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6.お母様とローズジャム

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 養子の話が決まった時、お父様とこっそり決めていたことだった。
 貴族でも、平民と同じように働いている人は多い。
 中には平民と同レベル、それ以下の生活を送る家もある。

 仕事と言っても、自分の家より爵位の高い家や王宮に使用人として仕えることが殆ど。
 万が一トール様と別れることになったら、私もそうしようと決めていた。 

 お父様はゆっくりすればいいって仰ってくれたけれど、元平民で離婚歴のある私がすぐに再婚できるとは思えない。
 だから仕事をしてディンデール家にお金を入れたかった。

 まさか本当にこうなるとは思っていなかった反面、働くことそのものには全く抵抗がない。
 むしろ何もせず、屋敷でのんびり過ごす毎日なんて暇で退屈しそうだ。

「ふーん……真面目さんなのねぇ」

 お母様は一応納得してくれたみたいだけれど、拗ねた子供のような表情でジャムをたっぷり塗ってマフィンを頬張った。
 真面目、なのだろうか。
 私は元々動くのが好きなだけだから、少し違うがする……。
 自分の性質を考えながら、マフィンにジャムを塗る。
 ディンデール家の庭園で育った赤薔薇を煮込んで作ったローズジャムは香りが柔らかくて、味もほんのり甘くて食べやすい。
 フィリヌ家でも手作りのジャムを使っているのだけれど、香りが強すぎて苦手だった。

「ほんと、あの小娘とは大違いね」
「小娘……?」
「ううん、何でもないわ。だけどまだ別居ってだけでしょう? だったら今の内にたっぷり遊ばないと!」
「い、いえ、反省するために実家に返されたのに、遊ぶというのは……」

 お母様というより、遊び盛りの妹を相手にしているような錯覚を起こしそうだ。
 こうして構ってくれるのを嬉しく感じてしまう私も私だけれど。
 お母様がここまで言ってくれるのだし、ちょっとくらいは……と心が緩みかけた時だった。

「母上いるか?」

 どこか疲れた表情をしたお兄様が温室にやって来た。

「あら、シルヴァン。あなたもマフィン食べる? ローズジャムと一緒に食べると美味しいわよ」
「俺甘いの駄目なんだわ。……ミレーユ叔母様が泣きながらうちに来たぞ」
「ミレーユが? 泣きながら?」

 お兄様の言葉を聞いたお母様が、不思議そうに首を傾げる。
 ミレーユ叔母様は、魔導工芸品関連の仕事をしている方だ。
 それがきっかけで、ディンデール家はフィリヌ家と交流を持つようになった。

「叔母様、今度魔導工芸品店を開店させるって言ってただろ?」
「ええ。フィリヌ魔導店には絶対負けないって鼻息荒くして言ってたわねぇ」
「それ、駄目そう」

 遠い目をしながらお兄様は首を横に振った。

「雇ってた職人全員が『やっぱり他の店に行きます』って辞めちまったんだと」
「あらあらぁ、どうしてそんな面白……大変なことになっちゃったのかしら」

 お母様、本音が漏れていますよと私は心の中で言った。


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