上 下
74 / 88

74.脅迫

しおりを挟む
 お兄様が置いて行ったものではなく、ポストに新聞と一緒に入っていたらしい。
 封を開けて中の便箋を取り出す。

「……お父様?」

 私にしか聞かせられない大事な話があるということで、急いで屋敷に来て欲しいとだけ書かれている。
 それ以外は何も。便箋の大半が白紙で、けれど緊急性を感じさせる文章だった。
 私の後ろから便箋を覗き込んだ叔母様が、不思議そうに首を傾げる。

「リザリアにだけ? 何のことかしら?」
「さあ……可能性があるとしたら、トール様絡みの件かもしれませんね」

 以前送られて来た怪文書については、ディンデール家に任せていた。
 こちらは王族と正式に契約を結ぶ予定で、フィリヌ家の相手をしている暇はないと判断したのだ。
 叔母様も「もうお義兄さんに丸投げしちゃっていいと思うわ」と仰ってくださったので、その通りにさせてもらった。

 その後、どうなったのかはまだ知らされていない。

「……リザリア、どうする?」
「そうですね。この手紙を放っておくわけにもいかないでしょう」
「だけど今日は」
「……先にこちらを済ませてしまおうと思います」

 私は便箋を封筒にしまい、深く息を吐いた。
 予定変更だ。同意を求めるようにオブシディアさんへ視線を向ければ、

「いいぜ。嫌なことは先に片づけたいもんだよな」

 と苦笑気味に返された。



 一時間後、私は店を出て辻馬車を捕まえてそれに乗り込んだ。
 手紙のなかでお父様は私だけを指名していた。
 であれば、私一人で来ることを望んでいるのだろう。

「お嬢さん、どちらまで行かれますか?」
「ディンデール邸をお願いします」
「……はいよ」

 御者とのやり取りの後、馬車がゆっくりと動き出す。
 次々と移り変わっていく風景を窓から眺めていた私が顔を顰めたのは、馬車が急に路地裏に入ってから。
『精霊の隠れ家』がある路地裏と違い、薄暗いだけではなく、ゴミの掃きだめのような場所。
 馬車のなかにいても、悪臭が漂っているのが分かる。
 外にいる御者と馬にとっては、この場に留まっているだけで苦痛だろう。

(やっぱり一人だけで来てよかった)

 と思っていると、

「おい、外に出ろ。出るんだ」

 御者がワゴンを開き、私の顔に向かって銀色に光るものを突きつけた。
 果物用のナイフだ。小ぶりではあるが、この距離であれば頬を切り裂くことなど容易いだろう。

「……一体何を?」
「い、いいから出ろ! 綺麗な顔がぐちゃぐちゃになってもいいのか!」

 脅している側にもかかわらず、御者は表情を強張らせていた。
 まるで誰かに脅迫され、仕方なくやっているような。
 御者に促されてやる・・形でワゴンから降りると、

「こっちに来い!」

 と腕を掴まれ、路地裏の更に奥まで連れて行かれる。
 文句を言わず足を動かしていると、突き当たりに辿り着いた。
 これ以上先に進むことはできない。
 と思っていると、灰色の壁の中央に白い扉が現れた。

しおりを挟む
感想 160

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

処理中です...