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61.ルシロワール

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 追い返すわけにもいかないので、アデラさんと青年を中に入れる。
 店内はそんなに広くないので、兵士の方々を全員入れることはできない。
 そのことを謝ると、「お気遣いは不要です」と優しい言葉が返ってきたきた。
 それを見てアデラさんが鼻で笑う。

「んもう、兵士様。彼女は侯爵令嬢ですけど、元は平民です。そんな丁寧にしなくてもいいじゃありませんこと?」
「いいえ、そういうわけにはいきません」

 兵士は短く答えた。
 この国の兵士は礼節を重んじる傾向が強い。
 身分による差別をしてはならない、という規則もある。
 国によっては横柄な兵士が多くて、平民が彼らに理不尽に暴力を振るわれる問題が深刻化していた。
 そんなのは兵士ではなく、ただのゴロツキと同じだとして、マリガント王国では兵士に強さだけではなく高潔さも求めている。

 なのでアデラさんの言葉は、「規則違反しなさい」と言っているようなものなのだけれど、本人は自覚しているのだろうか。
 そして隣の青年。前に一度見たことがあるような。思い出そうとしていると、本人から名乗ってくださった。

「わ、私はマリガンド王国第一王子ルシロワールと申します。本日は突然お邪魔してしまい、大変申し訳ありません……」
「大丈夫ですよ、ルシロワール様。いずれは国民の上に立つ方が、そんな迷惑だなんて考えないで?」

 ようやく思い出した。
 毎年行われる建国記念日のパレードに、数年前に一度だけ参加されていた。
 気弱なのが玉に瑕だけれど、政治判断力に優れていて文官たちの推薦もあって王太子に選ばれたお方だ。
 だけど、そのルシロワール殿下とアデラさんが何故行動を共に?
 アデラさんが、トール様の大暴走の件を知っているのか気になる。
 しかもに殿下にやけに馴れ馴れしい。

「あら、うちにもついに王子様が来てくださったのね! しかもとっても優しそうなお方じゃない」

 叔母様は手際よくお客様用の紅茶とケーキを用意していた。
 自分の目の前に置かれたケーキを見て、ルシロワール殿下が戸惑った表情で口を開く。

「ず、随分とケーキが豪華なのですが……」

 ルシロワール殿下が困惑するのも無理はなかった。
 白桃の果肉と果汁入りのムースケーキ。
 その上にコンポートした白桃のスライスを花弁に見立てて飾りつけてから、薄ピンク色のシロップゼリーで形を固定させる。
 仕上げに果汁と砂糖で作った飴細工と、ミントの葉をデコレーション。
 叔母様は「簡単よ~」と仰っていたけれど、何でもない日におやつとして作るものではないような。

「で、では、いただきます……」

 ルシロワール殿下は一口食べると、緊張で強張っていた表情を緩めた。

「これは素晴らしい……王宮のパティシエに匹敵する味です。それにこの飴細工も光沢があって美しい……」
「本当ですか? おかわりありますので、もっと召し上がりたい時は遠慮なく仰ってくださいね~」
「はい……!」

 王太子から笑顔を引き出した叔母様が眩しく見える。
 流石……と思っていると、ルシロワール殿下はハッとした表情を見せて咳払いをした。

「……ケーキに夢中になって目的を忘れるところでした。実は我がマリガント王国は『精霊の隠れ家』と契約を結びたいと考え、こちらを訪れたのです」
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