私がいなくなったせいで店が潰れそうだから再婚してください？お断りします。

25.才能

　店の奥には工房だけではなく、居住スペースもある。
　準備ができ次第、私と叔母様はここで暮らす予定だ。
　そこのリビングには出来立ての料理が並べられていた。

　海鮮トマトソースのパスタに、チーズをたっぷり乗せたオニオングラタンスープ。
　葉野菜のサラダには特製ドレッシングがかけられており、デザートにはベリーのムースがあるとのこと。
　本人曰く、ある程度下拵えとしていたらしいけれど、叔母様がキッチンに消えてから料理が出るまで時間はさほどかかっていない。
　その手際のよさに驚いて、料理の味にも驚愕する。

「と、とっても美味しいです……！」
「ありがと！　私パスタはトマトソースが鉄板だと思っているのよ～」

　これは相当レベルが高い味だ。
　程よい酸味のトマトソースと、ぷりぷりの海鮮類。
　パスタの茹で具合もばっちり。
　
　スープもオニオンの甘みと風味が溶け込んでいて、砕いたナッツ入りのドレッシングもまろやかな味わい。
　きっとムースも美味しいと確信が持てる。
　職場でこんなハイレベルの料理が食べられるなんて、思いもしなかった。

　オブシディアさんは、フォークで刺したシュリンプを見詰めながら口を開く。

「ミレーユって料理できたんだな。何か意外だ」
「独学よ。どこかに食べに行ったり誰かに作らせたりしなくても、美味しいものが食べたいと思って特訓したの」
「その方が楽じゃないのか？」
「楽だけど、それじゃあつまらないもの」

　ど、独学でここまで？
　微細な水の味を判別できるほど、叔母様の調理スキルと味覚は優れている。
　正直叔母様商人じゃなくて、料理人の方が向いているかもしれない。
　だけどやりたいことと才能の有無は、必ずしも直結することではなかった。
　私も魔力が全然なくても、魔導工芸品に関わる仕事を選んだ。

　それに叔母様のこの特技、かなり使えるかもしれない。
　オブシディアさんの魔導工芸品だけだと、『精霊の隠れ家』にお客様を呼び寄せるのはかなり難しい。
　だから、他の要素も欲しいと思っていた。

「叔母様、あなたのおかげで問題が解決するかもしれません」
「ご飯のこと？　ええ、ちゃんと私が作ってあげるから安心して！」

　このお店、絶対繁盛させてみせる。
　私はそう胸に誓い、ベリーのムースを食べた。
　ほんのりと甘酸っぱくて美味しい。



「リザ、まだ休まないのか？」

　夜。工房で材料の在庫チェックをしていると、オブシディアさんに声をかけられた。

「オブシディアさんこそ……まだ帰っていなかったのですか？」
「俺はすぐに帰ることができるから。……俺のことじゃなくて、自分のことを気にしろよ。人間って疲れすぎると倒れるって聞いたぜ」

　呆れたように、だけど案じるような声音で言われて、私は胸の奥が温かくなる感覚に笑みを零した。
　仕事中に誰かに心配される。
　そんな経験、フィリヌ魔導店ではなかったから不思議な気分だった。

「……心配してくれてありがとうございます」
「礼を言う暇があったら、今夜はもう休めよ」
「そう、ですね……」

　夜遅くに仕事をするのが普通になってしまっていた。
　そんなことをする必要も、もうなくなってしまったというのに。
　ノートを閉じて椅子から立ち上がる。

「私は休みますね。オブシディアさんも……あら？」

　たった今までそこにいたはずの彼の姿は、どこにもなかった。