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41.暗躍
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日付が変わる頃になると、ロ・ラシェリーは穏やかな闇に包まれた。
この街の酒場や娼館は、法律で深夜までの営業を禁じられているのだ。なかにはこっそり開いている店もあるものの、それも少数。多くの民は眠りに就いている。
なのでそんな夜の街を出歩いているのは、巡回中の兵士くらい。それ以外の人間は……大抵が後ろめたい目的を持つ者ばかりだ。
「なぁ、いつになったら忍び込むんだ?」
「そろそろだな。酒を飲むと言っていたからな。今頃は酔い潰れているだろうよ」
仲間にしか聞こえない声量での会話は、『精霊の隠れ家』の付近で行われていた。
時間など関係なく店に押しかけようとする傍迷惑な客──ではないのは、彼らの姿を見れば一目瞭然である。
黒いフードで全身を覆い、仮面で顔を隠している上に『認識阻害』という相手に視認されにくい魔法を施している徹底ぶり。
その数、五人。
「だが、シルヴァン子息とチェスをやっていた相手が例の魔法使いか……?」
「誰かそいつの姿をはっきり捉えることのできた奴はいたか?」
「いや。誰も見ていない。あいつを見ようとするんだが、視線がいつの間にかシルヴァン子息へ向いてしまっている。何だあれは……認識阻害とはまた違う魔法を使っているのか?」
彼らは眉を顰める。
魔法使いがそこにいるのは分かっている。
だが姿を見ようとしても、そちらへ視線を向けることができないのだ。
今まで経験したことのない感覚に、底知れぬ恐怖を覚える。
しかし引き返すわけにはいかない。
自分たちの店の命運がこの一夜にかかっているのだ。
「いいか。真っ先に魔法使いに手を出すのではなく、先にディンデール家の女二人を人質として捕らえる。向こうの実力が分からない以上、最善を尽くすべきだ」
リーダー格の男が仲間たちに告げると、そのうちの一人が不満そうに舌打ちをした。
「何で俺らだけでこんなことをしなければならないんですか。ハーライト様も……」
「馬鹿、その名前を出すな。それに俺たちはあの人に雇われた身だ。命令に背くわけにはいかない」
彼らの正体は『極光の財宝』の工芸品職人だった。
ここにやって来た目的は、『精霊の隠れ家』の職人を店から追い出すこと。そのためならどんな手段を使ってもいいと、ハーライトからは言われている。
むしろ、それを望んでいるのだろう。そうでなければ、深夜に忍び込めなどと指示するわけがない。
しかもこの五人は、元々この店で働く予定だった職人。
店の内部にある程度詳しいであろう彼らを選んだ。ハーライトは本気で『精霊の隠れ家』を潰すつもりなのである。
「『精霊の隠れ家』が悪いんだ。俺たちの店と同じタイミングで開店するから、こんなことになったんだ……」
ぼそぼそと呟く一人に、他四人の男も首を縦に振る。
彼らに『精霊の隠れ家』への罪悪感など存在しない。
あるのは「この店のせいで」という的外れな恨みだけだ。
「……入るぞ」
リーダー格の男が店のドアの施錠を魔法で外すと、ガチャンッと金属音がした。
ゆっくりとドアを開き、店内に足を踏み入れる。
「まずはミレーユとリザリアのいる寝室だ。認識阻害の効果を決して消すな」
仲間にそう指示を出しながら店の奥に進もうとして、
「へえ、お前たち悪い奴だろ。だったらお前たちで遊んでいいよな?」
耳元で聞こえた若い男の声に、リーダー格の男は全身からブワッと汗が噴き出すのを感じた。
この街の酒場や娼館は、法律で深夜までの営業を禁じられているのだ。なかにはこっそり開いている店もあるものの、それも少数。多くの民は眠りに就いている。
なのでそんな夜の街を出歩いているのは、巡回中の兵士くらい。それ以外の人間は……大抵が後ろめたい目的を持つ者ばかりだ。
「なぁ、いつになったら忍び込むんだ?」
「そろそろだな。酒を飲むと言っていたからな。今頃は酔い潰れているだろうよ」
仲間にしか聞こえない声量での会話は、『精霊の隠れ家』の付近で行われていた。
時間など関係なく店に押しかけようとする傍迷惑な客──ではないのは、彼らの姿を見れば一目瞭然である。
黒いフードで全身を覆い、仮面で顔を隠している上に『認識阻害』という相手に視認されにくい魔法を施している徹底ぶり。
その数、五人。
「だが、シルヴァン子息とチェスをやっていた相手が例の魔法使いか……?」
「誰かそいつの姿をはっきり捉えることのできた奴はいたか?」
「いや。誰も見ていない。あいつを見ようとするんだが、視線がいつの間にかシルヴァン子息へ向いてしまっている。何だあれは……認識阻害とはまた違う魔法を使っているのか?」
彼らは眉を顰める。
魔法使いがそこにいるのは分かっている。
だが姿を見ようとしても、そちらへ視線を向けることができないのだ。
今まで経験したことのない感覚に、底知れぬ恐怖を覚える。
しかし引き返すわけにはいかない。
自分たちの店の命運がこの一夜にかかっているのだ。
「いいか。真っ先に魔法使いに手を出すのではなく、先にディンデール家の女二人を人質として捕らえる。向こうの実力が分からない以上、最善を尽くすべきだ」
リーダー格の男が仲間たちに告げると、そのうちの一人が不満そうに舌打ちをした。
「何で俺らだけでこんなことをしなければならないんですか。ハーライト様も……」
「馬鹿、その名前を出すな。それに俺たちはあの人に雇われた身だ。命令に背くわけにはいかない」
彼らの正体は『極光の財宝』の工芸品職人だった。
ここにやって来た目的は、『精霊の隠れ家』の職人を店から追い出すこと。そのためならどんな手段を使ってもいいと、ハーライトからは言われている。
むしろ、それを望んでいるのだろう。そうでなければ、深夜に忍び込めなどと指示するわけがない。
しかもこの五人は、元々この店で働く予定だった職人。
店の内部にある程度詳しいであろう彼らを選んだ。ハーライトは本気で『精霊の隠れ家』を潰すつもりなのである。
「『精霊の隠れ家』が悪いんだ。俺たちの店と同じタイミングで開店するから、こんなことになったんだ……」
ぼそぼそと呟く一人に、他四人の男も首を縦に振る。
彼らに『精霊の隠れ家』への罪悪感など存在しない。
あるのは「この店のせいで」という的外れな恨みだけだ。
「……入るぞ」
リーダー格の男が店のドアの施錠を魔法で外すと、ガチャンッと金属音がした。
ゆっくりとドアを開き、店内に足を踏み入れる。
「まずはミレーユとリザリアのいる寝室だ。認識阻害の効果を決して消すな」
仲間にそう指示を出しながら店の奥に進もうとして、
「へえ、お前たち悪い奴だろ。だったらお前たちで遊んでいいよな?」
耳元で聞こえた若い男の声に、リーダー格の男は全身からブワッと汗が噴き出すのを感じた。
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