちに文句言える立場なのかしら。それに今のは立派な正当防衛。あのままお宅のご子息を止めていなければ、娘に掴みかかっていたんじゃないかしら」
お母様に言い返されて、フィリヌ侯爵は押し黙ってしまった。
トール様への攻撃は私を守るためだったとして……何故従業員は吹き飛ばされたのだろうか。
その理由はお兄様が教えてくれた。
「ちなみにさっきのことも、先にやらかしてくれたのはお前たちだ。感情に任せて交渉相手の私物を壊すなんて、どんな教育をしているんだかな」
お兄様が床へ視線を下ろす。
そこには壺が割れたまま放置されていた。
まさかあれを割ったのは……。
私が敵意と怒気を込めてフィリヌ侯爵を睨むと、彼は眉間に皺を寄せて、
「確かにあの者に忍耐がなかったことは認めよう。だが、奴を激昂させたのはそちらではないか」
「……それはどういう意味かな?」
その言葉にお父様も不快そうに尋ねた。
途中で中断されていただろう両者の話し合いが再開しそうな流れなので、私たちも広間に移動する。
玄関を使わず、壁に空いた穴から入るという行儀の悪いことをしてしまったけれど、とても楽なのも確か。
「何度も言うが……フィリヌ魔導店はリザリア嬢を連れ戻したいと考えている。現在経営の危機に陥っている店を救うには、彼女に指揮を執ってもらう以外にはないと結論が出たのだ」
フィリヌ侯爵がテーブルに頬肘をつきながら言うと、従業員たちは一斉に頭を下げた。
その光景を目の当たりにして、私が何かを言おうとするより先にお父様がわざとらしく大きく溜め息をついた。
「君たちは厚顔無恥という言葉を知っているだろうか」
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