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74.脅迫
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お兄様が置いて行ったものではなく、ポストに新聞と一緒に入っていたらしい。
封を開けて中の便箋を取り出す。
「……お父様?」
私にしか聞かせられない大事な話があるということで、急いで屋敷に来て欲しいとだけ書かれている。
それ以外は何も。便箋の大半が白紙で、けれど緊急性を感じさせる文章だった。
私の後ろから便箋を覗き込んだ叔母様が、不思議そうに首を傾げる。
「リザリアにだけ? 何のことかしら?」
「さあ……可能性があるとしたら、トール様絡みの件かもしれませんね」
以前送られて来た怪文書については、ディンデール家に任せていた。
こちらは王族と正式に契約を結ぶ予定で、フィリヌ家の相手をしている暇はないと判断したのだ。
叔母様も「もうお義兄さんに丸投げしちゃっていいと思うわ」と仰ってくださったので、その通りにさせてもらった。
その後、どうなったのかはまだ知らされていない。
「……リザリア、どうする?」
「そうですね。この手紙を放っておくわけにもいかないでしょう」
「だけど今日は」
「……先にこちらを済ませてしまおうと思います」
私は便箋を封筒にしまい、深く息を吐いた。
予定変更だ。同意を求めるようにオブシディアさんへ視線を向ければ、
「いいぜ。嫌なことは先に片づけたいもんだよな」
と苦笑気味に返された。
一時間後、私は店を出て辻馬車を捕まえてそれに乗り込んだ。
手紙のなかでお父様は私だけを指名していた。
であれば、私一人で来ることを望んでいるのだろう。
「お嬢さん、どちらまで行かれますか?」
「ディンデール邸をお願いします」
「……はいよ」
御者とのやり取りの後、馬車がゆっくりと動き出す。
次々と移り変わっていく風景を窓から眺めていた私が顔を顰めたのは、馬車が急に路地裏に入ってから。
『精霊の隠れ家』がある路地裏と違い、薄暗いだけではなく、ゴミの掃きだめのような場所。
馬車のなかにいても、悪臭が漂っているのが分かる。
外にいる御者と馬にとっては、この場に留まっているだけで苦痛だろう。
(やっぱり一人だけで来てよかった)
と思っていると、
「おい、外に出ろ。出るんだ」
御者がワゴンを開き、私の顔に向かって銀色に光るものを突きつけた。
果物用のナイフだ。小ぶりではあるが、この距離であれば頬を切り裂くことなど容易いだろう。
「……一体何を?」
「い、いいから出ろ! 綺麗な顔がぐちゃぐちゃになってもいいのか!」
脅している側にもかかわらず、御者は表情を強張らせていた。
まるで誰かに脅迫され、仕方なくやっているような。
御者に促されてやる形でワゴンから降りると、
「こっちに来い!」
と腕を掴まれ、路地裏の更に奥まで連れて行かれる。
文句を言わず足を動かしていると、突き当たりに辿り着いた。
これ以上先に進むことはできない。
と思っていると、灰色の壁の中央に白い扉が現れた。
封を開けて中の便箋を取り出す。
「……お父様?」
私にしか聞かせられない大事な話があるということで、急いで屋敷に来て欲しいとだけ書かれている。
それ以外は何も。便箋の大半が白紙で、けれど緊急性を感じさせる文章だった。
私の後ろから便箋を覗き込んだ叔母様が、不思議そうに首を傾げる。
「リザリアにだけ? 何のことかしら?」
「さあ……可能性があるとしたら、トール様絡みの件かもしれませんね」
以前送られて来た怪文書については、ディンデール家に任せていた。
こちらは王族と正式に契約を結ぶ予定で、フィリヌ家の相手をしている暇はないと判断したのだ。
叔母様も「もうお義兄さんに丸投げしちゃっていいと思うわ」と仰ってくださったので、その通りにさせてもらった。
その後、どうなったのかはまだ知らされていない。
「……リザリア、どうする?」
「そうですね。この手紙を放っておくわけにもいかないでしょう」
「だけど今日は」
「……先にこちらを済ませてしまおうと思います」
私は便箋を封筒にしまい、深く息を吐いた。
予定変更だ。同意を求めるようにオブシディアさんへ視線を向ければ、
「いいぜ。嫌なことは先に片づけたいもんだよな」
と苦笑気味に返された。
一時間後、私は店を出て辻馬車を捕まえてそれに乗り込んだ。
手紙のなかでお父様は私だけを指名していた。
であれば、私一人で来ることを望んでいるのだろう。
「お嬢さん、どちらまで行かれますか?」
「ディンデール邸をお願いします」
「……はいよ」
御者とのやり取りの後、馬車がゆっくりと動き出す。
次々と移り変わっていく風景を窓から眺めていた私が顔を顰めたのは、馬車が急に路地裏に入ってから。
『精霊の隠れ家』がある路地裏と違い、薄暗いだけではなく、ゴミの掃きだめのような場所。
馬車のなかにいても、悪臭が漂っているのが分かる。
外にいる御者と馬にとっては、この場に留まっているだけで苦痛だろう。
(やっぱり一人だけで来てよかった)
と思っていると、
「おい、外に出ろ。出るんだ」
御者がワゴンを開き、私の顔に向かって銀色に光るものを突きつけた。
果物用のナイフだ。小ぶりではあるが、この距離であれば頬を切り裂くことなど容易いだろう。
「……一体何を?」
「い、いいから出ろ! 綺麗な顔がぐちゃぐちゃになってもいいのか!」
脅している側にもかかわらず、御者は表情を強張らせていた。
まるで誰かに脅迫され、仕方なくやっているような。
御者に促されてやる形でワゴンから降りると、
「こっちに来い!」
と腕を掴まれ、路地裏の更に奥まで連れて行かれる。
文句を言わず足を動かしていると、突き当たりに辿り着いた。
これ以上先に進むことはできない。
と思っていると、灰色の壁の中央に白い扉が現れた。
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