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57.決意の僕(トール視点)

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 生意気にも僕を捕まえようとしていた使用人どもを制して、ルミノー伯爵は僕とアデラを応接間に連れてきた。
 いつもなら僕の隣に座ってニコニコ笑っているアデラが、今日は迷うことなくルミノー伯爵の隣に座った。
 そのことにムッとして、

「アデラ、君の座る場所は僕の隣だろ! とーなーり!」
「嫌よ、あんたの気持ち悪さが移るもの」

 な、何でそんな酷いことが言えるんだ?
 アデラ……というより、女の子から罵倒されるのは生まれて初めてだった。
 ショックすぎて泣きそうになる可哀想な僕だけど、さらに追い討ちをかけるようにルミノー伯爵が言った。

「数日前、君とアデラの婚約は解消となった」
「……はぁっ!?」
「フィリヌ侯爵も納得してのことだ。侯爵は何故君にそのことを伝えていなかったのだろう……?」
「そんなの、こいつが婚約解消を知ったら喚き散らして面倒なことになるからに決まってるじゃない……婚約解消の手続きって時間がかかるから、その間にこいつが勝手に解消の解消するかもしれないし」
「当たり前じゃん! 僕とアデラは運命の赤い糸で結ばれた二人なんだよ?」

 なのに、僕以外の人間で勝手に婚約解消を進めるなんて。
 悲しみと怒りで人間不信になってしまいそうだ。
 お願いだから嘘だって言ってよアデラ。縋るような視線を送ると、鼻で笑われた。

「運命の赤い糸ねぇ。そんなの最初からないわよ。だって私があんたと結婚したかったのは、フィリヌ侯爵家との繋がりが欲しかったって理由だもの」
「え、ちょ」
「あんたがリザリアと結婚した時は、結構焦ったわよ? 小さな頃から目をつけてたあんたが、そこらの平民女にかっ攫われたわけだし。だから奪い返したんだけど……はぁ、無駄だったみたいね」
「それは君があの黒い魔法使いに心移りしたせいだろぉ! こ、この浮気者ぉ!」
「あんたに言われたくねぇんだよ、キモ男! それに私があんたに見切りをつけたのは、それが理由じゃないっつーの」

 アデラの口がどんどん悪くなっていく。
 やめてよ、そんな口調になられると僕だって強く出られないじゃん……!
 というか、何でルミノー伯爵も止めないんだよ!

「あんたの前では従順な女をして、あの魔法使い様とイチャイチャすればいいだけだし」
「だったらどうして……」
「君は自分の家の状況すら把握していないのか……」

 ルミノー伯爵に深い溜め息をつかれた。

「王女殿下がフィリヌ魔導店で購入した蝋燭が、突然大きく燃え上がったせいで王女殿下の世話係が大火傷をしたそうだ」
「な、何だ、王女じゃなくて世話役なら……」
「いいや。王女殿下はお優しい性格で、身分の低い者にも分け隔てなく接するお方だ。そのような方の世話係が重傷を負ったのだぞ。しかも近頃魔導店で多発している問題を知り、王女殿下は大変立腹されているという」
「あんたもここまで言われたら分かるでしょ? フィリヌ家は王族に喧嘩を売ったようなものなの」

 ルミノー伯爵とアデラに呆れたように言われて、僕は頭の中が真っ白になった。
 そんな大事件があったなんて、それすらも僕は知らされていない。
 多分僕が知っていたとしても、何の力にもなれないって思われていたとしたら。

「しかも店自体もボロボロ。そんな家に嫁ぎたいと思う女がいるかっての。あんたのじいさんばあさんには嫌われてたみたいだし、ちょうどいいわ」
「実はアデラに押し切られる形で我が家では『精霊の隠れ家』の商品を購入していたのだが、こちらの方が質もよく適正価格で販売されている。君の店は少し前から急激な値上げを始めて……」
「ぼ……僕は……」
「? どうしたのかね」
「僕は無能じゃないぞ! 将来侯爵になる男なんだ!」
「無能だよ、バーカ」

 そんなことを言っているアデラも、覚醒した僕を見れば惚れ直すはず。
 よーし絶対にリザリアをこの手で取り戻してみせるぞ。
 そしたら全部元通りのはずだからね。
 
 そうと決まれば何とやら。
 僕は早速我が家に戻ってペンと便箋を用意した。

「トール様、お手紙なら私が……」
「うるさい、黙ってろ!」

 手伝おうとする執事を黙らせる。
 全部僕の力でやらないと、僕の有能さをアピールできないだろ!
 
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