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76.記憶
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私の呟きを聞いたアデラは目を細めて言い放った。
「聞いたわよ。今日はルシロワール王子とのデートなんだってね。店にお迎えに来てくれるんでしょ? 羨ましいわぁ」
「デート? 私とその王子とやらが?」
「……しらばってくれてんじゃねーぞ! 人のものを横から奪い取りやがって!!」
アデラに前髪を鷲掴みにされ、床に後頭部を叩きつけられる。
特に抵抗することなく、けれど私は反論した。
彼女が大きな思い違いをしているようなので。
「それはあなたの勘違いです。確かに本日、王子は『精霊の隠れ家』を訪れることになっています。ですが、それは私と外出するためではありません」
「はぁ!? じゃあ、何なのか説明しろよ!」
「ミレーユ叔母様とお話がしたいということですよ」
「……え?」
その可能性をまったく予想もしていなかったのだろう。
目を丸くして動きを止める姿に、口角が吊り上がるのが止められない。
この女、私に王子を取られたと勘違いした挙句、怒りと嫉妬を抑え切れずこんな馬鹿な真似をしたのだ。
そんなわけがないのに。
それに、そうだったとしたら自分も困る。
「自分が助かりたいからって嘘をつくな! あんな飯炊きババァに王子が惚れるわけないだろ……!」
「……それはどうでしょう。叔母様はとても魅力的な方ですから」
「だ、だったとしても、あんたはここで殺すって決めてんの! 私が雇ったこいつらに何日も犯されてボロボロになった後に、じわじわ殺すしてやる! あんたみたいなゴミが生きていたら、私は一生幸せになれないんだよ!!」
「……責任転嫁はよくないと思いますけれど? あなたの自業自得でしょう?」
「あぁ!? そういう態度がガキの頃から気に入らなかったんだ!」
ガキの頃から? 何の話をしているのだろうか。
「あんたは記憶失くして、私のことなんて綺麗さっぱり忘れちゃったみたいだけど、私はぜーんぶ覚えてんだよ! あんたが孤児院のガキどもと職員を独り占めしたことも! 被害者ぶろうとしてわざと階段から落ちたことも!」
「記憶……孤児院……階段……?」
そして、この耳障りな声。
それらが存在しないはずの記憶を作り出して、脳内を満たしていく。
違う、存在はしていたけれど、ただ忘れてしまっていただけだ。
目から水を流している人間の子供がいて、
その仕組みが気になって近づいて、
心と、肉体を形成するための魔力をもらって、
楽しくて、
けれど奪い取られた。
「……『あんたが私より目立とうとするなんて許さない』」
「何だよ、やっと私のこと思い出したのかよ。それ、私があんたを突き飛ばした時の台詞じゃん」
「そうだ。全部、思い出した。お前が俺からリザを奪ったんだ」
「え?」
もう茶番は終わりだ。
これ以上私で居続けるのはやめる。
私の姿かたちをした殻を溶かしていると、
「ひっ、きゃぁぁぁぁっ!」
アデラが汚い悲鳴を上げた。
階段付近で待機していた男たちが、怯えた顔をしながらもこちらへ向かって来る。
ナイフだの斧だの武器を持っている姿から『悪い奴』だと分かり、こんな時なのにワクワクした。
だって悪い奴でなら、壊れるまで好きに遊んでいいのだ。
リザは『正しい人間を傷つけては駄目』と言っていたので、その反対の人間ならいくら弄んでも許されることになる。
「リ、リザリア、あんた魔物だったの……!?」
ただしこのアデラとかいう生き物は、壊れるギリギリにしておかなければ。
悪い奴であっても、遊んだことが知られたらリザに怒られてしまう。
「聞いたわよ。今日はルシロワール王子とのデートなんだってね。店にお迎えに来てくれるんでしょ? 羨ましいわぁ」
「デート? 私とその王子とやらが?」
「……しらばってくれてんじゃねーぞ! 人のものを横から奪い取りやがって!!」
アデラに前髪を鷲掴みにされ、床に後頭部を叩きつけられる。
特に抵抗することなく、けれど私は反論した。
彼女が大きな思い違いをしているようなので。
「それはあなたの勘違いです。確かに本日、王子は『精霊の隠れ家』を訪れることになっています。ですが、それは私と外出するためではありません」
「はぁ!? じゃあ、何なのか説明しろよ!」
「ミレーユ叔母様とお話がしたいということですよ」
「……え?」
その可能性をまったく予想もしていなかったのだろう。
目を丸くして動きを止める姿に、口角が吊り上がるのが止められない。
この女、私に王子を取られたと勘違いした挙句、怒りと嫉妬を抑え切れずこんな馬鹿な真似をしたのだ。
そんなわけがないのに。
それに、そうだったとしたら自分も困る。
「自分が助かりたいからって嘘をつくな! あんな飯炊きババァに王子が惚れるわけないだろ……!」
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「だ、だったとしても、あんたはここで殺すって決めてんの! 私が雇ったこいつらに何日も犯されてボロボロになった後に、じわじわ殺すしてやる! あんたみたいなゴミが生きていたら、私は一生幸せになれないんだよ!!」
「……責任転嫁はよくないと思いますけれど? あなたの自業自得でしょう?」
「あぁ!? そういう態度がガキの頃から気に入らなかったんだ!」
ガキの頃から? 何の話をしているのだろうか。
「あんたは記憶失くして、私のことなんて綺麗さっぱり忘れちゃったみたいだけど、私はぜーんぶ覚えてんだよ! あんたが孤児院のガキどもと職員を独り占めしたことも! 被害者ぶろうとしてわざと階段から落ちたことも!」
「記憶……孤児院……階段……?」
そして、この耳障りな声。
それらが存在しないはずの記憶を作り出して、脳内を満たしていく。
違う、存在はしていたけれど、ただ忘れてしまっていただけだ。
目から水を流している人間の子供がいて、
その仕組みが気になって近づいて、
心と、肉体を形成するための魔力をもらって、
楽しくて、
けれど奪い取られた。
「……『あんたが私より目立とうとするなんて許さない』」
「何だよ、やっと私のこと思い出したのかよ。それ、私があんたを突き飛ばした時の台詞じゃん」
「そうだ。全部、思い出した。お前が俺からリザを奪ったんだ」
「え?」
もう茶番は終わりだ。
これ以上私で居続けるのはやめる。
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「ひっ、きゃぁぁぁぁっ!」
アデラが汚い悲鳴を上げた。
階段付近で待機していた男たちが、怯えた顔をしながらもこちらへ向かって来る。
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だって悪い奴でなら、壊れるまで好きに遊んでいいのだ。
リザは『正しい人間を傷つけては駄目』と言っていたので、その反対の人間ならいくら弄んでも許されることになる。
「リ、リザリア、あんた魔物だったの……!?」
ただしこのアデラとかいう生き物は、壊れるギリギリにしておかなければ。
悪い奴であっても、遊んだことが知られたらリザに怒られてしまう。
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