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46.虹色の果樹園
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アンデシン様たちは、ハーライトさんの行いを何度も詫びた。
オブシディアさんは、もうハーライトさんと関わらずに済むのならそれでいいと言っていたけれど、皆さんの顔面は蒼白になっていた。
今朝のお兄様みたい、と思ったのは内緒だ。
「リザ、もう行こうぜ。俺がいるとじいちゃんたちもビクビクしたままだし」
「あなたに怯えているというわけではないのですけれどね……」
ただオブシディアさんの言う通りで、これ以上ここにいるとアンデシン様たちが落ち着かないと思う。
お邪魔しましたと告げて、ギルドを後にしようとする。
「あ、一つだけ聞いてもいいか?」
ドアを開けようとする手を止めて、オブシディアさんがアンデシン様の方を振り向く。
「じいちゃんがさっき言ってた『クリスタル』って女だっけ?」
「う、うむ。豪快な土魔法を使う女だった。あの戦いの後すぐに魔法使いギルドからも去り、貴族の男と結婚したと聞いている」
「へえ……」
「だが、そこまでのことしか分からん。『クリスタル』の名も素性を隠すための偽名。今はどこでどうしていることやら……」
クリスタル、か。
私も名前だけは知っている。
ドラゴン襲来時、万が一に備えて首都を土と岩でできた防壁で包み込んで守っていたそう。
女性だったというのは初耳だ。
ギルドを出てからも、オブシディアさんはクリスタルという方のことを考えているのか、ずっと唸っている。
「クリスタル様とは親しかったのですか?」
「親しくはなかったと思うぞ。初めて会った時、若造は引っ込んでろって罵倒された」
「随分勝ち気な性格の方だったようで……」
「でも……何か引っかかるな」
「……もしかしたら、クリスタル様はオブシディアさんにとって大切な方だったのではありませんか?」
そこにある感情が恋情であれ、友情であれ、今もうっすらと残るものが呼び水になっている可能性はある。
だけどオブシディアさんは私の問いかけに、すぐに首を横に振った。
「それはない。本当にない」
「だ、断言しましたね」
「俺、生みの親以外に大切な奴ってリザしかいないからな」
「………………」
あまりにも自然な流れで告げられ、さらりと聞き流してしまいそうになる。
いや、過剰に反応するのはおかしいだろう。
魔力の量に関係なくオブシディアさんを認識できるのが私くらいなので、その枠に入れてもらえているだけに過ぎない。
「……そう思ってくださっていて、ありがとうございます」
結局礼だけを告げて、深く詮索しないことにした。
変な勘違いを口に出して、気まずい思いをしたくない。
オブシディアさんもこれ以上は何も仰ろうとしないので、この話はここで終わりだ。
他の話題で盛り上がりながら、次の目的地に向かう。
『虹色の果樹園』。
ロ・ラシェリーの中でも有名なレストランで、果実を扱ったメニューが豊富。
オーナーは温厚な方で、『精霊の隠れ家』の屋台を店の横に置くのを許可してくださった上に、休憩中は自家製のフルーツジュースもご馳走してくれた。
そろそろ昼の食事時だからちょうどいい。
予定通りお礼も兼ねて食事を……と、思ったのだけれど。
「……何かあったのかしら」
レストランの前に人が集まっていて、不満そうな顔で店内を覗き込んでいる。
行列の整備がされていないわけではないようだ。
「あの、何かあったのですか?」
少し離れた場所から店を眺める男性に声をかけてみると、予想しなかった答えが返ってきた。
「フィリヌ侯爵に贔屓にされてる工芸品職人と、その部下がレストランを貸し切っちゃったんだよ。それも店の都合も無視して!」
フィリヌ侯爵のお気に入りで、こんなことをしそうな職人なんて一人しか思いつかなかった。
オブシディアさんとあの人を会わせたくないけれど、このまま放っておくわけにもいかない。
「……オブシディアさん、ここで待っていてくれませんか? 店の中にいる職人と少し話をして……」
