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42.翌朝

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 今日は『精霊の隠れ家』をオープンしてから初めての定休日。
 叔母様からはゆっくり寝ていてもいいと言われたけれど、いつもの起床時間になったら勝手に目が覚めてしまった。
 習慣とは怖いものだと思う。

 寝室を出ると、廊下にはミルクの優しい香りが満ちている。
 キッチンを覗いてみると、叔母様が鍋で何かを煮込んでいた。
 その隅では、お兄様が膝を抱えて床に座り込んでいる。
 一体何が起きたのだろうか、この状況。

「おはようございます。叔母様、お兄様」
「あら、おはよう。もっと寝ててもよかったのに」
「たっぷり寝たので大丈夫です。……それで、ええと」

 私がお兄様へ視線を向ければ、叔母様は呆れたように溜め息をついた。

「二日酔いよ、二日酔い」
「二日酔い……ですか?」

 私の声に反応してお兄様が顔を上げると、真っ青になっていた。
 昨日の元気だったあの人は、どこにいってしまったのやら。

「頭いてーし、胃の中のものも全部出した……」

 声も死にそう。自業自得とはいえ、流石に可哀想になってくる。

「どれだけ飲んだのですか……」
「……強いやつをボトル三本」
「飲みすぎです」
「途中から記憶がなくて、気がついたらベッドの上にいた」

 この店には客人用の部屋もあるのだけれど、お兄様はその場所を知らないはずなので、オブシディアさんが運んでくれたのだろう。

 そして、その彼の姿が見えない。

「ねぇ、リザリア。オブシディアくん見てない?」
「いいえ。今朝はまだ……」
「私が朝起きたら、テーブルの上に『シルヴァンが死にそうだ。助けてやってくれ』って置き手紙があったの。シルヴァンを介抱できる余裕があったみたいだし、あの子は大丈夫だと思うけど……」

 それに比べて、と叔母様が冷めた視線を向けると、お兄様は気まずそうに顔を逸らした。

「俺だってこんなになるまで飲むつもりはなかったんだよ。でも、オブシディアがいっくら飲んでもケロッとしているから、ムキになったというか」
「言い訳しないの。もう~、そんなに具合悪そうなのにパン粥なんて食べられるの? しかもミルクたっぷりなんて注文してくるし」
「二日酔いになってもパン粥ならいけるんだよ。というより、逆を言えばそれしか食えねぇ」

 お兄様のことは叔母様を任せることにして、私はオブシディアさんを探しに外に出ることにした。
 早朝の澄んだ空気が心地良い。
 数回深呼吸していると、石畳の地面に何か落ちていることに気づく。

「これは……?」

 黒い布切れ。
 衣服から千切れたように見えるけれど、昨日店を閉める間際に外を確認した時は落ちていなかった。
 私が見落としていただろうか。
 そう思っていると、突然赤い炎が布切れを包み込んだ。
 炎は私の手も炙っているはずなのに、少しも熱くない。ただ布だけが燃えている。

「おはよう、リザ」

 私の背後にいつの間にかオブシディアさんが立っていた。

「おはようございます、オブシディアさん。……この炎はあなたの魔法ですか?」
「ああ。だってそれ、ゴミだからな」

 オブシディアさんの言葉に呼応するように炎は勢いを増して、布切れは塵も残さず消えてしまった。

「シルヴァン大丈夫か? 俺じゃあどうしようもないだろうから、ミレーユに任せたけど」
「大丈夫ではありませんが、大丈夫です」
「そっか。じゃあ中に戻ろうぜ。こんな時間にずっと外にいたらリザが風邪引く」

 オブシディアさんがそう仰って店のドアを開ける。
 ……何だかいつもより楽しそう。
 そんなに昨晩お兄様とお酒を飲んだことが楽しかったのね、と私は微笑ましく思った。
 
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