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40.チェス

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 夕方になり、『精霊の隠れ家』も閉店時間を迎えた。
 静寂に包まれた店内の隅、客たちの休憩スペースとして用意されたテーブルには二人の人物の姿があった。

 盤の上に並べられたチェスの駒。
 シルヴァンは彼らを見下ろし、悔しげに奥歯を噛み締める。
 彼の向かい側では青年が楽しげな表情でチェス盤を見下ろしていた。

「チェス? って結構面白いんだな。もっとやろうぜ」
「当たり前だ、この野郎! つーか、そりゃ勝ち続けてりゃ面白いだろうな!? ド素人に負け続けている俺は全然面白くねぇわ!」

 最初にルールと駒の種類を聞いただけで、最強のチェスプレイヤーと化したオブシディアにシルヴァンは手も足も出ない状態だった。
 チェスは初めてということで、手加減をして負けていたうちはまだいい。
 だが、全力を出した末の惨敗はシルヴァンの心を傷つけた。

「おかしいな……俺ってかなり強い方なんだよ。負け知らずのシルヴァンとかチェスの貴公子とか言われてたのに……」
「ふーん」
「やめろその淡白な反応。余計惨めに思えてくるだろ」

 そう言いながらシルヴァンは、チェス駒を片付け始める。
 これ以上やっても負けを重ねるだけと、確信していたからだ。とても不本意ではあるが。
 けれど敗北の悔しさを胸に宿しつつ、シルヴァンは顔に笑みを浮かべていた。

「いやぁ、よかった。お前みたいなのがいればリザリアも安心だ」
「……お前もリザが好きなんだな」
「そら、そうだ。あいつは俺にとって恩人なんだよ。……恩人というか仲人?」

 シルヴァンは過去を思い返しながら首を傾げる。

「俺には可愛くて優しい婚約者がいるんだが、あの子との仲を取り持ってくれたのがリザリアな。俺もあの子も互いに気になっていて、でもどう話しかけていいか分からなくなっている時に、リザリアが一肌脱いでくれたってわけだ」

『彼女』はフィリヌ魔導店の常連客で、リザリアにはよく相談していたという。
 そうとも知らず、シルヴァンもリザリアに恋愛相談に乗ってもらっていたのだ。
 好きな相手に話しかけられない男と知られたくなくて友人には明かせなかったが、何事も真摯に話を聞いてくれるリザリアには話せると思ったのである。

 両片想いの男女に挟まれて大変だったろうに、リザリアはシルヴァンたちを放っておかず、二人きりで語らい合うための場を設けてくれた。
 そのおかげで二人の距離は縮まり、双方の両親からも認められて婚約まで漕ぎ着けることができたのだ。

「だからそんなリザリアを裏切ったトールを、俺は一生許さない。リザリアはそんなの望んじゃいないと思うが、復讐してやりたいとも思ってんだわ」
「リザが望んでないなら、する必要はないだろ。悲しませるぞ」
「知ってるよ。……よし散々遊んだから、つまみでも食べながら酒飲むか!」
「そういえば、お前が持ってきた紙袋の中身、チェスの道具と後は食い物と酒だったな……」
「お前だって酒好きだろ! いいやつ持ってきたからガンガン飲め!」

 そう言ってシルヴァンは、オブシディアを引き摺って店の奥に向かった。
 その様子を窓から覗く者たちの存在に、気づくことなく。
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