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18.紅茶

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 フィリヌ家側の要求は、概ねお兄様から聞いていた通りだった。
 だけど慰謝料の請求額を提示され、私は開いた口が塞がらない。
 お父様も呆れを滲ませた声で弁護士に確認する。

「本当にその金額であっているのかな?」
「はい。旦那様からの指示でございます」

 そうだろう。
 弁護士に全てを一任していたら、この請求額は有り得ない。
 お父様は黙り込んで、眉間にできた皺を指で解していた。
 同じ侯爵として、どう言葉を返せばいいのか分からないのだと思う。
 その様子に何を勘違いしたのか、トール様が満足げに微笑む。

「反論がないということは、僕たちの要求に応じてくれると考えていいんだよね?」

 違います、呆れているだけです。
 トール様の横では弁護士が冷や汗を掻いている。

「……トール子息、フィリヌ家が我がディンデール家と争うつもりなら容赦はしない。こちらも徹底的にやらせてもらおう」

 お父様は語気を強めてそう仰った。
 それに反応して反論したのはアデラさんだ。

「どうぞ、ご自由に。ご存知ですかぁ? フィリヌ家のご友人・・・は法律に関わるお仕事をしている方が多いのですよ」
「それは脅しのつもりかな?」
「あら、違いますわ。ですが……そんな家を敵に回してディンデール家は無事でいられるか、私少し心配です」

 アデラさんがわざとらしく憂いの表情を見せると、トール様は笑顔で彼女の肩を抱き寄せた。

「アデラは優しいなぁ。リザリアを庇おうとする家を心配してあげるなんて」
「これでもリザリアには申し訳ないと思っていますから。あなたの旦那様を奪ってごめんなさい……って」

 フィリヌ邸の前で私に見せた態度との違いに、もはや感心すらしてしまう。
 私を口汚く罵倒していたと思うのだけれど、あれは幻覚だった……?
 けれどアデラさんは、さらに妙なことをお父様に問いかけた。

「ところで~、先程の方はいつこちらに戻ってくるのかしら?」
「先程の……?」
「ほら、あなたに似た顔立ちの男性ですよっ!」
「ん、ああ、シルヴァンのことか?」
「シルヴァン様……素敵なお名前ですね」

 うっとりとした表情をするアデラさんに、部屋の空気が一変する。
 私たち親子だけではなく、トール様も彼女に訝しげな視線を向けた。

「ア、アデラ? シルヴァン子息がどうかしたのかい?」
「だってかっこよかったじゃない。素敵な男性とは言葉を交わしてみたいと思うもの」
「そうだね……」
「安心して、トール様。あなた以上に愛してる人はいないわ」
「! 当然だね」

 何か二人で愛の劇場を上演しているけれど、私は悠長に鑑賞していられなかった。
 トール様がいるのに、お兄様にも近づこうとするとは……。

「……アデラさん。私の兄、シルヴァンに興味を持つのは勝手ですが、トール様との関係を大事になさってはいかがですか?」
「私の兄?」

 皮肉を込めて自制を促せば、アデラさんにきつく睨みつけられる。

「血が繋がっていないくせに、兄呼ばわりするなんて気持ち悪いわね。そうやってシルヴァン様に媚びようとする魂胆が見え見えだわ。ベッドの上でもお兄様呼びだったりする?」
「ベッドの上……?」

 まさか私とお兄様がそんな関係だと思っているのか。
 怒りに任せて口が勝手に動く。

「他人の夫を横取りする女性らしいお考えですね……」
「な、何ですってぇ!?」

 私の言葉はアデラさんを激昂させるに至った。
 怒りからか、羞恥からか、顔が真っ赤に染まっていく。

「奪ったのはあんたが先でしょ! 元平民のくせに調子に乗るんじゃないわよ!!」

 そう喚きながらアデラさんは、まだ中身が半分ほど入ったティーカップを私に投げつけた。
 反射的に瞼を瞑ったけれど、紅茶が服にかかる感覚は一向に訪れない。
 狙いが逸れた? と瞼を開いた私が最初に見たのは、空中で動きが止まっているティーカップだった。
 カップから零れた紅茶も重力を無視して、宙に留まっている。

「リザ、大丈夫か?」

 耳元で聞き覚えのある声がした。


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