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60.嵐再び

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 手紙を破り捨てたい衝動をぐっと堪える。
 こんな手紙が送られて来たという証拠を、私自身の手で失うわけにはいかない。
 私から話を聞いた叔母様は、白目を剥いた。
 私への態度が変わっていないことは薄々予感していたけれど、まさか店の合併を言い出すとは思わなかったそう。
 私も同意見だった。

「合併って応じるわけないでしょ。というか、私の存在完全に抹消されてない!?」

 確かにオブシディアさんには何度も触れているのに、叔母様のことは文章のなかに一切登場しない。
 完全に忘れているのか、それかどうでもいいと思っているのか。
 叔母様本人には言えないけれど、後者の可能性が高い。

 とりあえずこの手紙はどうしようか。
 私だけではなく店の問題にもなりそうなので、まずディンデール家にも報告しておく。
 それからもちろんフィリヌ家にも。
 私を散々見下していたフィリヌ侯爵が、今更になって私を店に連れ戻そうとするはずがない。……普通に考えるなら。

「でも何でここまでリザリアを店に戻そうとするのかしら。あのアデラって子に浮気したんでしょ?」
「……取り戻したいのは元妻の私ではなく、元事務員の私だと思います」
「どういうこと?」
「大方、現場が大混乱しているのでしょう。『極光の財宝』だけではなく、フィリヌ魔導店も大変なことになっているようですから」

 ハーライトさんの店と同じような苦情が殺到しているのは噂で知っていた。
 水が不味くなったり、香りが強くなりすぎたり。
 恐らく原因は、工芸品の材料選びにあるのだと思う。

「私が辞めた後、今まで通り材料を仕入れて管理できる人がいるのか、正直疑問でした。本来事務員は職人の意見を聞きながら仕入れて、管理は職人が行うものなのです。けれどあの店の職人はすべて事務員任せで、自分たちの仕事は工芸品作りだけだと思っていたくらいでした」
「わ、私も人のこと言える立場じゃないけど無能……!」
「いいえ。叔母様もオブシディアさんも私の言葉にしっかり耳を傾けてくださるので、とても助かっています。向こうは例えば……上質な水の精霊石から美味しい水が生成されるわけではないといくら説明しても、『いいから金をかけて高い精霊石を仕入れろ』、『貧乏人の考え』と聞く耳を持ってくださらなかったので」
「……それでいなくなってからようやく、リザリアのありがたみが理解できたってわけね」

 だからといって、戻る気はさらさらない。
 私の今の居場所は『精霊の隠れ家』だ。
 フィリヌ魔導店と合併したところで、得をするのは向こうだけ。
 それにオブシディアさんを辞めさせると、一方的に宣言しているのが許せない。

 怒りは収まるどころか、どんどん膨らみ続けていく。
 いっそ直接フィリヌ家に殴り込みに行こうかと無謀な考えを抱き始めた時、店のドアを乱暴に叩く音がした。
 今は休憩中でドアには施錠をして、ドアノブに看板も吊り下げているのだけれど。

「……まさか」

 この怪文書を書いた本人? と身構えていると、外から甲高い女性の声も聞こえてきた。

「ちょっとー、とっとと開けなさいよ! 不敬罪になっちゃってもいいわけぇ?」

 私の口から深い溜め息が漏れる。
 そういえば私の敵は、フィリヌ家だけではなかったと思い出す。
 鼻息を荒くする叔母様を宥めて、ドアを開くと元夫の浮気相手──いや、婚約相手が不敵な笑みを浮かべていた。
 その隣には気弱そうな金髪の青年。

 そして『精霊の隠れ家』を取り囲むように、大勢の兵士の姿があった。
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