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29.嵐の後

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 嵐が過ぎ去った後、叔母様が大慌てで救急箱を持ってきてくれた。
「今すぐ病院に行きましょう!」とも言われたけれど、歯は折れていなくて恐らく骨にも異常はない
 少しの間腫れと痛みが続く程度なら別に……と言葉を返すと、せめて手当てくらいはさせてと仰るので、それに甘えることにした。
 オブシディアさんには、工芸品作りに戻ってもらっている。

「あのアデラって子信じらんない! 色々と信じらんない!」

 アデラさんに対して一番怒っているのは叔母様だった。
 いや、怒りの対象はアデラさんだけではないようだ。

「それに私だって……リザリアがビンタされた時、びっくりして動けなくなっちゃった」

 叔母様は目を潤ませて、ぽつぽつと言葉を零した。
 あなたは何も悪くないのに。
 アデラさんがあまりにも規格外な相手だったのだ。私もまさか平手打ちを受けるとは思わなかった。
 あまりの落ち込みように可哀想になってしまい、無意識に叔母様の頭へ手を伸ばしていた。

「えっ、リザリア何してるの?」
「あ、す、すみません」

 頭を撫でられて驚く叔母様に声をかけられ、私もハッと我に返る。
 昔孤児院にいた頃の癖がうっかり出てしまった。
 叔母様もむっと私を睨みつけている。目に涙が溜まっているので、迫力はないのだけれど。

「もー! 私がリザリアのことをいい子いい子ってしようと思ってたのに、どうしてあなたが先にやっちゃうの~~!?」
「は、はい?」
「しかも撫で方が妙に慣れてて、もっと『撫でられたい!』って思わせるなんて!」

 撫でられたこと自体は怒っていないらしい。
 安堵していると、オブシディアさんが透明なボトルを持ってやってきた。

「リザ、このくらいの大きさでいいか?」
「ありがとうございます、ちょうどいいサイズですよ」

 空っぽのグラスを用意してボトルの口を下に傾けると、水もしっかり出てくれた。
 グラスに溜まっていく水を眺めながら、オブシディアさんが私に質問する。

「これを作る時に使えって言った水の精霊石って、不味い水を生むやつだろ。捨てるか売った方がよかったんじゃないか?」
「いいえ。このボトルは飲用水ではなく、生活用水に使うものですので」

 水の用途は数えきれないくらいある。
 掃除や洗濯に使ったり、植物への水やりにも用いたり。
 これは、様々な場面で水が欲しい時のための携帯兼非常時用の『満ちる水杯』。
 飲み水専用の精霊石で作ったものもあるけれど、味に差があるから値段は安めだ。

 これがそこそこ売れる。特に魔法使いに人気なのだ。
 魔物退治の最中、野宿することになった時に重宝するとのこと。

「何でも使い道はあるのねぇ……」
「あ、そういえば叔母様。一部の材料はまだ返品期間内だったので、業者に返送しますね」
「えっ!」
「植物の香料をたくさん仕入れたでしょう?」
「ええ……悪い空気を吸い取って、新鮮な空気と一緒にいい香りを出す工芸品の材料にするつもりだったんだけど」

 叔母様が仰っているのは、風の精霊石を主材料にした『風のささやき』のこと。
 見た目は宝石を加工して作ったような綺麗なオブジェ。
 花や果実の香りが多い関係で植物だったり、蝶のデザインが多い。
 見た目の可愛さから、魔導工芸品の中でも特に女性の人気が高い商品である。

「仕入れた香料の中に、いくつか『風の囁き』の材料に適さない種類がありました。オブシディアさんに作成をお願いする時も、それらは除かせてもらっています」
「ど、どれのこと? 全部いい香りだったと思うけど……」
「香りが強すぎるものですね。そういったものを材料にすると、香りがきつすぎると苦情がきてしまうのです」

 以前ハーライトさんが自分で用意した香料で作った『風の囁き』を公爵様が購入し、大クレームに発展したことを思い出す。
 公爵様は「職人を出せ」とご立腹。ハーライトさんは「職人のフォローをするのが事務の仕事だろ」の一点張りで謝罪に応じず、大変だったのをよく覚えている。



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