言い終わる前に、店のドアが大きな音を立てて開かれた。
オブシディアさんは、もうハーライトさんと関わらずに済むのならそれでいいと言っていたけれど、皆さんの顔面は蒼白になっていた。
今朝のお兄様みたい、と思ったのは内緒だ。
「リザ、もう行こうぜ。俺がいるとじいちゃんたちもビクビクしたままだし」
「あなたに怯えているというわけではないのですけれどね……」
ただオブシディアさんの言う通りで、これ以上ここにいるとアンデシン様たちが落ち着かないと思う。
お邪魔しましたと告げて、ギルドを後にしようとする。
「あ、一つだけ聞いてもいいか?」
ドアを開けようとする手を止めて、オブシディアさんがアンデシン様の方を振り向く。
「じいちゃんがさっき言ってた『クリスタル』って女だっけ?」
「う、うむ。豪快な土魔法を使う女だった。あの戦いの後すぐに魔法使いギルドからも去り、貴族の男と結婚したと聞いている」
「へえ……」
「だが、そこまでのことしか分からん。『クリスタル』の名も素性を隠すための偽名。今はどこでどうしていることやら……」
クリスタル、か。
私も名前だけは知っている。
ドラゴン襲来時、万が一に備えて首都を土と岩でできた防壁で包み込んで守っていたそう。
女性だったというのは初耳だ。
ギルドを出てからも、オブシディアさんはクリスタルという方のことを考えているのか、ずっと唸っている。
「クリスタル様とは親しかったのですか?」
「親しくはなかったと思うぞ。初めて会った時、若造は引っ込んでろって罵倒された」
「随分勝ち気な性格の方だったようで……」
「でも……何か引っかかるな」
「……もしかしたら、クリスタル様はオブシディアさんにとって大切な方だったのではありませんか?」
そこにある感情が恋情であれ、友情であれ、今もうっすらと残るものが呼び水になっている可能性はある。
だけどオブシディアさんは私の問いかけに、すぐに首を横に振った。
「それはない。本当にない」
「だ、断言しましたね」
「俺、生みの親以外に大切な奴ってリザしかいないからな」
「………………」
あまりにも自然な流れで告げられ、さらりと聞き流してしまいそうになる。
いや、過剰に反応するのはおかしいだろう。
魔力の量に関係なくオブシディアさんを認識できるのが私くらいなので、その枠に入れてもらえているだけに過ぎない。
「……そう思ってくださっていて、ありがとうございます」
結局礼だけを告げて、深く詮索しないことにした。
変な勘違いを口に出して、気まずい思いをしたくない。
オブシディアさんもこれ以上は何も仰ろうとしないので、この話はここで終わりだ。
他の話題で盛り上がりながら、次の目的地に向かう。
『虹色の果樹園』。
ロ・ラシェリーの中でも有名なレストランで、果実を扱ったメニューが豊富。
オーナーは温厚な方で、『精霊の隠れ家』の屋台を店の横に置くのを許可してくださった上に、休憩中は自家製のフルーツジュースもご馳走してくれた。
そろそろ昼の食事時だからちょうどいい。
予定通りお礼も兼ねて食事を……と、思ったのだけれど。
「……何かあったのかしら」
レストランの前に人が集まっていて、不満そうな顔で店内を覗き込んでいる。
行列の整備がされていないわけではないようだ。
「あの、何かあったのですか?」
少し離れた場所から店を眺める男性に声をかけてみると、予想しなかった答えが返ってきた。
「フィリヌ侯爵に贔屓にされてる工芸品職人と、その部下がレストランを貸し切っちゃったんだよ。それも店の都合も無視して!」
フィリヌ侯爵のお気に入りで、こんなことをしそうな職人なんて一人しか思いつかなかった。
オブシディアさんとあの人を会わせたくないけれど、このまま放っておくわけにもいかない。
「……オブシディアさん、ここで待っていてくれませんか? 店の中にいる職人と少し話をして……」
言い終わる前に、店のドアが大きな音を立てて開かれた。
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